こんなん、デートなんかじゃねえし。 1
いつもは話せるのに、
二人っきりになった途端に話せなくなる友人って、
何なんでしょうか?
冬原の言葉と、柊の態度から察するに、あながち執行の言っていたことは外れではなかったようだ。
もちろん、だからといって変に接し方を変えるつもりはない。彼女らがどんな関係だろうが、自分には直接的な影響はないのだから。
二人の赤らんだ顔を思い出しながら、正面に視線を戻す。
別に、約束をすっぽかしても良かったのではないかとも思っていたが、非は話をまともに聞いていなかった自分にあるのだと言い聞かせて、この場所にきちんと時間通りに来た。
それなのにもう5、6mほどの距離に近づいてきていた執行は、遅刻したくせして呑気な顔で、のろい歩調を早める気はないようだった。
こんなことなら、この寒空の中彼女を放っておけば良かったのかもしれない。そんなことを考えるも、自分にそれほどの度胸や、思い切りの良さもないことも知っていた。
口は悪いし、ついでに言えば態度悪い自覚があるが、その実、自分はただの臆病者だから。
一度近づいてしまった以上は、そんなふうに、誰かを突き放すような真似はできないだろう。突き放されない限りは。
まともに会話できる距離にまで近づいた執行は、この上なく間抜けな声音で、「やぁ」と挨拶した。
そして、沈黙を維持している春泉の姿を、爪先からつむじまで眺めた。
普通それは比喩表現で使われる言葉で、実際につむじまで見える、という状況は考えづらい。しかし、執行と自分の身長差を考慮すれば、的確な表現とさえ言えた。
その無礼とも言える視線にさらされた春泉は、執行の眼差しから逃れるように体を斜めに向けると、忌々しそうに顔を歪めた。
「何だよ、遅刻野郎。ジロジロ見んなよ」
「遅刻?」と執行は目を丸くして、携帯を取り出し視線を落とした。「あ、本当だ」
マジかよコイツ、と春泉が肩を落として呆れる一方で、執行は、まあこれぐらいいいだろう、と他人事のように笑っていた。まるで許す側ではないかと辟易する。
執行に下していた、意外と神経質だという評価を改める。
「そんなことより」と前置きした執行は、改めてその無遠慮な好奇心を瞳に宿し、輝かせた。それから満足そうに何度か頷いてみせると、彼女は破顔する。
「んー、ボーイッシュ系な春ちゃんも良いね」
「あ?」と自分の服装を見直す。
普通に肌着の上にワイシャツを着て、黒のベスト、茶色のロングコートを羽織っているだけだ。下は単調な黒のズボンを履いている。
まあ確かに、自分の中で一番まともな服装を選んだのは自覚している。それぐらいしなければ、とてもではないが、モデル並みの長身を持つ執行の隣には立てなかった。
それが馬子にも衣装だったのか、それとも子どもが背伸びしただけに過ぎなかったのかは、執行の反応を見るだけでは分からない。
「はいはい、どうせ誰にだって言ってんだろ、それ」
執行の、言い慣れている感のある上辺だけの台詞に鼻を鳴らす。
「え?いやいや、私、誰かと遊びに行くのなんて中学ぶりだから、最近は誰にも言ってないよ」
中学ぶり、という彼女の言葉を脳内で繰り返す。正直意外だった。
明らかに、日頃から友達とワイワイ言って遊んでいる陽キャに見える執行だが、どうやらそれは勝手なイメージだったようだ。
「あっそ」
適当な相槌を打った春泉だったが、内心ちょっとだけ嬉しかったのは秘密である。
春泉の後方で、変わらず水を巻き上げている噴水の水面に、二人の姿が映る。身長差のある彼女たちの姿が、飛び込んでくる水流に揺らぐ。
無愛想な表情を崩さない春泉と、天真爛漫な笑顔を絶やさない執行。
天と地、裏と表、光と闇。
この世界にある、ありとあらゆる正反対の存在が凝縮されたような二つの影が、ゆっくりと動き出した。
「で、まずはどこに行こっか?」
「どこに、って…お前が案内してくれるんだろ」
「あ、そうだっけ?」執行は、本当に忘れていたかのように目を丸くする。
「おいおい…。そうじゃなかったら、お前要らないだろうが」
酷いなぁ、と笑った執行は、一瞬何かを考えるように、冬の終りが近い空をじっと見上げた。
そうして、一人何かに納得したような声を上げて頷くと、唐突に春泉の手を取り、ゆっくりと歩き出した。
その行為に、当然抗議の声を上げた春泉だったが、執行は何も気にしない。
宙を舞う木の葉のように、のらりくらりと春泉の文句をかわすと、一先ず、ショッピングモールに案内すると言って、駅前近くのアーケード街のほうへと足を向けた。
そうして引きずられるようにして早足になった春泉は、我が道を行く犬のような執行を見上げて、苛立ちを隠さず叫んだ。
「おい!いい加減離せ!」
「えぇ?いいじゃん別に」
周囲の人間からは、二人は仲睦まじくじゃれているように見えるらしい。
みんな、振り返って彼女らを見ていたが、一様に無表情のままだ。反応を見せたとしても、苦笑いのような顔しか浮かべなかった。
ヘッドフォン越しでも良く響く、執行の鈴の音を鳴らすような笑い声が、どこか落ち着かない。
この町に引っ越してきた当初は、寂れたシャッター商店街に見えたこの通りも、よくよく観察してみたら結構開いている店はある。それに内装が綺麗で、新装開店の張り紙が貼ってある店もいくつかあった。
そうしてしばらく歩き続けた。
日曜日のアーケード街は、思いのほか賑わっている。
目的地まで向かう途中にあった、自販機コーナーとかいう、趣旨の定かではない一角で足休め代わりに、二人は立ち止まった。
その拍子に、握られていた手がようやく解放された。
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