「戦えそう」
星桜は押されたことでその場に転んでしまい、女性は弥幸の後ろを遅れて走っていたため狙いから逸れギリギリ避けきることが出来た。
「いたた。あ、赤鬼君!!!!」
頭を抱えながら妖傀を見上げ、星桜は喉が張り裂けんばかり名前を叫ぶ。
弥幸は避けきることが出来ず、妖傀に捕まった。
妖傀は捕まえた彼を顔近くまで持ち上げる。そのため、逃れることが出来たとしても地面に叩き落とされる恐怖が待っているだけだ。どうすることも出来ない。
『わだじは、わだじは、がんばっだ。どりょぐじだ。なのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』
重くのしかかる声が弥幸の耳に、脳に直接響き顔を歪める。耳を塞ぎたくとも、完全に体を覆い尽くされているため身動きが取れない。
妖傀は弥幸を掴んでいる手に力を込め、握り潰そうとする。
「ぐっ!! うっ……」
体からギシギシと嫌な音を出す。息ができず、弥幸は呻き声をあげる。
碧輝は手を離させようと、水の玉を放つが先程と同じく全く効いていない。炎鷹も勢いよく突っ込むが、ほかの腕に叩き落とされてしまった。
「え、えん……おう……」
弥幸は地面に叩きつけられてしまった炎鷹を懸念していた。だが、そんな余裕などすぐに無くなり、苦しげに息を吐く。
星桜は叩きつけられた炎鷹に向かって走り、優しく抱きかかえた。
炎が消え子犬ぐらいの大きさまで小さくなってしまった炎鷹は、弱々しく鳴き星桜に擦り寄っている。
まるで『主を助けて』と言っているような行動と瞳に、星桜は苦しげに顔を歪めた。
どうやって助ければいいのか、どうやればいいのか分からない。
今も弥幸と星桜、碧輝は精神力の共有はしている。
彼が何かやる時は、精神力を分けることは出来る。だが、弥幸自身が捕まっているためどうすることも出来ない。
身動きすら取れない状態なため、星桜か碧輝がどうにかしなければならない。しかし、碧輝は弥幸との戦闘で傷を負ってしまったので上手く動けていない。
星桜も戦闘に参加できるほどの技術がないため手助けのしょうがない。
「………赤鬼君……」
歯を食いしばり、勢いよく顔を上げ弥幸を見る。その目には力が込められており、諦めようとしない。
逆に、何か希望を見つけようと目を動かしている。
「…………空さえ、自由に飛べればいいんだよね」
星桜はそう呟き、腕の中で弱々しくクタッとなっている炎鷹に目を向けた。
「炎鷹ちゃん。まだ頑張れるかな。お願い、貴方の力が必要なの。貴方が自由に空を飛ぶための翼を赤鬼君に貸してあげて」
星桜の優しく力強い言葉。その言葉に頷くように、炎鷹は頬を舐める。
「ふふっ、ありがとう」
擽ったそうに微笑み、星桜は妖傀を再度見上げ決意の炎を目に宿す。
苦しそうにもがいている弥幸に向かって声を上げた。
「赤鬼君!!! 必ず助けるから!!!」
その言葉と共に、星桜は炎鷹を抱えながら走り出した。
女性は「待って!!」と急いで制止しようとするがそんな声など届いていないらしく、星桜はそのまま妖傀に向かって走る。
その先にいるのは威嚇しながら妖傀の腕や体を引っ掻き、咆哮を上げ水を爆発させている炎狼だった。
「炎狼君!!! お願い力を貸して!!!」
その声に反応し、炎狼は星桜に向かっても威嚇し始めてしまう。最初は怯んでしまい足を止めるが、直ぐに立て直し歩きながら近づく。
牙をむき出しにし、今にでも星桜へと咆哮を放とうとしていた。それでも、彼女は優しい微笑みを浮かべながら、安心させるように右手を伸ばす。
「貴方の主が大変なの。今にも死んでしまうわ。お願い、力を貸して!!」
触れられるか触れられないかの距離。
あと数歩近づけば、伸ばした右手は炎狼に触れる。
星桜の必死の訴えに、炎狼は少し考えるようにじっと見て、目を逸らしてしまった。
その行動は一見、星桜には従わないと言っているようにも見える。だが、弥幸を見上げる炎狼の瞳はそのように感じず、炎鷹と同じく『助けて』と訴えているように見えた。
「私も助ける。だから、貴方も助けて!!」
