「信じてるから」
屋上の扉を開き、二人は外の風を浴びながら屋上の中心へと歩く。
凛の手には、風呂敷に包まれているお弁当箱。翔月の手にはビニール袋が握られていた。
そんな二人は、屋上の真ん中に辿り着くと一度足を止める。
周りを忙しなく見回していると、目的の人物が屋上の角で片膝に顔を埋めている姿を見つけることが出来た。
いつもとは違う弥幸の姿に、凛と翔月は戸惑いつつも近付き両側に座る。
「赤鬼、これからどうするか考えよう? 落ち込んでいるだけじゃ、星桜を助けることは出来ない」
「そうだ。心配なのは分かるし、俺も今すぐに助けに行きたい。だが、俺達ではどうすることも出来ない。お前の力が必要なんだよ」
優しく問いかける二人に、弥幸は変わらず顔を埋め返事をしない。
どうすればいいのか分からないのか、二人は口を閉ざし自身のお昼ご飯に手をつける。
心配そうに弥幸を横目で見ている二人。だが、本人は一切反応しない。
夜に命懸けの戦闘を行っているため、視線や人の気配には敏感になっているはず。それにも関わらず、二人に対して何も反応しない。
「…………赤鬼、本当になにか手を打たないとどうすることも出来ないよ。お願いだから、顔を上げっ──ん?」
凛は何かに気づいたのか、怪訝そうな表情を浮かべ耳を弥幸へと近づける。
「どうしたんだ?」
翔月が問いかけるのと同時に、凛は彼から離れ顔を俯かせる。そして、なぜか割り箸を半分に折った。
雰囲気が先程とは別で、翔月でさえ苦笑いを浮かべて何も声をかけられなくなる。それほどまでに今の凛は近寄り難い。
「………………ふ、ふふふふ。ふふふふふふっ」
いきなり不気味な笑い声を上げ始める凛。翔月は目を逸らし、手に持っているあんぱんを一口食べる。すると、折れた割り箸を地面へと落とし、凛は右手を振り上げた。そして──
「寝てんじゃねぇぞくそぎつねぇぇぇええええええええ!!!!!!」
「いってぇぇぇええええええ!!!!!!」
凛の怒りの声と、弥幸の悲鳴が青空の下を響き渡った。
それから数分間。弥幸は頭に振り下ろされたゲンコツにより悶え、凛は頬をふくらませながら新しい割り箸を取りだしお弁当を食べている。そんな二人を、翔月は隣で見ていた。
どのように声をかければいいのか分からないらしく、口を開けてはすぐに閉じている。
すると、弥幸が恨めしそうな瞳を凛へと向けた。
「僕、一応怪我人なんだけど……」
「寝れてるんなら問題ないわ!! 星桜がいなくなって不安で仕方がないのかと思って心配したのに」
「それは君達でしょ」
真紅の瞳に睨まれ、二人は言葉がつまり目を逸らしてしまう。
「人の心配をして、自分の気持ちを紛らわそうとしているみたいだけど。それは、逆効果なんじゃないの? 何かしていないと。何かを考えていないと不安で胸が押しつぶされるんでしょ」
図星をつかれたのか、二人は何も口にせず俯いてしまう。それを見た弥幸は、小さく溜息をつき空を仰ぐ。
今日は晴天で、三人の気持ちには寄り添ってくれない。太陽が三人を照らし、弥幸は思わず右手で目元の上へとかざす。
「…………安心しなよ。あいつは殺されないし、酷い目にも合わないと思うよ」
「なんでそんなこと言いきれるの……?」
「簡単な事だよ。あいつは精神の核を持っている。それだけでも希少なんだ。それに加え、ただの精神の核ではなく、心の巫女の生まれ変わり。殺すより、自分の駒として使うのが一番効率が良い」
淡々と説明する弥幸に、凛は首を傾げる。
「心の巫女の生まれ変わり?」
凛の問いかけに、翔月も何かを思い出すように口を開いた。
「確か、昨日の女も言ってたな。心の巫女と……。知っているのか赤鬼」
「僕も詳しく知らない」
「………知らないんじゃなくて、知る気がねぇの間違いじゃないか?」
翔月の言葉に、弥幸は何も口にせずそっと顔を逸らす。それを見た二人は、肩を落とし口元を引きつらせため息を吐く。もう、何言っても意味が無いと思ったらしく自身のご飯を食べ進めた。
「心の巫女の生まれ変わりは、他の精神の核とは何か違いがあるの?」
「大きい違いは、恐らく精神力の量。次に集中力じゃないかと思っているよ」
「集中力?」
「一般的な集中力とは異なる。だって、君達みたいな普通の精神力でも神力をコントロールすのに時間もかかり、今も完璧じゃないでしょ? あいつは君達の何百倍の精神力をコントロールして、僕に移しているんだ。下手すれば僕がパンクする」
「ぱ、パンクしたらどうなるの?」
「さぁ? 力を暴走させてしまうか、感情が無くなるか……。他にも色々考えられる」
抑揚なく、感情が乗っていない口調で弥幸が簡単に説明する。それが逆に不気味で、何を考えているのか分からない。
「なんで、そんなに平然としていられるの? もしかしたら、あんたの体が……」
「〈もしかしたら〉を考えていたら、僕達の世界では生きられないよ。そんなの考えたら、昨日の時点で僕は死んでいたかもしれない。これからも、妖傀を相手する度死ぬかもしれないし、痛い思いをするかもしれない。かもしれない運転は、僕達の世界では意味ないよ」
弥幸の言葉に、凛と翔月は息を飲む。
今、彼は『僕は』ではなく『僕達は』と口にした。伴になった二人もしっかりと入れられている。
その言葉で、もう後戻りは出来ないと二人に思わせた。
弥幸自身、そこまで考えての発言ではないかもしれない。感情が乗っていない口調なため、彼が何を思って、何を考えているのか察することが出来ない。
「こ、わくないの?」
「怖くないわけが無い。怖いよ、すごくね。でも、それを考えてしまうと体を動かすことが出来ない。だから、考えないようにしてるよ」
「それでも──……」
凛が眉をひそめ、弥幸に問いかけようとする。だが、それより先に彼が口を開き言葉を伝えた。
「それと、信じてるから」
静かで芯のある声。そんな声が屋上に響き、涼しい風が弥幸の肌を撫で、銀髪を揺らした。
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