「渡さないのであれば」
「……──あら?」
右足を上げ、女性は石を踏み潰そうとした。だが、それを弥幸が許すはずがない。
距離が少し開いているため、彼は式神である炎の鷹を出した。
炎の翼を大きく広げ、光の速さで女性の足元へと向かい、横切り上へと舞い上がる。それにより、女性の髪が揺れ頬がが少し切れる。少し驚いた声を上げ、隣に立っていた男性も目を開き夜空を羽ばたいている炎鷹を見る。
「何やってんの。というか、何がしたかったの?」
女性達へと弥幸がゆっくりと近づいて行く。
目元は狐面で隠れてしまっているため、表情が分からない。だが、淡々と話している声色はいつもより低く、刺がある。だが、それは彼の前にいる二人も同じ。
仮面パーティーに使われるような、顔半分が出る仮面を目元に付けている。
目線の先を弥幸に移し何も話さない二人。それに対し、彼が畳み掛けるように再度問いかけた。
「耳、聞こえてるわけ? 何をしようとしていたかを聞いているんだけど。それとも、日本語が分からない? 外人だったりするの。だったら、早く母国へ帰りなよ。ここは、君達みたいな人が居ていい場所じゃない」
少し距離を置き、彼は立ち止まる。左手は、刀の柄頭に置かれてた。
「日本語は理解しているわ。そこは安心して」
「なら、耳が聞こえなかったってことか。難聴? おすすめの病院教えてあげようか?」
「結構よ。聞こえているもの」
「なら、脳で理解するまでに時間がかかったってことか。頭が弱いんだね、お気の毒」
女性はその言葉に対して何も言わなくなる。代わりに、隣に立っていた男性が一歩前に出て、鎖鎌を両手で持ち直し胸あたりで構え始めた。
「待って華恵。まだ早いわ」
それを左手で女性が制す。
「貴方。赤鬼家の次男、赤鬼弥幸でお間違いないかしら?」
「答える必要ある?」
「私達も退治屋をしているの。同じモノを抱えている者達、自己紹介は必要かと思うわ」
「それならまず、自分から名乗るのが筋じゃない? 早く母国に帰れ」
「そうね。母国にはもう居るけれど、自己紹介はしておいた方が良さそう。私の名前は風回風美。風回家の長女。名前の通り、これで風を操ることが出来るわ」
口にするのと同時に、風美は右手に持っていた細長い鉄製の何かを見せる。
そのまま、手首のスナップをきかせパッと扇型へと開いた。
「…………鉄扇?」
「簡単に言えばそうね」
布の部分が鉄製になっている扇子を見せつけるように前へと口元に持っていく。街灯の光を反射し、キラキラと輝いていた。
口元を隠しクスクスと笑う。そんな彼女の姿を、弥幸は特に何も言わず見続けていた。
「私の自己紹介はここまででよろしいかしら? 次は隣の子ね」
彼女が言うのと同時に、隣に立つ男性は一歩前に出た。
「私は華恵。風美様に仕える者」
「つまり、伴という事ね」
「えぇ、そうよ。さぁ、次は貴方の番。自己紹介をしてくださいますよね?」
クスクスと笑う風美に、眉を顰める。だが、自己紹介をされたことにより、弥幸も小さな声で名前だけ口にした。
「ナナシだ」
「そう。貴方は偽名を使うのですね。本名は教えて下さらないのでしょうか?」
「知っているんじゃないの?」
「確認です」
「…………赤鬼弥幸」
「……………………やはり」
鉄扇で隠れている口元から笑みが消え、目を細め仮面から見え隠れしている深緑色の瞳が鋭く光る。
何かを企んでいるような瞳に、弥幸は肩を震わせ後ろへと跳び距離を置く。
「あら。どうしたの?」
「…………………それで、あんた達は何を企んでいるの。何がしたい訳」
弥幸は手に持っている三つ目の石を、空の小瓶に入れた。メモ紙には【参】と浮き上がり、その後【完】と文字が変わる。それを弥幸は、ずっと見下ろし続け何も口にしない。
【完】と書かれたメモ紙を親指でなぞり、顔を上げた。
「何を考えるのでしょう。これが、私達のやるべき事では? 何かあるのでしょうか」
「その言い方。分かっているみたいだけど」
「なんのことでしょうか」
白々しく風美はクスクスと笑う。それを弥幸は見続け、静かに小瓶をポケットへと入れる。そして、その場から去ろうと後ろを振り向き歩き出した。だが、それを彼女が見届けることは無い。
「お待ちなさい」
「なに。もう用事は終わった。帰って寝たいんだけど」
顔だけを振り向かせ、弥幸は抑揚のない口調で口にする。その言葉には微かな怒りが込められており、口調は普段と変わらないが声が少し低い。
「貴方のそばにいる精神の核を持つ者。私達に預けてくれないかしら」
「断る。というか、なんで知ってるの?」
体を横にし、弥幸は強く問いかけた。
「貴方達を見ていたからよ」
「ストーカーで訴えてもいい?」
「それは困るわね。まぁ、警察が来たところで意味はないと思うのだけれど? 余計な犠牲者を増やしたくなければ、大人しく渡しなさい」
寄越せと言うように、彼女は左手を弥幸へと伸ばし口にする。
「さっきも言ったけど、僕は断ったんだ。渡すわけがないだろ」
「渡さないのであれば、無理やりにでも奪うまで」
「今この場にいないのにどうやっ──」
弥幸が口にしようとした時、風美の隣にいたはずの華恵が一瞬にして姿を消した。街灯から少し外れていたため、気づくのが一瞬遅れてしまう。
気づいた時には、弥幸の後ろに回っており左足を軸にし右足で回し蹴りしようとしていた。
弥幸は持ち前の反射力で振り向き、咄嗟に左腕で防ぐ。だが、力が強く受け止めきることができない。
若干体がふらつき後ろへと流れた。その隙をつき、華恵は回し蹴りをした右足を地面につけ、そのままの勢いで今度は左足で蹴る。
連続攻撃により、弥幸は防ぐことで精一杯。次々と繰り出される蹴りを受け続けていると、徐々に後ろへとさがり住宅を囲む塀に背中をぶつけた。
「っ!!」
それでも彼の蹴りは止まらず、左足で回し蹴りしようとした時、弥幸は塀に背をつけたまま膝を思いっきり折り回避。
まだ片足が地面についていない隙に足払いしようと、地面に手を付き右足を左側から右へとなぎ払おうとした。
「っ。せっこ……」
その時、タイミングよく横から突風が吹き荒れ、弥幸だけを右側へと飛ばした。
バランスを崩した弥幸だったが、地面に両足をしっかりとつけ着地。すぐに体制を整えることが出来た。
彼の目線の先には、扇を構えた風美がしたり顔で立っている。
「渡さないのであれば、奪うまでですわ」
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