第八十二話 だから俺はそっちの入り口じゃなくて、こっちの店の方に用があるんだって
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
今日はひとりで久しぶりに街を散策……、というか色々と店を覗いたりしている。
商会が経営しているスーパーのような店も多く、そういった店には買い物客用の入り口と他の商会や行商人と対応する入り口が存在してるっぽい。うん、その時点でいろいろ気が付くべきだったんだよな。
「だから俺はそっちの入り口じゃなくて、こっちの店の方に用があるんだって」
「いや~、ご冗談を。あのクライド様にうちのような小さな商会を訪ねていただけるとは思ってもいませんでした。なにもありませんがお茶位はご用意しますので」
「仕方ない諦めるか……」
「ああっ、クライド様!!」
俺は普通に買い物をしたいだけなのに、何処の商会系の店に行っても客引きじゃないけど商会の頭が囲ってる女を使って俺を商会用の入り口に連れ込もうとしてくるんだよな……。
もう完全に顔は割れてるし、この町の商会で俺の顔を知らない人間なんていないだろうからこっそり入ろうとしても気付かれるんだよな……。商会以外となると、個人商店は品揃えが今一つなんだよね……。お。
「……デイビット商会? クーパーの商会か。ここだったら安心かもしれないな」
「おう、クライド。うちの商会に何か用か?」
「久し振りだな、って言っても男爵の所の晩餐会以来か?」
「そうだな。まさかうちの商会の名前をキッチリ伝えてくれてたとは思わなかったぞ。おかげであんな大物相手の慣れない晩餐会なんかに呼ばれちまった。得た物もでかかったけどな」
割と面倒ごとを押し付けた訳だし、人命救助の功績にはそれなりの報酬が無いとね。
男爵だけじゃなくてスティーブンとかあの時の晩餐会に参加したメンツに名が売れたのは大きいと思うぞ。
「避難所とかの仕切りって結構面倒だし、人の醜い面も割と出るだろ? そこを任せたんだからキッチリ報告位するさ」
「醜い面か……。食料の持ち逃げは何人かいたぞ。数人で持ち出せる量だったから、迎えの馬車が来るまでは十分もったが」
「やっぱりか、何人かはそういう奴がいると思った。あの状況だと仕方がないとはいえ、もちっと考えて動けば生存確率も上がっただろうに」
救助の馬車には高速馬車が使われた。次の駅舎まで徒歩だと数日、それまで持ち逃げした食料が持てばいいだろうけど……。
「高速馬車もそいつらは見捨てたからな。帰る途中で逃げるように馬車から遠ざかる奴らがいたぞ」
「うしろめたい事が無けりゃ、どんな形でアピールしてでも拾って貰おうとするところだろうに。徒歩でここまでたどり着くのも大変だし、金が無けりゃ駅舎とかで食料も買えないだろう?」
「自業自得だ。極限状況とはいえ、あの場所で食料を持ち逃げするような奴は助ける気にもなりゃしねえ。運がよけりゃどこかで生きてるだろうぜ」
それはそうだけど、我が子可愛さについ出来心って奴もいただろうに。
「その人たちのその後ってわかるか?」
「救助の馬車はその後も何度か出動してるし、いざとなりゃ助け位求めるだろ。盗難届けは出してないし、後はあいつらの行動次第だ」
「そうなると助かってる可能性の方が高いな。食料は余らなかったのか?」
「ああ、余った食料は公平に分けたぞ。懐に余裕のある奴は辞退したから、残りのやつらには結構な量が配れた。あいつらが持って逃げた量の数倍の食料さ」
ガマンすりゃ最終的に奪った以上の食料まで手に入ったはずなのにな。
「あの食料が余らなかったのはよかった。クーパーに頼んでよかったよ」
「今のお前の信用を裏切ったら、この辺りじゃ商売できねえぜ。それにうちは元々信用を大切にしてるんでな」
「いつの間にやらこんな状況になっててな……。それはそうと、商売人は信用が第一だよ。冒険者もそうだけどね」
むしろ信用が無くて成り立つものがあるのか?
