「父さん」
闇が広がり、雲が月を隠している夜。
周りには、明かりが灯されていない建物が複数ある。唯一光っているのは、今にも切れそうにチカチカと点滅している街灯のみ。
前方を見通すことが出来ない暗闇の中、男女の影が道路の真ん中を悠々と歩いていた。
「風美様。本当に大丈夫なのでしょうか。なんだか、信用してはいけないような気がするのですが」
「大丈夫よ華恵。『もし』や『かも』を考えていると、本来の私達の仕事が出来ないわ。今は、信じるしかないの。そうしないと……」
そう口にする風美の顔色が少し青い。恐怖を感じているようにも見える表情を浮かべているため、華恵は心配そうに隣を歩いている彼女を横目で見下ろす。
そんな視線など気づいていない彼女は、まっすぐ前だけを見つめ歩き続けていた。
二人が歩いていると、前方に人影が二つ見え始めた。
「いたわ……」
「あのお二人が心の巫女を……」
風が横から吹き、二人の髪を揺らす。歩みを進め、人影の輪郭がしっかりと見えるようになってきた。
一人は、藍色の顎くらいまで長い髪。優しいほほ笑みを浮かべているため、瞳を見ることが出来ない。身長はそこまで高くなく、狩人のような服を身にまとっている。だが、少しデザインが加わっており、濃い赤色の猫耳のような形をしているフードを被り、背中には横に沢山の弓矢が入っているカゴを持っていた。
もう一人は、隣に居る青年より身長は高く歳も上に見える。
パイロットのような服を身にまとい、頭には魔法使いのような紺碧の帽子をかぶりゴーグルを額に付けていた。その帽子から見え隠れしているのは、風に吹かれ横へと流れている銀髪。顎には髪と同じ色の髭が生えている。
こちらは無表情で煙草を口にくわえ、風美達を見つめていた。
「ユミ様、クグリ様。ご準備が整いました」
風美が二人の前まで移動し、片膝を付き頭を下げる。その隣に、彼女の真似をするように華恵も膝を付き頭を下げた。だが、怪訝そうな顔を浮かべてあるため、何か納得の出来ていない部分があるように見える。
「と、いうことは。見つけることが出来たということで?」
「はい。ユミ様が口にしておりました心の巫女。今は我々の屋敷の一室で眠っております」
優しく微笑んでいる青年、ユミに対し口を開く。風美の表情は若葉色の髪で隠れてしまっており見ることが出来ない。だが、声色がいつもより低く抑揚がない。
感情が乗っておらず、何を思って口にしているのか分からない。
「あっそ。まぁ、見つけることが出来ただけで及第点か。礼は言ってあげよう」
微笑みながら、ユミと呼ばれた青年は風美の前に片膝をつく。右手を伸ばし、彼女の顎に手を伸ばし顔を上げさせる。
「でも、僕達を待たせた分は何かをしてもらおうかな」
風美の顔を上げさせ、そう口にするユミ。その姿を隣で華恵は見ており、咄嗟に動き出そうとした。だが、それを彼女が視線だけで制しする。
「何を、させるつもりですか……」
「何をされたい?」
上げさせた顔の目元に左手を置き視界を隠し、耳元で低く囁いた。その後、青年の足元にある影がユラユラと動き出す。すると、弾けるようにその影が風美を包こもうと動き出した。
華恵が額から汗を流し、目を見開き右手を前に出し風美へと伸ばす。だが、突如何かによって勢いよく飛ばされ地面に転がされる。
左の顬から血を流し、上手く受身を取ることができず体を強く打ちつけてしまい気を失った。
コツ……コツ……と。足音を鳴らしながら、黒い影を右手に纏わせ前に出している男性が無表情で、飛ばされた華恵を見下ろしている。
それを横目に、風美は体を震わせ顔を青くする。そして、目線を目の前に座るユミを見た。
「君には、もっと役に立ってもらおうか」
見えなかった青年の瞳が見え始め、漆黒の炎に包まれている視線が風美に注がれる。それにより、彼女の体が一際大きく体を震わした。
「君の体を借りようか」
異質な笑みを浮かべ、影を操り小さな体の風美を包み込み、地面に溶け込むように姿を消した。
残されたユミはその場に立ち上がり、クグリと呼ばれていた男性は隣に立つ。
「場所は風回家の一室。あそこかと思うよ、父さん」
「そうだねぇ。それじゃ、取りに行こうか」
そのまま二人は、静寂に包まれた空間に足音を鳴らし、闇の中へと姿を消した。
男性達が姿を消すのと同時に、顔を出す月。
薄く目を開き、去っていく二人の人影を睨みながら、華恵は歯を食いしばり瞳を閉じた。
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