「取り込まれましたね」
大部屋を出た二人は、お互い何も話さず長い廊下をひたすら歩く。
その間、魅涼は微笑みを絶やさず逢花の後ろを歩き、彼女はそんな彼を肩越しに横目で見ていた。なにか怪しい動きをしないように、監視しているような瞳だ。
「安心してください」
「っ!」
「先程も言ったのですが。私は赤鬼家になにか危害を加えようなんて思っていませんよ。逆に、困っているのなら手を貸したいと思い、ここまで来たのです」
「…………わかっているわ。昨日も助けて貰ったし、疑ってなんていない」
「おや。なら、その視線の意味は?」
「お兄ちゃんから聞いたの。貴方、一度妖傀を生み出しているんですって? お兄ちゃんが浄化したから大丈夫だと思うけれど、今ここで生み出されても困るのよ」
包み隠さず、逢花は歩きながらそう口にした。その言葉に、魅涼は困ったように眉をひそめ「なるほど」とこぼす。
「その説は本当にお世話になりました。貴方のお兄さんのおかげで私はこうして退治屋を努めさせてもらえています」
「そう。それなら良かった」
「ありがとうございます」
「でも──」
逢花がすぐに言葉を繋ごうとしたが、魅涼が被せるように話す。
「妖傀はもう私の中には存在しませんよ」
「…………その根拠は?」
「浄化していただいた。それも一つの理由です。他の理由は、私にしか出来ないこと。私がやらなければならないこと。それが今でははっきりしているからです」
その言葉から嘘を感じることが出来ない。
逢花は一度その場に立ち止まる。それに釣られるように、魅涼も止まり首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「…………着いた」
逢花が横に顔を向けると、そこには襖がある。
魅涼も「ありがとうございます」と微笑みかけながら礼を口にし襖に近付いた。
「…………魅涼さん」
「? どうしましたか?」
魅涼が襖に近づくと、逢花がいつもより低いトーンで彼の名前を呼ぶ。その事に不思議に思い、彼女の方へと振り向いた。
逢花は目を合わせないようになのか、顔を俯かせており、表情を見ることが出来ない。
「お兄ちゃんと星桜さん。ずっと眠ってるの。もう、何週間も……。ねぇ、死なないよね。大丈夫だよね……?」
その声は不安げに震えており、逢花の体もかすかに震えているのが見える。
その姿を見て、魅涼は一度襖の方に目を向け、もう一度逢花を見た。
「大丈夫──とは、言い難いですね。私はまだ見ていないので」
「っ……」
魅涼の言葉に、逢花は拳を握る。
「ですが、おそらくあのお二人なら大丈夫かと思いますよ」
魅涼の言葉に、逢花は顔を勢いよく上げた。そして、彼の黄色の瞳と合う。その事に、少し息を飲んだ。
「なんで、そう言い、きれるの?」
「なんででしょう。ですが、あのお二人なら、大丈夫という気しかしません。あとは、信じるしかないでしょう」
微笑みながら魅涼が逢花に伝える。その言葉には具体的な考えがない。だが、何故か力が込められているように感じる。
逢花の不安げに震わせていた体は自然と止まり、入っていた力が抜けた。
「あの、よろしくお願いいたします。私達では、もう何も出来ない」
「はい。任されました」
優しくそう伝え、魅涼はそのまま襖の中へと姿を消した。
逢花はその後ろ姿を目にし、胸元に両手を置き祈るように口を開く。
「………お願いします。どうか、お兄ちゃんと星桜さんを助けてください」
☆
襖を開き、中へと入った魅涼は音を立てないように襖を閉め布団の上で眠っている二人を見下ろす。
出入口が直ぐに動こうとしなかったが、ゆっくりと一歩一歩前に出て、弥幸と星桜の間に座る。
「…………微かにですが、何かを感じますね。なにか、邪悪なものが……」
眉間に皺を寄せ、彼は右手をのばし弥幸の布団を掴む。そして、ゆっくりとめくった。
黒い寝巻き用の着物を身にまとい、胸元は少しはだけている。
「…………失礼しますね」
右手を弥幸の襟へと伸ばす。そして、ゆっくりと肌を露わにして言った。
「っ。やはり……。なら、おそらく心の巫女も同じ……。これは、確かに目を覚ましませんね」
眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべながら魅涼は弥幸の胸元を見る。
そこには、色白の肌に刻まれた。黒く光っている刻印が弥幸の体を支配しようとしている物があった。
右胸に刻印が刻まれ、その周辺も同じく黒い痣が広がり弥幸の体を染めている。
魅涼がその刻印に触れようと手を伸ばした時、黒い影のような物が勢いよく現れ彼を威嚇する動きを見せた。
目を開き、魅涼は咄嗟に手をひっこめ体を後ろへと逸らす。すると、影は対象を見失ったかのように再度弥幸の体へと戻っていった。
「これは。少々厄介な物を取り込まれましたね……」
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