「来てしまうかも」
星桜が精神力を送り込み、破ろうとした御札が何故か黒い炎に包まれ焼かれた。
押さえておく物がなくなり、外側から静かに襖が開かれる。そこには、風美と華恵が叶わなかった男性二人が立っており、部屋の中へと当たり前のように入り周りを見回し始めた。
部屋の中は枕や座布団が散乱している以外に変わった物は無い。
「おかしいね父さん。あの二人なら、必ずこの部屋に監禁しておくと思ったんだけど」
優しい微笑みを浮かべていたユミは、首を傾げながら部屋の中心へと移動し、顎に手を当てながら眉をひそめて周りを見回す。
父さんと呼ばれた男性、クグリも部屋の出入口付近で周りを見回していた。すると、何かに気づいたのか右側にある押し入れに目を向ける。
そちらにゆっくりと歩いていく。その様子を、ユミは目で追っていた。
「どうしたの父さん」
「少し、気になる気配を感じてねぇ」
口に煙草を加えているため、煙が天井に昇る。
そんなことは気にせず、ほんの少しだけ開いている押し入れへとクグリは手を伸ばした。
取っ手に手を添えた時──……
「きゃぁぁぁああ!!!」
甲高い悲鳴と共に襖が勢いよく開かれ、中から星桜が目に涙を浮かべながら、腕に雀を抱え飛び出してきた。そのため、クグリは目を開き思わず体をよろめかせてしまい後ろへと下がる。
襖と彼の間を横切り、星桜は和室から飛び出し廊下を走る。
「あらぁ? 父さん、大丈夫?」
慌てることなくユミは、クグリへと声をかける。その問いに返答はなく、彼は襖をじっと見続けていた。
腕をだらんと下げ、首を鳴らし襖を見ている彼は、何を考えているのか分からない。
ユミは、顎に手を当て再度口を開く。
「やはり、まだ完璧にコントロールができていない様子だねぇ。微弱だけど。父さんを押し返すほどの力を自然と体から放ってる……」
口にすると、いきなりユミは口角を上げ楽しげに笑う。
腕を下げ、襖へと妖しい瞳を向けた。
「楽しい鬼ごっこの時間だ」
ユミの言葉に、男性は頷き足を一歩前へと出した。
※※
長い廊下を星桜は、雀を腕に抱えながら走っていた。
顔を青くし、目を開き汗を流しながら走り続けている。
「だ、だれか。誰か!!」
甲高い声を出し、助けを求めているが周りに人はいない。
恐怖でなのか足に力が入っておらず、左右に揺れながら走っているため壁にぶつかりそうになったり、躓いて転びそうになっている。
荒い息で走り、前を向き続け走る。
後ろからは何も来ていない。
一度、横目で後ろを確認し星桜は足を止めた。
「はぁ……。おい、かけて……、きてない……?」
その場に足を止め、少しだけ広い廊下を見回す。だが、周りには誰もいなく灯りだけが周りを照らしているのみ。
それでも周りを警戒し続け、星桜は胸に手を添え雀を落とさないように息を整える。
「に、げきれた……。よかった」
安堵の息を吐き、立ち直した星桜は口元に笑みを浮かべた。そして、廊下を進もうと一歩前に踏み出す。
すると、何故かいきなり目を見開き恐怖の顔を浮かべる。
体をふらつかせ、左側へと傾いた。
「っ!」
その瞬間、星桜の右肩に鋭く光る黒い影が横切った。
おそらく、彼女が体をふらつかせなければ頭が弾け飛んでいた位置。それを察したのか、ゆっくりと後ろを振り向き体を震わせる。
星桜の目線の先は、何故か闇が広がり足音だけが聞こえる。
壁に備え付けられている灯りは、電気が切れそうにチカチカと点滅し始めた。
そんな闇が広がっている中、足音を鳴らし近づいてくる二つの影。
重苦しい空気感が彼女を襲い、せっかく拭き取った汗がまた流れ始めた。
横切った黒い影は、そのまま薄くなり姿を消す。
「おや。逃げるのはもう辞めたの?」
笑みを浮かべ、散歩をするように歩いているのはユミ。その後ろにはクグリ。
「逃げないでもらえると助かるけど。これはこれでつまらないなぁ」
「遊びじゃなぃよぉ~、ユミ」
「はいはい」
ユミは半歩後ろにいるクグリへと顔を向け、眉を下げ微笑みながら肩を下げる。そして、顔を星桜の方に向き直し、左手を腰に当て右手を前に出した。まるで、彼女を誘うように。滑らかな動き。
「さぁ、逃げるのはここまで。心の巫女よ。我々と共に」
その言葉と同時に、なぜか甘い匂いが立ち込め始める。
星桜はその匂いが鼻をかすめ眉を顰めた。
口と鼻を押え、ユミとは反対側へと再度走り出した。それを、楽しげな瞳で見送る彼。
「また鬼ごっこ。早くしないと来てしまうかもしれないというのに」
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