「舐めやがって」
体勢を立て直した弥幸は、敵意を向けてくる二人に対し構えをとる。
鯉口と呼ばれる、鞘の入口あたりに左手を添える。
親指で鍔を柄の方向へと少し押し出した。
今にも飛びかかろうとしている弥幸の雰囲気を察した二人も、先程までの余裕は無くなり彼女は目を細める。
「やる気を、出していただけたようですね」
「やりたくないんだけどね」
「あら。お優しいこと」
「勘違いしないでくれる? めんどくさいからやりたくないだけ」
「理由はどちらでも宜しくてよ。では、参ります」
風美は妖艶な笑みを浮かべ、鉄扇を持っている右手を腰まで下げる。すると、勢いよく上へと振り上げた。そこから、鎌鼬のような突風が吹き荒れ弥幸へと襲い掛かる。
それを彼は、横へと走り流される体を支えながら避けた。そのまま戦闘開始というように姿勢を低くし走りだす。
弥幸の正面に華恵が立ち塞がり、鎖鎌の鎖を両手で掴み右手で勢いよく回している。それを気にせず、弥幸は右手で柄を掴み刀を引き抜いた。
引き抜いた勢いを殺さず、そのまま華恵の右腰から左肩へと斬る。だが、近づく途中で鎖鎌を前方に投げられ避けざるを得ない。
その場から上へと跳び上がり、華恵の上を取る。両手で刀を掴み直し、頭の上まで振り上げた。だが、そこで風美からの突風。
弥幸はそちらに目を向け、舌打ちしながら叫んだ。
「炎鷹!!!!」
空を羽ばたいていた炎鷹が、彼の声に答えるように鳴き声を上げ急降下。
弥幸の前で急停止し、風美から放たれた突風を、羽を大きく動かし相殺。弥幸は華恵へ右手に持っている刀を振り下げる。だが、彼は鎖部分を両手で持ち左右に引っ張り受け止めた。
「甘い」
「へぇ、敬語無しでも話せるんだ」
弥幸は防がれるのが分かっていたのか、焦ることはせず地面へと着地する。その際、華恵が蹴ろうと右足を蹴りあげた。
後ろへと上半身を逸らし、スレスレで交わす。そのまま、もう一枚御札を取り出した。
「炎狐!!」
子狐位の炎の狐。炎狐が姿を現し、華恵へと威嚇する。
そのまま弥幸は、狙いを風美へと切り替え走り出す。華恵はそれを阻止しようと彼へと体を捻るが、炎狐が立ち塞がり叶わない。
そのまま彼は風美へと走る。だが、なぜか彼女は鉄製を口元に持っていき動こうとしない。
「舐めやがって」
苛立ちのこもった鋭い口調で呟き、刀を両手で腰辺りで握る。そのままの勢いで頭の上まで振り上げた。
「終わりだ」
何もしようとしない彼女へと、銀色に輝く刃が振り下ろされる──……はずだった。
「……──えっ」
弥幸は目を大きく見開き、振り下げるはずだった刀は彼の両手から落ち宙を舞う。
そのまま音を立て、地面へと落ちた。銀色に光っていたはずの刃は、地面に落ち鮮血により──赤黒く染まった。
「どっちが、終わりかしらね」
弥幸が地面へと倒れ込む時、風美は蔑んでいるような濁っている瞳で見下ろし、嘲笑うように呟いた。
赤く染っていく地面に倒れ込んだ弥幸の背中は、右肩から左腰辺りまで深く長い。斬られたような痕が残されていた。とめどなく血が流れ、止まらない。早く止血をしなければ、命すら危ない状況だ。
「よくやったわ、華恵」
「少し焦りましたが、何とかなりました。式神二体を精神の核無しで出すなど……。何を考えていたのか」
華恵の前を立ち塞いでいたはずの炎狐の姿がない。その代わりに、彼の足元には縦に破られている御札が風に揺れながら落ちていた。
華恵の手に握られている鎌には、赤い鮮血が付着しており、それを大きく上下に一振した。
「さて。もう少しで来るかしら」
「足音が聞こえます。もう少しでしょう」
「まだ、その程度なのね。まったく……。早く育てればよかったものを」
地面に倒れ込んでいる弥幸を跨ぎ、風美は華恵の隣に立つ。そして、彼を見下ろし馬鹿にするような瞳を向けた。
「来たわね」
風美でも足音が聞こえるくらいまで近づいてきたらしく、弥幸が来た方向を見る。
暗雲が立ち込めているため、光は街灯のみ。その街灯もカチカチと今にも消えてしまいそうになってしまっていた。
そんな中、三人の人影が徐々に二人へと近づいてくるのが見えてくる。
「翔月も、足が早い!!」
「待ちなさいよ、月宮!!」
「赤鬼程、早く走ってないんだけどな……」
翔月を先頭に、星桜と凛がヘトヘトになりながらも走っていた。
もう、体力が限界らしく汗を流しふらついている。そんな中、翔月が振り向きながら二人に声をかけながら走っていた。
「早くしねぇと赤鬼が全てを片付けてしまうぞ」
そう声をかけるのと同時に、翔月は前方に顔を向けた。すると、目を開きその場に立ち止まる。
二人との距離は、二十メートルくらい。
「誰だ?」
風美と華恵の姿を確認し、翔月は眉を顰め問いかけた。
「貴方達には名乗る必要がないわ」
「はぁ? 馬鹿にしてんのか?」
「事実を口にしているだけよ。私が興味あるのは、貴方の後ろにいる巫女。その子だけ……」
「巫女……だと?」
風美の目線の先。翔月はそのまま振り向くと、そこには星桜が膝に手を置き、息を整えようとしている姿があった。
「星桜が、巫女だと?」
「えぇ。その子こそ、私達が探していた。心の巫女よ」
聞きなれない言葉を耳にし、翔月は首を傾げる。星桜と凛は、体力の枯竭により周りの声など聞いている余裕が無い様子だ。
「…………巫女とかよくわかんねぇけど。それについては詳しく赤鬼に聞くとする……ん? そういや、赤鬼はどこだ?」
自身の言葉により、翔月は周りを見回し弥幸を探し始める。
やっと息が整ってきた星桜と凛も顔を上げ、汗を拭いながら周りを見回し始めた。
「貴方達が探しているのは、この子かしら?」
そう口にすると、風美はその場から体を引く。華恵も一歩後ろへと下がり場所を移した。それにより、二人の影になっていた、弥幸の姿が三人の目に映る。その瞬間、星桜が顔を青くし、目を見開き口を大きく開いた。
「赤鬼君!!!!!!」
喉が避ける程高く、大きな悲痛の叫びが、真夜中という闇の中に響き渡った。
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