「そりゃそうだ。で、何か探してる物があるのか? 大したものは無いが見ていってくれ」
「何かないかなと思って商会がやってる店に行くと、なぜか別の入り口に案内されかけてな」
「そりゃ今のお前が訪ねてくりゃ、何処の商会でも狂喜して事務所に案内しようとするだろうぜ。どれだけでかい話を持ってきたのか期待しながらな」
「今の状況だとそこまでデカい話は無いんだけどな。あの魔物がやらかした後始末が終わるまでどこも余裕なんてないだろ?」
再建費用だけで本気で国が傾くぞ。この辺りも酷いけど、貿易都市ニワクイナとかいう所を再建させるのは大変だろうし。
「そうでもないぞ。西の国との国境にでかい砦を作る計画があるらしい。貿易都市ニワクイナとアガナヤの中間に小さな関所はあったんだが、そこに堅硬な砦を作るって事になってな。今回の魔物の襲撃が余程こたえたんだろう」
「今までなかったのが不思議なくらいだな。穀倉地帯があるとはいえ、こんな辺境に攻めてくる物好きがいなかったって事か?」
「例の竜さ。あいつがいるからここを占領しようと思わなかったって事だろう。それにこの男爵領は辺境でも、王都から援軍が送られてきたら西の国じゃどうにもならないし」
「この国ってそこまで強いのか?」
「対人の戦争だと相当にな。西の国はどちらかといえば冒険者に優秀な人材が多かったんだが……、この十年ほどで見る影もなくなってるぞ。死亡が確認された冒険者はもちろんだが、行方知れずになった冒険者も相当な数だ」
また十年前か……。
その頃が何かのターニングポイントだったんだろうね。
「今回の件で国が傾くかもしれないな。……それより店内を見ていいか?」
「おお、引き留めて悪かったな。輸入品もいくつかあるし、町の特産工芸品もあるぞ」
「輸入品か……。マッアサイヤでも見かけたが、やっぱり腐らない工芸品とかが多いな。これはカレンダーか?」
「よく知ってるな。四週十三ヶ月のいつって覚えてたら必要ないから、あまり売れないが」
木製のカレンダーが飾ってあった。今何日か記す為の飾りと、祝日マークを取り付けられるようにできているが、たぶんこの世界だとこんな物はほぼ役に立たないんだろうな。
キッチリ七日で一週間、四週でひと月だと必ず一日が月曜日で七日目が日曜日になるんだよね。祝日はあるらしいけど、職人町の人間とかしかあまり気にしてないみたいだし。
「冒険者なんて、いつが休みでいつが仕事って事すら気分次第だしな……。もしくは休みが無い位に採集とかの依頼を受けてるかどっちかだ」
「商人でも納品日の確認とかその位だしな。農家の奴らは作付けなんかの目安にしているらしいけど、あいつらは自分の経験で動くし」
冒険者ギルドや商人ギルドに決まった休みは無いそうだ。ローテーションで休むらしいんだが、運が悪いと俺がシチューを振舞った時のような事態になる訳だ。
いまだにちょっとジト目で見られる時があるんだけど、代わりにこっそりバタークッキーあげたじゃん。それはそれとして、カレンダーか……。
「今何月ってわかるだけでいいって事か。今確か十月だよな?」
「今日は十月二十日だ。明日は日曜だからうちの商会は休みだな。仕入れで出かけてる時は別だが、日曜は基本的に休みにしてるぞ。一年が十三ヶ月とか、月曜に始まって日曜に終わるのは大昔にどこかの国で活躍した男が決めたのが始まりらしいが、休みを決めるってのも変な話なんだよな」
という事は後三ヶ月くらいで今年も終わるのか。というか、その暦を決めた奴は絶対異世界人だろ。この世界に今までどのくらい異世界人が来てるか知らないけど、なんか別の世界からも来てる気がするんだよな……。あの人の件もあるし。
この辺りの冬がどれだけ寒いのかは知らないけど、冬の用意をしておいた方がいいかもしれないな。
「二百シェルか……、このカレンダーを貰うよ。デザインもいいし、これだったら居間に飾ってもヴィルナに怒られないだろう」
「まいどあり。こんな値段の物でも普通の奴は買うのを悩むんだぞ」
「銀貨で支払いとか久し振りな気がするな……。最近は取引の額がでかすぎて現実味がわかなかったから丁度いいよ」
「あれだけの食料を迷いなく置いてける奴が、こんな額で悩む訳ないよな」
最近の取引って大銀貨か金貨ばかりだったしね。
確かにあの時の食料を売れば、ひと財産とか言ってたしな……。
「あの時、食料が無いとあそこにいた人がどうなったかわからないだろ? 自分の食料位持ってる人はいたかもしれないけど、最悪殺してでも奪い取ろうとする奴がいたかもしれないし」
「極限状態まで行けばそうなっただろう。繁忙期になると駅舎に来る行商人もあの時はいなかったし、近くの村の住人も駅舎に近付こうとしてなかったしな」
「村とかにナイトメアゴートの情報が入れば森かどこかに逃げるだろうしね。そんな時に他人に売る食糧なんてないだろう」
「あれだけ街道や駅舎がおかしけりゃ察するだろうぜ。アツキサト方面は比較的被害が少なかったからよかったかもしれないが」
という事は、街道の再建はあの駅舎より北か……。
どれだけ被害が出ているかは知らないけど、街道の再整備なんて大仕事になることだろうぜ。元の世界でも大変だったしな……。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。