第八十四話 その時には全力を尽くしますよ。南の森に多少被害は出すかもしれませんが
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楽しんでいただければ幸いです。
南の森への侵入許可はやけにあっさり取れた。というか、水晶の樹の種が必要でさらにこの辺りだとそれが南の森にしかないのも分かってたらしい。
依頼してくる前に何が必要になるのかはある程度は把握してたみたいだ。
なんとなく思い出したのはさっき冒険者ギルドでした会話だが、南の森に足を踏み入れる事であの竜が姿を見せる事を恐れてるんじゃなくて、むしろ呼び込んで倒す事すら期待されてる感じだった気がする。
「十年前に姿を現した竜を呼び込む可能性がありますが、その時はお願いします。十分な報酬は出ると思いますので」
「その時には全力を尽くしますよ。南の森に多少被害は出すかもしれませんが」
「竜が相手ですし仕方ないですよね~。でも、出来るだけ被害を押さえていただけると助かります」
南の森が解放されれば、あそこの森に生えてる薬草系や今まで手付かずだった森の恵みが手に入るんだ、冒険者たちや冒険者ギルドにとっても朗報なんだろう。その関係もあって、南の森が広範囲で破壊されるのは困るんだろうね。
「冒険者ギルドでもわらわのこの姿を見てもなにもいわれなんだな」
「今回の依頼に聖魔族が必要って事は分かってるみたいだし、という事は俺かヴィルナのどっちかが聖魔族って事になるだろう? 俺は違うって思われてるだろうし」
「聖魔族の出生率は女性が多いのは事実じゃが、よく知っておったの」
「いや、そんな事は初耳だが……。俺は明らかにそんな雰囲気じゃないだろ? 森にも詳しくないし」
むしろルッツァの同類と思われてる節はある。
あいつは絶対に何処かの貴族のボンボンだ。どんな理由で冒険者をしてるかは知らんけど。
「確かに聖魔族の男は美形ぞろいじゃしな……。いや、ソウマもいい男じゃと思うのじゃが」
「俺は並の容姿でよかったとおもってるよ。可もなく不可もないけどね」
「たまにソウマはそうやって意地悪を言うのじゃ。わらわが失言をすることが多いのは分かっておるのじゃが」
「思った事を言い合えるってのはいい関係だと思うぞ。それに、たまに意地悪や冗談でも言わなけりゃ面白みもないだろ?」
相手を気遣うのも大切だけど、馬鹿を言い合える関係もいいと思うんだよな。
何か言うたびに相手の反応を気にしながら怯えたり、思った事も気軽に言えない関係って窮屈すぎだ。
「それはそうなのじゃが……」
「こういう会話でさらっと流せるのもいい関係さ。心地よい距離感っていうか、信頼してないとできない会話とかあるだろ?」
「……あまり意地悪ばかり言うのであれば、夜に後悔させるのじゃが」
「晩御飯は鰻料理にでもするかな……」
とまあ、他愛ない話をしてたら目的の店に着いた。ここに無い場合は商人ギルドでも訪ねてみるかな。
「おう、クライド。この短期間で度々来てくれるとは嬉しいぜ。何か探し物か?」
「絹蔓で作った縄と、白砂を探しておるのじゃが」
「白砂は輸入品の高品質の物があるぞ。この大きさの袋ひとつで五百シェルだな」
「これだけの白砂であれば何も問題ないのじゃ。……三袋欲しいのじゃが」
「毎度。少し重いけどいいか?」
「問題ない、これが銀貨十五枚じゃ」
なんか微妙な腕の動きで重さでもはかってるのか、銀貨で何度か音を立てた後で白砂の袋を渡してきた。
白砂も結構重いな。一袋で二キロ程度はありそうだ。
「絹蔓で作った縄はどのくらい必要なんだ? 縄関係は今品切れ起こしかけてるから買うなら早い方がいいぞ」
「品切れ? ああ、もしかして建材だからか?」
「縄は荷馬車の荷造りや、現場で大量に消費されるからな。一番人気は鋼蔓の縄だが、鋼蔓と麻なんかを混合させた縄も人気だ。流石に絹蔓で作った縄は高いし細いから敬遠されてるが、いよいよとなれば買っていく奴もいるだろうぜ」
復興特需がいくつか発生してるみたいだな。
破壊された街や村の再建ももう始まってるそうだし、街道の整備にも必要な物は多いだろうしね。そのあたりの商品を取り扱ってる所はこの先しばらく潤う事だろう。
「建築系は今稼いどかないといつ稼ぐんだって状況だろうしな。人手が足りてるかどうかも問題だろうが」
