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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
二章 どうせなら、無声映画みたいな逢瀬を所望します。
14/66

人の話を聞かない私が悪いんだけど…。 2

しばらくは、平和な時間が続きます。

「え?」


 独り言をつい口にしてしまう、自分の悪い癖が出てしまった。


 それを耳にした冬原は、また驚いたように目を見開いていた。直ぐに弁解しようと思うも、光の速度で反応を見せた執行に口を挟まれてしまう。


「え、本当!?いやぁ提案してみるもんだねぇ」


 その発言の意味が分からず、春泉が目をパチパチさせていると、執行が黒板の上の掛け時計を弾かれるように見上げて、慌てたように早口で声を上げた。


「わ、もうこんな時間じゃん。バイト遅れちゃうよぉ」


 一旦自分の席まで小走りで戻って、荷物を引っ掴んでまた二人のほうへと駆け寄ってくる。執行が持っている鞄は、春泉が肩に掛けた鞄よりも遥かに萎んでいた。


 次々とクラスメイトが帰っていく中、その流れに取り残されるのを恐れるかのように、執行がせかせかと口を動かす。


「じゃ、春ちゃん、日曜日、駅前ね!」

「は?おい、ちょっと待て」


 言うだけ言って、教室から去っていこうとする執行の背中に声をかける。すると彼女は、急停止して、首だけでこちらを振り向いた。


 色素の薄い長髪の、耳にかけていないほうだけがさらりと揺れる。その動きに目を奪われて、言葉が詰まる。


 思考の半分以上が、どうでもいいことを考えている。


 それは、綺麗だなとか、やっぱり長身にロングヘアは似合うなとか、それとも彼女の爛漫な顔つきのせいか、とか本当にどうでもいいことだ。


 だが、そんなどうでもいいことが、変に春泉の心の水面に波紋を立たせた。


 こちらの心中など知る由もない執行が、あっけらかんとした顔で大きく口を開けて告げる。


「あ、ごめん!13時ね!遅刻しないよーに!」

「ちょ、お前、待…」


 伸ばした指先も虚しく、執行は春泉の言葉など聞く耳持たずに、教室から走り去ってしまった。


 まるで嵐みたいだと、彼女の予測不可能な行動を思い感想を抱く。


 しかし、問題はそこからだった。正確には、もう問題自体は起こってしまっていたのだが、当の春泉はそれに気が付かないまま、この瞬間まで首を傾げるだけであった。


「良かったの?春泉さん」


 おずおずと心配そうな表情で冬原がそう尋ねたのだが、一体何について聞かれているか分からず、「何が?」と問い返す。


 すると冬原は、やっぱり、と本当に困ったような顔をして事のあらましを語った。


「お店の案内、私が行けないなら自分が行くって、執行さんが」

「はぁ?」サーッと血の気が退くのが分かった。「誰と」


「え…春泉さんと」


 混乱して、訳の分からない問いをした春泉に、言い聞かせるように彼女が呟く。


「い、いつ」

「日曜日、駅前で、13時…だって」


 ご丁寧に他の詳細まで先回りして教えてくれた冬原だったが、かえってそのテンポの良さに春泉のほうがついて行けず、より頭の中がパニックになって、冬原にしがみつくような姿勢で言った。


「む、無理だぞ、アイツと二人なんて。おい、冬原、何とかしてくれ」


 無茶振りとも言える頼みだったが、切羽詰まった春泉の表情を目の当たりにしてしまったせいか、冬原は怯むような素振りもなく真剣な顔つきになった。それから、数秒の間口を閉ざし、考え込む素振りをした。


 すでにその聡明さは、何度も言葉の端々に実感してきた。もしかすると冬原ならば、この世紀末みたいな、今の状況を打開する術を提示してくれるのではないか。


 だが、そんな春泉の希望も虚しく、冬原はゆっくりと首を振った。


「ごめん、良い案が思いつかない、かな」


 理由として、冬原は執行の連絡先も知らなければ、バイト先も知らないこと。そのうえ、部活に所属していない執行の連絡先を知る人間に、心当たりもないことを挙げた。


 教師に連絡先を聞くことも、個人情報保護にうるさいこのご時世、そんな理由では鼻先であしらわれるのが関の山である、とのことだった。


 そんなふうに、淡々とその怜悧な頭脳から弾き出されてくる、ただの『どうにもならないです』という情報に力が抜けて、冬原の肩を掴む力が強くなる。


「そんな絶望的な情報じゃなくて、もっと希望に満ちたのをくれよ!」

「はは、ごめんね」


 冬原の中では、どうやらもう諦めるという最適解が出ているようだった。


「連絡先を知っている人間なんて、誰か一人くらいいるだろ?アイツ友達多そうだし。頼む、探すのを手伝ってくれ!」

「ええっと…」


 冬原は目の前に迫った春泉の顔を、困惑したように見つめた。すると、少し離れたところから、冬原を呼ぶ声が響いた。


「夕陽」柊だった。


 聞き覚えのある声だったのは間違いなかったが、記憶にあるものよりも、ずっとドスが効いていて、同じ人物によるものとは思えない。


「蝶華、ごめんね、もう少し待って」


 冬原の言葉も聞かず、軽やかだか、どこか威圧感のある足取りで、柊が歩いてくる。


 その表情には、いつもの誰もが羨む上品で優美な笑顔がたたえられていたのだが、不思議と今は、ちっとも羨ましくない。


 柊は二人のそばにやって来ると、無理やり、と表現しても差し支えない力強さで、冬原の肩を掴んでいた春泉の手を引き剥がす。そうして、ぐっと冬原を自分のほうへと引き寄せた。


 ぎゅっと抱きかかえられる形になった冬原は、ほんのり顔を赤らめ、小言を漏らした。ただ、その呟きからは、不満は微塵も感じられない。


 自分のピンチなのに、唯一助け舟になってくれそうな冬原を奪われ、突如極寒の水の中に叩き落されたような気持ちになった春泉は、ムッとした態度で柊に突っかかった。


「何だよ、お前。邪魔だな」


 ぴくん、と柊の眉が跳ねる。気に障ったのは明らかだった。というよりか、突然お前呼ばわりされて、不快でない人間などいないだろう。


「貴方――」柊の声が酷く鋭く、冷徹なものに変わりつつある、その瞬間だった。


「ごめんね、春泉さん」柊の言葉を遮るようにして言う。「私、今日から蝶華とお泊りデートだから、手伝えないの」


 確かにその言葉は、春泉の嘆願を断つにはエッジの効いたものだったかもしれない。ただ、数人とはいえ、教室に残っていたクラスメイトの反応と、柊の血のように真紅に染まった顔つきから見るに、犠牲になったものは決して小さくはないようだ。


「夕陽、ちょっと、もう…」

「いいでしょ?嘘じゃないんだし」


「嘘じゃないけれど、みんないるんだから」

「…元はといえば、蝶華が抱きしめたんじゃあ?」


 その正論に、トドメを刺され、柊は黙り込んでしまう。


 人の恋路を邪魔する者は、という言葉が示すように、ここで引き下がっておかなければ酷い目にあいそうだ。


 自分の場合、退こうが退くまいがロクなことにならないのだが…。まあ、馬に蹴られるよりかは幾分かマシだ。


「春泉さんも、デート、楽しんできて?」

「チッ、わざわざご丁寧にどうも」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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