第九十八話 侯爵や伯爵領って、そのあたりは魔物の被害は出なかったんですか?
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楽しんでいただければ幸いです。
月が替わって十二月。
年の瀬といいたいところだけど、この世界には十三月が存在している。というか、この暦がこの世界の標準なのかは知らないけどな。この国だけの暦かもしれないし。
今日も商人ギルドを訪ねてるけど、今回で四回目となるマドレーヌの取引の為だ。スティーブンが訪ねてくる前日に一万箱追加してるから、まだ在庫があるはずなんだけどね。ちなみにキャラメルはあれ以来売れてないから、貴族の方々にはあまりお気に召さなかったのかもしれない。
「まさかあの量のマドレーヌが僅かな期間でこうまで売れるとは思いませんでした。王都はもちろん、侯爵領や伯爵領での販売も求められていまして、今回の取引分はそちらの方面に送る為です」
「侯爵や伯爵領って、そのあたりは魔物の被害は出なかったんですか?」
「多少は出ていますが、例の人を石に変える魔物に襲われたアンセルモ家のオネスティ伯爵領以外はそこまで被害が出ていませんので」
「被害が出ていないところは今まで通りという事ですか?」
「領地経営が安定している貴族領は今まで通りですね。逆に言えば、安定していない貴族領はいつも厳しい冬になるのですよ」
領地に関しては運も大きいんだろうからな。
立地条件とか特産品の有無でかなり変わる。元の世界にあったゲームとかでスタート地点に物資があるかどうかみたいな物だろう。
「助け合いとかは無いんですか?」
「無いですね。あまりに酷い領地を押し付けられて爵位を捨てて逃げる貴族もいる位です」
「その場合領民は? 他の領地に移ったりするんですか?」
「領主のいない管理者不在地帯になった場合ですが、領民はそこで自分たちの日々の糧だけ稼いで生きるか、近くの貴族領に逃げ込むかですね。国王から隣接する他の貴族に押し付けられることもありますよ」
お荷物抱えるだけだし、押し付けられた方も災難だな。
それとも、押し付けられた方の貴族がある程度の穀倉地帯とか持ってると、領地が増えるのは歓迎されたりするのか?
「領地が増えるのも良し悪しですね。カロンドロ男爵領ってかなり広いですけど」
「元々は荒れ地と広大な森ですからね。マッアサイアがあったとはいえ、当時は小さな港町でしたし」
「優秀な人がいたからこそですか……。ところで、追加の発注分は幾らくらい必要なんですか?」
「伯爵領や侯爵領ですと、流石に王都の十分の一ほどですね。とはいえ、全部で五ヶ所ありますので取引量は半分ほどになります」
五百万シェル分のマドレーヌか。
先日分と合わせると二千五百万シェル分売ってる訳だけど、二十五億円分のお菓子って……。
「すぐに用意できますが、大丈夫ですか?」
「はい。大貴族の方が求める物はこんな感じの事が多いですね。この国は戦争もありませんし、魔物被害の少ない貴族領はずいぶんと潤ってるという話です」
「あの額の菓子を食べまくれるレベルですからね……。わかりました、すぐに倉庫に出しますね」
いつも通り木箱に入ったマドレーヌを倉庫の一角に出しまくる。先日出した分がもう無いんだけど……。マジか?
「いつもすいません。大貴族相手の取引は当たるとデカいって聞いていましたが、これほどまでとは思いませんでした」
「飴のようにそのうち飽きられるでしょうから、この辺りが限界かもしれませんね。市場にある程度出回るようになれば、興味を失うのも早い筈です」
「流石ですね……。王都の本部も同じ判断です。おそらく今回の取引がこのマドレーヌの最後の大取引でしょう」
「売り抜けにさえ失敗しなければ、後は定期的に少量ずつ売れる程度になると思いますよ。一番まずいのは売れ残りそうになった時に安く捌く事ですね。一度上がった地位を下げるのは愚策ですから」
「本当に怖い方ですよね。どこでそこまで貴族の思考を読まれるのかはわかりませんが、おそらく間違いないでしょう」
希少価値を高めつつ、市場価値を維持するのは困難だ。
もし仮に、最後に残った在庫を十分の一の価格で売れば、今後展開する似た商品の価値はその値まで落ちる。
むしろ最後は売り切れた後に再入荷させず、もう入荷しませんといってその価値を維持する方が大切だろう。
「日持ちする商品となると、あまり変わり映えしない物が多いんですよ。このフィナンシェ、カヌレ、バームクーヘン辺りが次の候補ですが、フィナンシェはマドレーヌとの違いがあまりありませんし、カヌレかバームクーヘンがお勧めですかね」
「このカヌレに使われているのはラム酒ですか? 高級菓子として十分売り出せそうですね」
そういえばこの辺りはラム酒が高かったな。
ラム酒に関しては寿買で買わないといけないから原価が若干高いんだよね。といっても他の材料は殆どプラント産でタダ同然なんだけど。
