第九話 あの串焼きの屋台でいいか?
連続更新継続中。
今日は日曜なので11時にも更新します。
楽しんでいただければ幸いです。
この商人ギルドの支部長であるミケルの部屋から出ると、さっきの女性職員が受付業務を続けていた。
手元に試供品で渡した包みが見えるけど、もしかして開けてた試食用の包みの最後の一粒をミケルから貰ったんだろうか?
「ありがとうございました。おかげさまでよい取引が出来ました」
「あ、おめでとうございます。商談はまとまったようですね。あれだけおいしい食べ物です、絶対に売れますよ!」
「ありがとうございます。それで申し訳ないんですがこの辺りで評判のいい宿を知りませんか? 治安が良くてここから近ければいろいろ都合がいいのですが」
商人ギルドであれば行商人が利用しやすい宿位は把握しているだろう。ここは日本じゃないし治安がいい宿というのは重要だ、あとここから近ければ言う事は無い。
冒険者ギルドがどのあたりにあるのかは知らないけど、同じ町の中だったらそこまで歩かずに済むんじゃないかな?
「この近くの宿ですね。商人ギルドの通りを真っ直ぐ行くと白い兎が書かれた【白うさぎ亭】って宿屋があります。一泊百シェルと少し高めですが、あの辺りは治安がいいですしそれだけの価値はありますよ。東方面の門近くですと一泊五シェル位の格安宿……、あそこを宿屋って呼んでいいのかは疑問ですが一応屋根付きのボロ小屋も存在します。でも、あの辺りは血の気の多い冒険者も多いですし女性と一緒ですとお勧めできませんね」
「冒険者ですか?」
「はい、冒険者ギルドはここから中央通りを抜けて東側のエリアにあるんですが、冒険者をやっている人とかはその周辺の宿屋や酒場を拠点にされている事が多くて……。魔物の討伐とか彼らでなければできない仕事もあるのは確かですし、商人ギルドからも行商人や商隊の護衛任務の依頼をする時もありますので彼らがいなくなると困るんですが、粗暴な人が多くて困ってたりもしますね」
そりゃ命懸けの仕事してる連中は品行方正でなんてやってられないだろ。
しかし商人ギルドから冒険者ギルドに依頼を出したりもするんだな。
「なるほどよくわかりました。その白うさぎ亭に泊まろうと思います」
「はい。あそこは一階が食堂になっているんですが、ご飯もおいしいですよ。あ、それとこれが商人ギルドの登録証です。今はクライドさんの名前とこの商人ギルドの名前しか記入されていませんが、商会に入られたりすると、その商会名が刻まれたりします」
「なるほど……、ありがとうございます」
軽く頭を下げて登録証を受け取り、商人ギルドを後にした。
それよりも重要な事なんだが、あの飴は思っていたよりも高額で買い取って貰えたんだろうか? 比較対象というか、この世界の通貨の価値が分からないから、この九千シェルってのが日本円にしてどれくらいの価値があるのかはわからない。
割とよい宿の宿泊費が一日百シェルで格安の宿がその二十分の一。
一シェル十円? いや、流石にどんなにボロ屋でも一泊が五十円って事は無いだろう、となると最低百円位の価値か? それでも一泊五百円、ぼろ宿だとその位? 宿に帰ったら一枚くらいチャージしてみるのもいいかもしれないな。
「貨幣価値を調べるんだったら、そこらにいっぱいある屋台を覗いてみれば早いのか?」
「そうじゃな。あの屋台の串焼きがよさそうじゃ」
もう少し安定して稼げるようになるまで贅沢は敵だけど、昼飯時なのに何も食ってなかったし……。それにさっき金が入ったら屋台の飯って話したからな。
「あの串焼きの屋台でいいか?」
いくつかの店を覗いてみたけど、お祭りの時なんかに売ってるような肉串が数倍のボリュームで二シェル。やや小ぶりのパンとスープのセットが二シェル。山賊焼きっぽい鳥のモモ肉が一本一シェル。
こういった屋台の食い物って普通の店で売ってるものよりうまそうなんだよ……。まてよ! あの肉串が二シェルって、今の俺が持ってるこの世界の硬貨って百シェル銀貨しかないぞ!! 屋台で万札を出す行為は嫌われるが、おそらくこの世界でもそこまで変わらないだろうぜ。
こいつはそんなことを考えもせず、一直線に串焼きの屋台に向かいやがったが。
「その串焼きを三十本くれんかの?」
「三十本? おいおいお嬢ちゃん、全部で六十シェルだぞ。大丈夫か?」
ああ、纏めてそれだけ買えば嫌な顔はしないだろうよ。って、こいつ少し前にあんなにホットドックを食べたのにまだあの大きな串焼きを三十も食えるのか?
「大丈夫。支払いは俺持ちだしな。百シェル銀貨だけどいいか?」
「おう毎度っ♪ これがお釣りの四十シェルだ。いや~、こんなにまとめて売れるとはな、ニ十本はすぐにあるが、追加を焼くんで先にそこで食べててくれるか?」
よく見たら座って食べる為なのか、屋台の傍に粗雑な木製のいすが置いてあった。
ニ十本の串焼きは薄切りにした木の板みたいなものに乗せられてきたが、これが持ち帰り用の皿代わり? というかあの親父、あんなでかい串焼きをふたりで三十本も食えると思ってやがるのか?
とりあえず俺は一本だけ手に取って、残りは全部こいつに渡す。こいつは肉串を渡した途端、ものすごい勢いで食い始めているんだが。
「ふむ。先ほどのあれの方がよいが、この肉もなかなかじゃの」
「まあ、あれはいろいろあるんでな。お!! 確かに塩味は少し薄いけどスパイシーで美味いな」
何の香辛料が使われているのかは知らないけど、程よい刺激が癖になりそうだ。
塩味が薄いのは、たぶん塩自体が高いからなんだろうな。でなけりゃ露店用の串焼きなんてもっとガンガンに塩を効かせる。
「いい食いっぷりだな。それだけ美味そうに食ってもらえると嬉しくなるね」
「これは何の肉なんだ?」
「おう、これは剣猪の肉だ。この町の獣肉はほぼこれだぞ。鳥の肉は結構種類があるんだが」
剣猪……、猪か?
猪だったらそりゃ美味いだろう。香辛料がよく効いてたのは臭みとかをとる為なんだろうな。
「何の肉かなどどうでもよかろう? 重要な所は美味いか不味いか、それだけじゃ」
「ま、嬢ちゃんのいう通りだな。ほい、残り十本」
「うむ。この皿にのせてくれるかの」
……最初に渡された木の板に追加の十本が乗せられた。というか最初の二十本は既にその大半がこいつの胃袋の中に納まってるんだが。
「うまかったのじゃ。これだけ食えば、しばらくはもちそうじゃの」
追加の十本のうち九本はこいつの腹に納まった。俺は合計二本しか食ってないが、それでも昼飯には十分すぎる量だったんだがな。どんな胃袋してんだよ……。
「あれだけ食ってしばらくか。とりあえず腹ごしらえが済んだから宿に向かうぞ」
「ありがとよ、また寄ってくれよ」
露店の親父は愛想よく手を振ってくれた。
まあ、二人で三十本も頼んでくれる客なんて滅多にいないだろうしな……。
さて、今日の宿になる白うさぎ亭を探すとしますかね。
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