「私がやるしかない」
二人は逢花の両脇に座り、目を閉じている弥幸と星桜を見る。二人の額には、白いタオルが置かれていた。
いつもの寝息が静かな空間に響く。苦しんでいる様子は無い。そこだけは安心できる。
三人は口を閉ざしたまま、時間だけが進む。すると、またしても襖が開いた。
そこには、不安げに眉を下げている美彌子が立っていた。手にはお盆が握られている。
お盆の上には、三つの湯のみが置かれていた。
「少しは休んだ方がいいわ。今は安定しているし、すぐに目を覚ますわよ」
三人に湯呑みを渡しながら、美彌子は優しく伝える。けれど、そう口にしている本人も微かに手が震えており、不安に思っているのを感じ取れた。
「そういうお母さんも不安そうなんだけど……」
「そうね。不安がないといえば嘘になるわ。でも、どんなに心配しても、私達には何も出来ない。今は、二人が目を覚ますのを待つしかないの」
「…………私にも、お兄ちゃんみたいな力があれば……」
「ないものねだりをしても意味は無い。それは、貴方が一番わかっているんじゃなくて?」
「…………そうだね」
湯呑みに口をつけ、気を紛らわそうとする。凛と翔月も同じく湯呑みを口にした。だが──
「「っ?! あっつぅぅうう!!!!」」
二人の悲鳴が響き、逢花は驚きで目を開き美彌子は「あらあら」と口に右手を当て同じく驚いた。
思わず凛と翔月は、手から湯呑みを落としそうになるが、それは必死に阻止した。
「………え、熱湯?」
「あ、熱かった……」
翔月が湯のみの中に入っているお茶を凝視し、凛は舌を出し手で仰いでいる。
「あらあら。ごめんなさい。いつもの癖で熱湯のまま持ってきてしまったわ」
「熱湯?!」
「えぇ。だって、熱湯以外はぬるくて飲めたものじゃないもの」
「ふふっ」っと、美彌子は妖艶な笑みを浮かべ二人を見る。
そんな彼女を、凛と翔月はゲンナリしたような顔で見ていた。何も言えないらしく、必死に息を吹きかけている。
「と、いうか。なんで逢花ちゃんは普通に飲めるの?」
「え? だって、これが普通だと思ってたから……」
「でも、他のところとかではもっと冷ましたのを出して貰えない?」
「冷たいなぁ~って、思いながら飲んでたよ。ほら、色々言うとめんどくさいし」
そう口にする逢花は、まだ熱いはずのお茶を飲む。
落ち着いている姿に、翔月と凛は唖然としていた。その様子を、美彌子が控えめに笑いながら見ており、眠っている二人に目線を送る。
「早く目を覚ましなさい弥幸。そして、星桜さんも」
美彌子の呟きに三人は再度横になっている二人を見る。そして、祈るように目を閉じ、何も話さなくなった。
☆
それからまた数週間。まだ、二人は目を覚まさない。
凛と翔月は毎日のように通い、様子を聞いていた。
今も、また手土産を持って弥幸の神社へと向かっている。
「もう、一ヶ月。目を覚まさないね」
「そうだな。まさか、こんなに目を覚まさないなんて思わなかったわ。呼吸とかは安定しているし、悪夢にうなされているわけでもない。ただ、目を覚まさないだけ。気づいていないだけで、本当は危険なじょうたっ──」
「翔月。それ以上は……」
「あ、わりぃ……」
翔月が不安げに言葉をこぼす。凛がその言葉を最後まで言わせず、遮った。
「言葉にするのはダメだよ。口に出したって、二人は目を覚まさない」
凛は言い切り、前を向き歩き続ける。それを半歩後ろから翔月が見つめ、小さく息を吐く。そして、隣に立ち同じ歩幅で歩き出した。
「……強いな」
「そう見せているだけ」
そんな短い会話をかわすと、いつもの赤い鳥居が見えてきた。
いつも通り鳥居を潜り、神社の中へと当たり前のように入る。その光景は、傍から見たら無礼な行動かもしれないが、二人は神社としてみてはおらず、友人の家と思っている。そのため、堂々と中へと足を踏み入れた。
「すいません!」
凛が少し大きな声で人を呼ぶ。
「あれ。おかしいな」
「うん。いつもは呼ばなくても来てくれるんだけど……。すいません!!」
再度呼ぶが、同じく応答がない。
二人が不思議そうに首を傾げていると、やっと逢花が姿を現した。だが、その格好はいつもの制服や私服ではなく、何故か弥幸の戦闘服と同じ物を身にまとっている。
その姿を目にし、凛と翔月は唖然としてしまった。
「逢花ちゃん? なんで、そんな格好……?」
「うん。それは私も思う」
「なら、なんで?」
「この一ヶ月、お兄ちゃんがダウンしているから。この街に妖傀が結構自由に出歩き始めてしまったらしいのよ。他の退治屋に依頼はしているんだけど、何処も忙しいみたいで来れないの。だから、私が少しでも足止め出来ればって思って」
逢花の腰には、弥幸の愛刀が付けられている。反対側には狐面。
弥幸の真似をしているようにも見える格好だ。
「でも、逢花ちゃんには……」
「まぁ。戦闘能力は無いし、神力も操れない。せいぜい小さな傷を治す程度。でも、そうも言っていられないの。物理でも妖傀のことを切ることができる。なら、見様見真似にはなるけど、お兄ちゃんみたいにやってみようと思うの」
逢花の決意は固いらしく、真っ直ぐと二人を見つめている。
その瞳に、凛は何も言えなくなってしまった。翔月も、口を閉ざしたまま逢花を見ている。
「これから少し素振りしようと思っているの。今まで刀を握ったことなんてないから、ぶっつけ本番よりはマシかなって」
そう言って、逢花は二人の間をすり抜け外へと出ようとした。だが、それを翔月が左腕を掴み止めた。
「待て」
「止めても無駄だよ。行かないと、この町が危ない。応援も来るかわからない。なら、私がやるしかない」
「止める気なんてない。お前の決意は伝わってる」
翔月が言うと、逢花が肩越しに彼を見る。
「なら、なんで止めるの?」
「俺はもう、見ているだけなんて嫌なんだよ。何も出来ないのも耐えらんねぇ。だが、まだ一人でどうにかできるなんて、思えない。だから、お前の戦闘を手伝わせてくれねぇか?」
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