「後はこの水羊羹ですね。小豆という豆を原料にしたお菓子ですが、きちんと冷暗所で保存すれば一年位大丈夫です」
「濃い茶色といいますか殆ど黒いお菓子ですね……。変わった入れ物に入っていますが……」
「缶に詰めています。やや重いですし、ひとつ辺りの単価は高くなりますが」
梱包方法は流石に缶詰辺りが限界だろう。
コンビニとかスーパーで売られてるような梱包にした方が安いんだろうけど、流石にオーバーテクノロジー過ぎるしな。缶詰も割とオーバーテクノロジーだけど、これが研究されて保存食なんかの開発が進んでくれれば災害時に役立つ。
「これは……見た目は黒くてどうかと思いましたが、この味でしたら売れると思います」
「晩餐会のメニューに出すにはひと手間加えないといけないかもしれませんが……」
「そうですね。晩餐会などに使われる事を考えれば、先ほどのカヌレやバームクーヘンの方がいいでしょう」
「その二つもこの梱包から出さなければ、大体二ヶ月くらいは大丈夫です」
相変わらず何を使ってるのかわからない賞味期限だよな。ひと月程度かと思ったら倍近く大丈夫とか書かれてたし。
【異世界産の特殊な植物から取れるエキスなどを使用しております。味を変えることなく製造状態を伸ばすことが可能です】
その異世界はここじゃない別の異世界なんだろうな。
いろんな世界を繋げるって、割と危険だと思うんだけど今更か……。
「とりあえずですが今回はマドレーヌだけにしますので、次回……、来月には次の商品を展開したいと考えています」
「少し販売期間を開けて貴族側から接触してくるのを待つ作戦もありますよ。おそらく今回の一件で相当味をしめてるとおもいますので」
「誰よりも早くその情報と商品を入手したがる人が出てくると……。確かにその方法ですと最初の販売分は相当高騰する気がします」
そりゃそうだろうな。
そこで安く買い叩くと、わざわざ苦労して自分の格を落とすようなものだからね。おそらく金貨の積み合いになるだろう。
「いつでも売れるように次までに十分な数を用意しておきます」
「ありがとうございます。しかし、ここまでこの町から売り出される商品があるのに、他から横槍が入らないのも凄い事ですな」
「クッキーの時もそうですけど、マドレーヌも王都で紛い物を作って処刑されたりしたと聞いてますけど」
「あの手の連中は根絶不可能でしょう。他の商会が買いに来たり、他国から買い付けに来そうなものですが」
西の国は壊滅寸前って話だし、今はそれどころじゃないだろう。南方面にある国も例の竜がいる以上こっちに来にくいだろうし、可能性があるとすればマッアサイア経由での接触か。
あっちはスティーブンが睨みをきかせてるんだろうし……。
「グレートアーク商会の存在もでかいんでしょうね」
「そうでしたね。今のクライドさんとグレートアーク商会を纏めて相手にできる組織は、正直この辺りにいないと思いますよ。特にクライドさんはあの魔物を何匹も退治されていますし、その上相当資金を抱えていますので」
「それで今後もちょっかいを出すのを諦めてくれたらうれしいんですけどね。面倒ごとは少ない方がいいですよ」
「そうですね……。こちらが大金貨で五枚になります。毎回ひと箱程多めにいただいていますが、本当にいいんですか?」
流石にマドレーヌなんかの焼き菓子は飴と違って割れたりは無いと思うけど、細かい在庫管理が必要なわけじゃないしね。
準貴族扱いで俺はこの領内にいる限り税金とられないっぽいし……。
「良いですよ。あれは好きに使ってくださいな」
「おかげさまで王都でも信用を得る事が出来ましたので、試食品無しでも買い手が付くようになりました」
「変な物は売りませんので、今後の商品も分かる人には分かっていただけると思いますよ」
「好みの問題もありますが、今までの商品はほぼ万人向けでした。キャラメルは美味しいのですが、晩餐会などのメニューとして使えませんので……」
そのまま食べる分には美味しいんだけど、晩餐会に出したりしにくいし、マドレーヌのような人に見せびらかせるような食べ方は難しいからな。あの四角い形だと見栄えも悪いし。
むしろこれから定番になるのはタマゴボーロとかバタークッキーの方だろう。
特にタマゴボーロの真価を理解した後は、貴族からの注文が増えるだろうな。
「今は焼き菓子が主流の様ですし、流行り廃りがあるでしょう。ではまた何かあれば連絡ください」
「それはもうもちろんです、今後ともよろしくお願いします」
商人ギルドが最初にべっこう飴を買ってくれなければ詰んでたからな。
あの時の礼は十分すぎる位してると思うが、敵対する理由もないしね。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告など助かっております。ありがとうございます。