「一部の冒険者とかはあっちの仕事に応募してるぞ。魔物が出現した時に冒険者がいると安心だしな」
「その魔物も粗方食われてるだろうけどな。ヴィルナ、縄はどのくらい必要なんだ?」
「この束を五つほどじゃな。足りぬ事があるとまずいのでな」
「五つで二千シェルだ。品質には自信があるし、そのあたりの商品は俺がチェックしてるから絶対に大丈夫だぜ」
ざっと見た感じだけど、どれも確かにいい物が揃ってるんだよな。
その分同じ商品でも他の店と比べて値段が高いから、敬遠する人もそれなりにはいるんだろう。個人商店で並んでる商品と比べるとホントに品質は桁違いだ。
「確かに絹蔓だけで作られておるし、編み込みもしっかりしておる。これほどの縄は初めて見るのじゃ」
「そうだろ? 粗悪な商品は絹蔓って謳いながら半分以上混ぜ物とかしてやがるからな。しかも手を抜いて編み込むから解れ掛けてるのや不均一過ぎて十分な強度も無いと来た。多少安くてもあんな縄に手を出すようになっちゃおしまいだ」
「分かる奴だけに売れればいいんだろうが、値段しか聞かない奴もいるからな。これだけの商品をよく揃えたよな」
「それはそこ、長年の付き合いと信用って奴さ。といっても爺さんの代からうちは信用一筋だからな。魔道具や建材なんかは半値で売って利益が出る商品は扱うなって、うるさい位に聞いたもんだよ」
それはモノ次第だと思うけど、言いたい事はよくわかるぞ。
でも、仕切りが高い商品ばかりだと利益が出ないだろうに。
「よく商売を続けられたな」
「薄利多売じゃないが、そのあたりはちゃんと考えてるからな。輸入品や希少品なんかは爺さんも高額で売ってたし、他の仕事も受けてるぞ」
「ソウマ!! 聖銀製の短剣があるのじゃ!! これがあれば儀式が楽になるのじゃが」
「……楽?」
「いや、儀式はかなり手順が多いのじゃが、聖銀製の短剣や聖獣の毛の房などがあれば禍々しい魔素を祓う効率が良いのじゃ。それに、水晶の樹の根元に埋めておけば聖域の強さも上がるのじゃぞ」
なるほど。儀式の方法もいろいろあるのか。
最低でも二ヶ所聖域を作らないといけないし、そういった便利グッズがあるんだったら買わない手はないよな。
「で、幾らなんだ?」
「聖銀製の短剣一本で五万シェルだぞ。依頼料がいくらか知らないが、赤字になるんじゃないのか?」
「二ヶ所で済めばギリギリといった所かの。ほとんど儲けが無くなるのは痛いのじゃが」
「今回の件は今後に大きくかかわるからな。聖域の強化につながるんだったら俺が出すぞ。四本貰えるか?」
「二十万シェルの商品をポンと買える財力が凄いな。それだけ稼いでいるんだろうが」
いや。西の森はともかく、穀倉地帯の聖域は少なくても問題の無いレベルに強化する必要がある。
これは金だけの問題じゃない。
「わらわが出すのじゃ。今回の依頼はわらわに来たのじゃし」
「前回の討伐で割と稼いだから俺が出すのは問題ないぞ。言ってみれば今回のこれもあれの後始末だしな」
「……さっさと結婚しちまえ。はい二十万シェルな」
「悪かったよ。それじゃ金貨二枚だ」
「それじゃって……、金貨を銅貨みたいに扱う奴はお前位だ。もっとこう、革の財布か何かの中に布とかで包んで入れたり大切にするもんなんだぞ。大金貨はもちろんだが、この金貨だって生涯で見る機会すらない奴の方が圧倒的に多いんだぞ」
アイテムボックスの中ではちゃんと管理されてるよ。
この世界用のお金フォルダに全種類ぶち込んであるけどな。
「分かってるって。アイテムボックス持ちはちょっと雑に扱ってるように見えるだけさ」
「そうじゃな。中で袋に入れて分けたりしておると、他の物と間違えて取り出したりするのでな」
「そんな物なのか。よくわからねえな」
アイテムボックスの使い方も人それぞれだしな。
俺の場合はかなり特殊だろうけど。
「これで準備は整ったのじゃ。今から南の森にいって明日には聖域を作りに行けるのじゃ」
「そうだな。南の森に行くのは明日にしないか? 往復で結構時間がかかるし」
「それもそうじゃな。それでは明日、南の森に行って明後日に聖域を作るとするのじゃ」
これでとりあえず必要な物は水晶の樹の種以外は揃ったっぽい。
問題はその種なんだけど、見つかればいいんだけどな……。
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