「我らのモノに」
必死に長い廊下を走り、星桜は後ろから追いかけてくる男性二人が逃げ続けいた。だが、屋敷内を把握していない彼女はがむしゃらに走るしかない。
なぜか誰も人がいないため、助けを求めることも道を聞くことも出来ない。
震える足で走っているため、何度も転びそうになる。その度、壁に手を付き踏ん張り転ばないようにまた駆けだす。
腕に抱えられている雀は、つぶらな黒い瞳で見上げていた。その瞳に、星桜の焦った表情が写り込む。
「鬼ごっこも楽しいけれど、もうそろそろ飽きてきたかなぁ」
微笑みながらユミが星桜の後ろを悠々と歩き、眉を下げ口角をあげる。
横に垂らしている右の手のひらを広げ、地面に向ける。すると、自身の影が不自然に動きだした。
右手を徐々に上へと挙げ、それに連動するように影も盛り上がり何かの形を作り出す。
「もうそろそろ、終わりにしようか」
優しく口にし、何かの形を作り出した影を握る。その形は、まるで勇者が手にしている剣をかたどったように見え、振られると鋭く光った。
星桜はそれを横目で見て、目を開き恐怖の顔を浮かべた。
「心の巫女。今ここで我らのモノに」
彼は左足前に出し、右足を後ろへ下げる。
右肘を後ろに引き絞り、刀身を寝かせたまま、真っ直ぐ伸ばした左手に添わせるように構えた。
したり顔を浮かべ、足に力を込め床を蹴る。
迅雷の如き速さで星桜へと迫り、真紅の瞳を顕にし楽しげに笑う。
その時、突如床から竜巻が吹き荒れ星桜の茶髪とユノの藍色の髪を大きく揺らした。
※※
月が照らす緑で覆い尽くされている森の中。颯爽と走る弥幸、凛、翔月。
自身達が住んでいた東雲町を抜け、楠香地区に入る。今は、風回家に続く森の中を躓かないように気をつけながら走っていた。
弥幸は木の枝を飛び越え、周りを警戒するように目線を至る所に向けている。
「そういえば、逢花ちゃんは良かったの? めっちゃ不貞腐れてたけど」
「問題ないよ」
「どうして断ったんだ?」
「今は関係ない。油断しない方がいいよ、今は敵の敷地内に居るようなものなんだから」
凛の質問を弥幸は軽く流し、翔月からの質問ははぐらかし先を急ぐ。
弥幸は息一つきれていないが、凛と翔月の額からは汗が滲み出始めていた。
「やっぱり、森の中は走りにくい!」
怒りの声をあげる凛に対し、翔月は宥め先を見る。
目線の先は、闇が広がる自然。月の光が樹木により遮られてしまい周りが見えにくく、身を隠すのに適した場所なため、気を張っていないと死角からなにか来た時どうすることも出来なくなってしまう。
「……──っ?!」
「っ赤鬼?!」
「赤鬼! どうした?!」
前方から突然、強い突風が吹き荒れ弥幸を地面へと落とす。だが、空中で体制を立て直し足から着地することが出来たため、体を地面に打付けることはなかった。
両足で着地をし、右手を地面へとつけ顔を上げる。眉を寄せ、歯を食いしばっている。
目は至る所へと向け、何かを探していた。
凛と翔月は、弥幸に怪我ないことを確認すると肩の力を抜き、安堵の息を吐く。
風が樹木を揺らし、葉の重なる音を響かせる。
月が空を漂う雲により遮られ、先程より暗くなり遠くを見通すことが出来ない。
凛と翔月は弥幸を守るように左右に立ち、周りを忙しなく見回している。中心でまだ地面に右手をつけている弥幸は、目を細め左手を刀に添える。
左足の膝を立て、右手を刀へと伸ばした。だが──
「……っ!」
なにかに気づき、刀へと伸ばした右手を前方へと出した。すると、闇の中から突風が突如として現れ、何かに寄って爆発音とともに弾け飛ぶ。
凛と翔月は突然のことに目を開き、音が鳴った方を見続けていた。そこには、赤く薄い膜のようなものが張られている。
弥幸は眉間に深い皺を寄せ、前方を見続けていた。
「…………風回家長女の方だね。出てきなよ。今回は、しっかりと相手してあげるからさ」
そう口にする弥幸。目線の先には何も無い真っ暗な空間。だが、彼の言葉に答えるよう足音が聞こえ始める。
地面に落ちている枯葉や枝を踏み、闇の中から姿を現したのは、片手に鉄扇を握り顔を俯かせている風美の姿。
「……あ、赤鬼。なんか、やべぇんじゃねぇか?」
「赤鬼、あの人。前に見た人と、本当に同じ……?」
翔月と凛が声を振るえさせ、前方に佇む風美から目をそらさぬよう気をつけながら弥幸へと問いかける。
その問いに、彼は答えずその場に立ち上がり前に出していた右手を下げた。それにより、赤い膜は溶けるように無くなる。
「君……誰?」
『……わ、だじは……』
ドスの効いた低い声。まるで、妖傀のような話し方。
弥幸は再度、同じ質問を繰り返す。すると、俯いていた風美はゆっくりと顔を上げた。
『わだじはぁぁぁあああ!!!!!!』
その顔は、先日見た整った顔ではなかった。
肌は黒く変色しており、目は窪み、口を大きく開き地響きを鳴らすほどの声を叫び出し三人を見る。
その圧は、今まで出会ったどんな妖傀より重く、凛と翔月は体から力が抜けたらしく膝から崩れ落ち、弥幸でさえ──目を開き恐怖の顔を浮かべていた。
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