「殺そうとしていないから」
妖傀の窪んでいる目から透明な涙が流れ落ちる。
それを目にした翔月と凛は、目を見開き動きが止まった。
「な、なんで。泣いてるの?」
凛の言葉など聞こえておらず、妖傀は鎖を右手で回し、そのまま前へと放った。
それと同時に、突風を吹かせ風の刃まで二人へと襲いかかる。
翔月と凛は左右へと走り回避。だが、風の範囲が広いため完全に避けきることが出来ず、翔月は服が破れてしまう。それだけなら良かったが、凛が突然その場にうつ伏せに倒れてしまった。
「凛!!!」
「っ、大丈夫!!!」
翔月が名前を呼び、凛が顔を歪ませながら返答。彼女の地面が赤く染まる。
凛の右太ももがぱっくりと切れており、そこから血が流れ出て止まらない。
広い袖で血を拭うが、黒い袖が汚れるだけで止血ができない。ドクドクと流れ、地面を染めるだけ。
焦りに汗を滲ませる。顔を上げ妖傀を見ると、いつの間にか流れていた涙はなくなっており、薄く笑みを浮かべていた。その目線の先は、動けなくなった凛を捉えている。
立ち上がろうとするも、痛みで動けずすぐ地面へと落ちる。
翔月が気を逸らそうと距離をとりつつ、右手で持っていた鎖鎌を妖傀へと放つ。
風を切り、真っ直ぐと木の隙間を縫い向かっていく。
妖傀は、鎖鎌に視線を向け余裕そうに上半身を右へと曲げる。最小限の動きだけで避け、再度凛を見た。そして、ゆっくりと近づいていく。
「やめろ!!! 近づくな!!」
右肘を後ろへと下げ、鎖鎌を自身に寄せ掴む。そして、焦り気味にもう一度左足を前に出し右手に握られている鎖鎌を投げた。先程よりぶれており、勢いが悪い。
それを妖傀は、目線を送るだけで上半身を前へと曲げ回避。歩みが止まらない。だが、近づけば戦闘になれていない翔月など直ぐに負ける。
凛も杖を前に出し、火の玉を放つが全てを避けられたり、鉄線で風を起こし相殺される。
二人は成す術がなく、翔月はとうとう走り出し妖傀へと近づいた。
「来ないで翔月!!」
凛の叫びを無視し、妖傀の後ろへと近づき拳を握る。
だが、その拳が振り下ろされることは無かった。
「……──えっ」
妖傀が何故か、凛の目の前で立ち止まり見下ろす形で固まった。
凛は見上げ、妖傀は見下ろす。目線が交わっているのか分からないが、それでもお互い見続けている。
鎖を動かそうとも、鉄扇で風の刃を起こそうともしない。
上げた右の拳を下ろし、翔月はその場に立ち尽くす。すると、妖傀は両膝を折りその場にしゃがむ。
『し、証明、しだい。ぞれだげ。だがら、ずるぅぅ……』
そう口にすると、妖傀は右手を前に出し凛の首元へと伸ばす。
「がっ!!!」
「凛!!!!」
いきなり、右手に握られていた鎖を落とし凛の首を締め始めた。翔月はすぐさま離させようと思わず鎖を落とし、妖傀の右腕を掴み左手で首元を握っている手を掴み力づくで離させようとする。だが、なぜかビクともせず絞め殺そうと力を込めた。
指が凛の首にくい込み、口から苦しげな声が漏れる。
「かっ、く………か、ける……」
「はなせ、離せよ!!! おい!! 離せってば!!!!」
取り乱してしまい、翔月は正常な判断ができていない。
無理やり手を離させようとするだけ。
妖傀の腕を掴んでいた凛の手から力が抜け、横へと垂れる。開かれていた目は、徐々に閉じられ始め、涙と共に瞳が瞼により見えなくなった。
「りぃぃぃいいん!!!!!!」
翔月の叫び声が森にこだました時、なぜか妖傀の手から力が抜け凛を地面へと落とした。
『あ、ああ、ぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!』
妖傀の悲鳴が周囲に響き渡る。
凛は地面に落ちた瞬間に咳き込み、首元を抑え息を取り込んでいた。
翔月はそんな彼女に駆け寄り、その場に膝をつき背中を撫でる。
いきなり、頭を抱え苦しみ出した妖傀を見上げ、二人は困惑の表情を浮かべながら見上げた。
「な、何が……?」
体を左右に揺らし、叫びながらあっちこっちの木にぶつかり苦しみに耐えてる。
すると、影を相手にしていたはずの弥幸が二人の後ろに立ち、苦しんでいる妖傀を見ていた。
「弥幸。影はどうしたんだ?」
「妖傀と一緒で暴れてるよ」
そう口にする弥幸の目線は、妖傀に注がれている。
翔月は、唖然としながらも彼の後ろを見た。そこには、地面から触手のような細長い物が出て動いめいている光景があり思わず顔を歪める。
そんな影の中心には、弥幸の愛刀である刀が一本、刺されていた。それにより、動きが封じられているように見える。
「お前、なにかしたのか?」
「あの影が、まるで助けを求めているような動きをしていたから。ただ、倒すだけじゃなく、中を見てやろうと思ってね。でも、今回のはただの妖傀じゃないような気がする。下手に動くと何が起きるか分からない」
「今は刀で動きを止めてるのか?」
「刀だけでは押えられないよ。少しだけ、影という名の想いを操ってるだけ」
そう口にしている弥幸の右手には、釘が握られており光の線が刀へと続いている。
「変だと思ったんだよね。だって、君は──本気で僕達を殺そうとしていないから」
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