「この場の闇を」
……──星桜の目の前に、鮮血が舞った。
伸ばされた右手は星桜の肩に届かず、そのまま落ちる。
弥幸を囲っていた風は、勢いよく分散し放たれた。
風で体が支えられていた彼は、支えがなくなってしまい鮮血と共に地面へと崩れ落ちる。その時、彼の背後にいた式神が星桜を見た。
「良くやった、風鼬」
風鼬と呼ばれた式神。見た目は鼬なのだが、周りに風で作られた刃が鋭く光っている。目は緑色で星桜を見ていた。
弥幸が星桜を助けるのに必死になりすぎてしまい、近づいてきていた式神の気配に気づくことが出来なかった。それにより、背後にいる鼬の鎌鼬により彼は肩や腰、腕などに深い傷を負ってしまい地面へと倒れてしまった。
星桜は口をワナワナと震えさせ、地面に倒れ血をドクドクと流している弥幸を見下ろすことしか出来ない。その瞳からは透明な涙が頬をつたい地面へと落ちる。
一度流れてしまった涙は止まらず、彼女は小さな声で何度も弥幸の名前を呼んでいる。だが、その声に返答はない。
「今度こそ──なっ?!」
今度こそ終わりと思った華恵は、弥幸がまた動き出そうとしたことにより驚き目を開く。さすがにここまでの大怪我を負ってまで立とうとしている弥幸を、風美も目を細め警戒しつつ見つめる。
「不死身か、貴様……」
右手を地面につき、左肘で体を何とか起こそうとしている。だが、力が入らず震える体が地面へと落ちてしまう。
それでも、諦めず立ち上がろうとした。
「もうやめて赤鬼君!! それ以上無理をすると死んじゃう!!」
星桜の声など聞こえていないのか、弥幸はやっと上半身を起こすことが出来た。次に片膝をつき、足に力を込め立ち上がる。
「なぜ、そこまでする」
華恵は困惑気味に、そっと問いかけた。
聞こえていないのか、弥幸の息遣いしか聞こえない。華恵は再度、強い口調で同じ言葉を問いかけた。だが、やはり返答はない。
弥幸は震える右手をポケットへと突っ込み、何かを引っ張り出す。それは、御札だ。
「その状態で式神を出すつもりなのですか? 無謀。無駄なことはやめなさい」
風美の言葉すら無視し、銀髪から覗く瞳を華恵へと向けた。その目からは強い意志を感じ取ることができる。
絶対に負けない
その強い意志が込められており、華恵は下唇を噛み自身を奮い立たせる。
そんな様子など気にせず、弥幸は御札を上へと投げた。
「この場の闇を全て取り除け──『 』」
上へと投げられた御札は、勢いよく輝きだしこの場の全員を照らす。眩い光により、翔月と凛は目を閉じてしまい、華恵も星桜を離さないように気をつけながらも左腕で目元を覆った。
風美だけは、顔を真っ青にし慌てて華恵へと走る。
「早くこの場から離れるわよ!!」
「ふ、風美様? いきなりどうしっ──」
「そんなのどうでもいい! 早くここから移動するわよ!!」
そう口にすると、風美は鉄扇を左から右へと振り風を起こす。すると、三人は地面から足が離れ空を舞う。
星桜は抗うことが出来ず、涙を流すのみ。目を閉じ、全てに諦めたような表情を浮かべた。
「星桜!!!!」
「っ?!」
いきなり、弥幸が星桜の名前を叫んだ。
「……──」
「っ! …………うん。分かった。わかったよ。弥幸!!!!」
弥幸が口を動かし星桜と言葉を伝えた。それに、彼女は力強く頷き言葉を返す。
華恵と風美はなんのことか分からず首を傾げるが、そのまま夜の闇へと姿を消した。
安心したような。それでも、少し不安げに涙を流し続けていた星桜を連れて。
残された凛と翔月は、やっと風から解放され地面へと足をつけることが出来た。
それに対して安心するが、それより星桜が連れ去られてしまった事実が二人に大きくのしかかる。
いつの間にか闇に戻っている夜空を見上げ、二人は拳を握り歯を食いしばる。その時、前方から水のはじける音が聞こえ顔を向けた。
「赤鬼!!!!」
「おいっ! しっかりしろ!!」
弥幸が自身の血で作った血溜まりへと倒れ込んでしまっていた。
瞳は閉じられており、いつもの深紅の瞳を見ることが出来ない。肌色も今までより白く、腰や背中からは、今だに血がとめどなく流れ出ている。今すぐ止血しなければ命が危ない。
二人はまず救急車を呼ぼうと、凛がスマホの電源をつけた。
翔月はひとまず止血しようと、ポケットに入っていたハンカチを取り出し一番酷い背中に押し当てる。
震える手で操作している凛の横から、いきなり手が伸びてきてスマホが取られてしまった。
「ちょっ、今急いで──」
スマホを取った本人に、凛が怒鳴りつけながら顔を上げた。だが、その姿を確認すると、途中で言葉を止めてしまう。
そこには、眉をひそめ顎に手を当て。深刻そうに弥幸を見下ろしている、逢花の姿があった。そして、その後ろには口を結び、目を細め悲しげに自身の息子を見下ろしている、美彌子の姿も。
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