第八十一話 そういう事だ。特に問題は無いからあまり気にしないでくれると助かる
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冒険者ギルドに針山羊を引き渡した翌日の昼前、予定外の訪問者があった……。というか、カロンドロ男爵からの報酬を届けに来たのはスティーブンだった。
確かに相当な額になるだろうし、それだけの金を託せる相手ってスティーブン位なんだろけどこんな用事を引き受けて……、時間的に昼飯が目当てかな?
「何度も申し訳ありません。この時間は避ける様に進言したのですが」
「なんだか今日は揚げ物が食べたい気分でな。何やら冒険者ギルドで披露したそうじゃねえか」
「情報が早いな。唐揚げとは別の揚げ物だけどひと口カツだ。今日はせっかくだからとんかつにするよ」
色々大変なのを分かったうえで醤油の件まで持ち込もうと思ってる訳で、色々恩を売っておいた方がいいしな。昼飯位安いもんだ。
「誰か来たのか?」
「ああ、スティーブンだ。昼を一緒にするけどいいよな?」
「いつもお世話になっております……、その姿は?」
「ヴィルナは聖魔族だったのか。確かにこの辺りの森に住んでると聞いていたが」
家にいるんだからヴィルナは本当の姿になってるんだよな……、いつかはこういう時が来ると思ってたし、相手がスティーブンだったら問題ないだろう。
「そういう事だ。特に問題は無いからあまり気にしないでくれると助かる」
「聖魔族が悪事を働いたって話は今まで一度も無いぞ。魔族ってついてるイメージからの風評被害だろう。俺の方でもなんとかしておこう」
「そうしてもらえると助かる。俺としても謂れのない誹謗中傷でヴィルナが傷つくのは許せないからな」
「わらわからもお願いするのじゃ。もうこの辺りの聖魔族はわらわしか残っておらぬが……」
生き残りはもういないだろうな……。
「というよりも、聖魔族が見つかって助かったといった所はあるんだ。西の森や穀倉地帯に禍々しい魔素が蔓延してやがる。あの魔物の置き土産だ」
「祓いの儀式をした後、どこかに魔素を浄化する聖域を作る必要があるのじゃが」
「その件も後で依頼が来るだろうぜ。厄介ごとがひとつ片付いたのは俺としても助かる。ここのところ面倒な事が多すぎるからな」
「小麦の件は任せっぱなしで済まないな。必要な量は言ってくれ」
納品する量は五万トンまで確定している。穀倉地帯の農家が食われてるので冬小麦も絶望的らしい。普通に収穫できる状態になるまで何年かかる事やら。
「先に今回の報酬を渡す……、といっても大金貨で五枚なんだがな」
「大金貨か……。流石に初めてみるな」
「大金貨を生涯で一度でも見れる人間なんて限られているんだぞ。この町の人間でも数人いればいい方だ」
一枚百万シェル、一億円。そりゃ、生涯でこれだけの高額を手にする機会なんて少ないよな。
「確かに受け取った。食事の準備をしてくるから少し待っててくれ」
「本当にすみません」
「いいですって。たくさん用意してありましたし」
ヴィルナ用に大量に揚げているから問題ない。ヴィルナには少し位多めに食べて貰わないと、こっちの身が持たないからな。
本日の昼食のメニューはとんかつ定食。といっても、俺だけ茶碗で、他の人には皿にライスを盛ってる状態だけどね。
小さめのスープ皿に入れた赤だしの味噌汁と、メインのとんかつ、付け合わせのマッシュポテトとキャベツ、甘い物は大学芋だ。
「ライガの野郎もその箸ってので飯を食ってたが、どこかの風習なのか?」
「俺達の故郷かな。正確には故郷といっても別の場所なんだろうけど」
場所どころか別の世界から来たんだろうしな。
「そのスタイルといいますか、器を持って食べるというのも他の方ですとあのライガさん位ですよ?」
「基本、この辺りでも食事の時に器は持たないだろうからね……。大きな茶碗というかドンブリにいろいろ乗せる料理もあるんだけど、その場合は持たないと逆にきついよ?」
「丼? ライガの野郎が言ってた牛丼って料理か?」
「牛丼はこの前に頂いたレシピにありましたね。牛肉が手に入りましたら作ります」
他にもいろいろあるけどね。牛丼を食いたがるのもあの人らしいけど……。
「このとんかつって料理も凄いな。油で揚げてるだけだが、唐揚げとはまた別物だ」
「揚げ方の違いだな。これくらいだったら再現できそうなんで、冒険者ギルドの食堂で教えてみたんだけど」
「似た料理は出来ると思いますよ。油の代金がかかりそうですが」
あそこにはいくらでもラードがあるだろうから何とかなると思うぞ。後は試行錯誤してくれたらいいんだけどね。