星桜が残り数歩を近づく。すると、伸ばしていた右手は、炎狼の銀色に輝く毛皮に触れた。
触れられている手は淡く光だし、炎狼までも赤く光り出した。
☆
碧輝は少しでも手が緩んでくれるように、何度も何度も水の玉を放ち続ける。数を撃てば必ず煩わしくなるはず。そう信じ放ち続けていると、予想通り妖傀は目線を地面へと落とした。
左の一本を動かし、飛んできている水の玉などお構い無し碧輝を叩き潰そうとする。だが、それは簡単に避けることができ、碧輝は四足歩行になり狼の如き速さで横へと躱した。
妖傀の右手が地面を叩き、風圧を起こす。それを両手で顔を隠し防ぎ、碧輝は再度水の玉を作り放った。
碧輝のおかげで弥幸を握っている手からは力が少し抜け、動けるようになった。その隙に上着の内側に手を入れ、1枚の御札を取り出す。
「炎狼に神力を送り込めば……」
炎狼の力を増強しどうにかしてもらおうとしたが、なぜか妖傀は急に興奮したように手に力が込められる。弥幸の体が嫌な音を立て、口から血を吐く。
「がっ、やめっ……」
強く握りしめられ身動きが取れず、呼吸も完全にできなくなってしまった。
「がっ、ぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
弥幸の悲痛の叫び声が響き渡った時、下から強い熱風が巻き上がり彼を掴んでいる妖傀の腕を一本熱で溶かした。
そのため、弥幸を掴んでいた手ごと地面に落ちる。
彼は薄まる意識の中浮遊感に襲われ、意識がしっかりとしてきた。
またしても近付いてくる地面に恐怖が蘇り、「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
「赤鬼!!!」
再度碧輝が弥幸に向かって走り出そうとしたが、それを女性が腕を掴み止める。
「待ってください。あの子が何かしようしてます」
女性が見ている先には星桜が、炎鷹に精神力を送り込んでいた。
「何を──」
碧輝は疑問の声を上げまっすぐ見届けていると、炎鷹は元の姿に戻り大きな炎の翼を広げ弥幸に向かって飛び立った。
周りの水は炎狼が咆哮で爆発させ、道を作り出している。
「羽ばたけ炎鷹!!! 貴方の自由を赤鬼君に授けて!!!」
星桜の言葉に答えるように炎鷹が鳴き、弥幸へと向かって行く。
弥幸は炎鷹に気付き、手を伸ばしたがそれは意味は意味が無い。
なぜか炎鷹は、その手を無視し弥幸の体に溶け込むように姿を消した。
「えっ──」
弥幸は身体の異変に気づき、目を見開いた。それと同時に、二本の手で彼を挟み潰そうと妖傀が胸を広げ動き出す。
「炎鷹、お願い!!! 赤鬼君を守って!!!」
星桜の声とバチンという、高い破裂音が重なってしまった。
妖傀が手を叩き、弥幸を潰した。
星桜は間に合わなかったのかと思い、絶望の顔を浮かべ、碧輝も眉間に皺を寄せ見上げる。
「あかぎ、くん……」
星桜はその場に力なくしゃがみ、涙を流しながら俯いてしまった。涙が地面を濡らし、色を変えていく。そんな星桜に近付き、炎狼が涙を舐める。
「ごめん、なさい。ごめんなさい。貴方の主、護れなかったかも……」
どんどん溢れ出てくる涙を拭きながら、炎狼に何度も謝る。今はショックと混乱で頭が働いていないらしく、星桜は今この場に起きている不自然な状況に気付いていない。
碧輝は炎狼と星桜を見て、顔面蒼白になりながらも口元に手を当てボソリと呟いた。
「なんで、赤鬼の式神が消えないで存在することが出来る?」
そう碧輝が呟いた瞬間、いきなり妖傀が叫び声を上げ地響きをならした。
咄嗟に碧輝と星桜が上を向き、何が起きたのか確認する。すると、なぜか妖傀の残り三本の腕が切り落とされていた。
腕を切り落とした人物は、背中に炎の羽を生やし、片手に銀色に光る刀を手にした。
銀髪が風に揺れ、刀の柄を腰あたりで両手で握る。
狐面から覗く真紅の瞳は、真っ直ぐと妖傀に向けられていた。
「これなら、空の上でも戦えそう」
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