「今回もうまかったな……。今日来たのは例の報酬の件だけじゃなくて、塩の件も話に来たんだ」
「もうそんなになるか? 岩塩の採掘場を破棄できるレベルなんだろ?」
「ああ、例の塩田での塩の生産力が判明したぞ。状況次第で変わるんだろうが、月に約二十四万キロだ」
「凄い生産量だな。人力でそれだけできるのか?」
「海水を組み上げるのに魔道具を使ってるし、製塩時にも魔道具を使っている。それでも馬鹿げた生産力だよ」
俺が商人ギルドに売った六万キロの四倍。二十四万キロの塩を毎月生産可能なのか。という事はこの世界は十三ヶ月だから年間三百十二万キロ。ひとり年二キロ使ったとしても百五十六万人分の塩。
確かにもうナイトメアゴートが荒らしたところで岩塩の採掘をしないでも十分な塩が供給できそうな気はするな。他にも岩塩が採れる場所があるらしいし。
「これで塩の価格は安くなりそうだな」
「自分で塩を売っておきながら、塩の値段が下がって喜ぶ男はお前だけだろうがな。お前の売ってる塩は相変わらず高値で売れてるし、何か秘密はあると睨んでるが」
「そこは流石に商人ギルドに悪いから言えない。塩が安くなれば保存食とかいろいろ作れるようになるからな」
「例の技術の使用料だが、生産した塩の卸値の三割でどうだ?」
三百十二万キロの三割だから九十三万六千キロ分の塩の卸値? キロ幾らかが問題だけど、百円位まで落ちたとしても九千三百六十万円。年に九十三万六千万シェルの利益だ。月額でも七万二千シェルか。
「卸値次第だけど、最終的に幾らくらいまで落ちるとおもう?」
「キロ五シェルだな。これで今の十分の一の価格だが、これ以上価格を下げると岩塩を採掘してる連中が暮らせなくなるだろう。市場価格はそこから幾らか上がって七シェルから十シェルといった所か?」
元の世界だと二十五キロが千円だから、下がってもかなり高いんだよな。でも、塩を作ったり採掘して暮らしてる人もいるし、あまり無茶は言わないでおこう。
「その価格だったら一割でいい」
「……買取価格を上げろという奴は多いが、下げろという奴はお前が初めてだ。本当に一割でいいのか?」
「構わないさ。それでも十分すぎる儲けだ」
キロ五シェルでも月に十二万シェルだぞ? しかも俺の労力はゼロだ。
「小麦で儲ける予定とはいえ、相変わらずだな……。今はいろいろあるんでありがたいが」
「あの魔物の傷跡はでかいからな。この冬をどう越えるかが勝負だ」
「そうですね……。孤児院や救護所の建設は始まっていますし、寒くなる前にある程度は完成すると思いますが」
「住む場所だけではだめなのじゃ。温かい食事と心の傷を埋める誰かも必要なのじゃ」
「そっちの方は難しいな。食糧に関しては何とかなりそうだが」
小麦はあるが肉類ももう少し欲しいよな……。冷凍庫的な保管庫とかないのか?
【大型冷凍庫が必要ですか?】
転売してもいいんだったらな。流石に材料が無いからファクトリーサービスでも冷凍庫は作れまい。
【材料入手の方法を確認します】
あるのか? 魔石とかいろいろ扱って世界もあるんだろうしな……。
「肉類を保管する冷凍庫とかは無いのか? こう……、温度をマイナス二十度くらいに保てるようなの」
「肉の保管はアイテムボックス持ちに任せたりしてるから、あまり発展してないんだ。氷室があるが、カロンドロの屋敷とかかなり規模の大きなところにしかないぞ」
「この町は年間を通して肉類の確保が容易でしたので……、西と南の森がこの状況では、今後難しくなるかもしれませんね」
「家畜を飼うのがもう少し早けりゃな……。この町に限ってはだが、この冬の食料は問題ない。他の町もそこまで問題は無いかもしれないが」
なにか手があるのか?
「他の町は人口が減った分必要な食糧の量が減ると思われます。この町はマッアサイア方面から肉類を手配できますので」
「向こうに牧場があるのか?」
「冒険者がおらぬという事は、その近くの森は獣の天国という事じゃ。東方面の森がすべてその状態じゃとすれば、後はその獣を狩る冒険者次第じゃな」
「そういう事だな。合同チームを編成して定期的に冒険者を送り込む予定だ。馬車を手配するし狩りが無い日でも金まで出す」
「仕事の無いアツキサトの冒険者にとっては朗報だな」
とりあえず、目の前の問題を何とかしていくしかないか。
残念だけど、砂糖とか醤油の話はもう少し先になりそうだな……。
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