第八十話 途中の駅舎も酷い惨状だったからな……。あそこを元に戻すのも時間がかかるだろうし
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楽しんでいただければ幸いです。
厄介ごとが一段落ついたと思ったのはどうやら俺の勘違いだったらしい。いや、魔物関係の厄介ごとはある程度片付いたよ。しかし、やつらが残した傷跡というか、散々暴れてくれた惨状の後始末は今から始まる感じっぽい。
針山羊とナイトメアゴートの解体や買取。それを頼みに冒険者ギルドに来たんだが、案内された冒険者ギルド裏の倉庫みたいな場所に針山羊の残骸とナイトメアゴートを出してきた。あのサイズのナイトメアゴートが入ったのは驚きだったけどな。
待つついでにいつも通りルッツァ達と酒を飲みながら情報交換してた訳だけど……。
「王都までの街道が復旧するのは早くても来月だな。ただ、復旧って言っても完全に直す訳じゃなくて、とりあえず荷馬車とかが通れる状態にするだけだが。その上今は駅舎や町が壊滅してるから、街道が綺麗に直るまで行商人なんかも相当困るだろうな。王都までに必要な食料なんかを用意すりゃ何とかなるだろうけど、そうすると運べる荷物が減るだろ? 単価の高い商品に関しては、高速馬車で売りに行ってるらしいけどな」
「オウダウは壊滅。というか住人の半数位が食われて家屋は半壊状態。他の駅舎を開拓してそこに町を作った方が早いんじゃないかって言われてるね」
「途中の駅舎……、というかナイトメアゴートが暴れてた場所も酷い惨状だったからな……。あそこを元に戻すのも時間がかかるだろうし」
地面が真っ赤だったからな。食われた人の血と、針山羊とかの血で……。
「安全面に関しちゃ魔物がいなくなっただけで大違いだがな。……ところで、今日は何か料理を持ってきてないのか?」
「あるけど流石に出さないよ? 何度も出してるとあそこの職員が怖いだろ?」
「お菓子類でしたら大歓迎ですよ~。私たちの分もある場合は、ですが~♪」
「まだ砂糖が高いからな……。クッキーは酒のつまみにはならないし」
丁度いい具合に混乱してるこの機会に砂糖の価格も破壊したいところなんだけど、まずスティーブンに話を持って行かないといけないからな。
「あれもおいしいけどお酒のつまみにはならないかな~? 砂糖が高いから自分で作るのも無理だしね」
「あのビーフシチューって料理じゃなくてもいいんだが……、俺達だと同じレベルの料理なんて作れないだろ?」
「といってもさ、ある程度材料と調味料が揃ってたら美味しい料理って作れるんだぞ。ここに足りないのは圧倒的に調味料だと思うんだよな」
塩と香辛料だけってのが割と終わってる状況なんだよな。最低でも醤油とかウスターソース。醤油をベースにウスターソースを作ろうにもこの辺りは果物も高いんだよな……。しょうゆベースのなんちゃってウスターソースじゃなくて、ゼロから本格的なウスターソースを仕込む場合、さらにハードルが上がるしね。
「塩が安くなったら醤油位は作りたいかな? この辺りで作れるかどうかは知らないけど」
「醤油? なんだそれ?」
「大豆を加工した調味料だ。大豆……はあったよな? こんな豆だ」
アイテムボックスから大豆を取り出してみる。これを蒔けばいいんだろうけど、この世界にもう既にある可能性の方が高いしな。
「これか……、北の方の畑で見かけた気がするが、今回の魔物騒動で壊滅してる可能性もあるぞ」
「オウダウ方面で生産してた商品は今後高騰するだろうね。農作物とかが多いかな?」
「羊も壊滅してるだろうから防寒着も今年は高くなるだろう。その影響で毛皮も高くなるかもな」
……ここにきて毛皮の高騰とか……。ブランの奴は本当に運が無かったんだな。
「あの、クライドさんちょっといいですか?」
「え? はい。すまないなちょっと行ってくる」
なんだろう? もう査定が出たにしては早すぎるよな……。最初にぼそっと一日仕事だとか言ってたしな。
「あの、針山羊につきましては、針などの総量で買取価格が出せるんですが、問題はこっちでして」
「ナイトメアゴートですね。何か問題でも?」
「むしろ問題しかないといいますか。まずこれを見てください」
ガタイがいい解体専用の職員がよく切れそうな剣を取り出して、ナイトメアゴートに向かって思いっきり剣を振り下ろした。って、おい!!
「とまあ、この剣で斬っても傷ひとつ付かないんだ。死んだ状態でも皮に残ってる魔素や魔力が多すぎてな、加工できりゃ最高級革鎧の素材になるんだが、これを加工できるだけの道具がうちには無いって事なんだ」
「丈夫過ぎるのも問題か……」
「普通の鉄ではなく、銀に特殊な加工を施した魔銀や鋼銀製のナイフでも傷つかない。よくこんな化け物倒せたな?」
「色々あってな……、という事はこいつはここでは解体が無理か?」
「流石にこれ以上切れるナイフは置いてないな。加工出来れば本当に超強力な革鎧の素材になるだろうが」
相当な威力の攻撃以外は斬撃無効の革鎧か……。X十七式小銃のあの攻撃で焼き切れてないし、氣の耐性も相当なレベルなんだろうな。恐ろしい事だ。
「ここでの買取は諦めた方がいいですか?」
「針山羊は割りと残骸状態だから何とかあの数でも買い取れるが、あれも完全な状態だったら半分も買い取れないんだぞ。商人ギルドと違って、冒険者ギルドはそこまで潤ってないしな」
「こっちは今回の騒動で厄介ごとしか背負い込んでないみたいだしね……」
「それなんだよな。西の森には剣猪すら見かけなくなったそうだ。森の恵みも来年まで絶望的だしな。一部の冒険者はどうやって生きていくか悩んでるそうだぞ」
「東の森は無事ですよね? あっちはどうなんですか?」
「初めからあそこを主戦場にできてる奴は苦労しねえよ。仕事が無いのは駆け出しとかの少し慣れてきた冒険者達だな」
流石に駆け出しで剣猪の多い東の森で採集とか討伐任務ができる奴はいないって事か。剣猪相手でも割と死人が出てるみたいだしな……。
これもあの新種の魔物の置き土産というか、厄介ごとの一つだよね。冒険者が減るとどうなるかはマッアサイアをみればよく分かるからな……。あの辺りは魔物の数が少ないからいいんだろうけど、この辺りであんな状況になったらいろんな産業が成り立たなくなる。
「針山羊の針や皮で武器とか防具が作れないですかね?」
「あ? ああできるぞ。わりと綺麗な状態の奴もあったからな。なんだ? 防具でも新調するのか?」
「いえ、俺の取り分を引いていいから、他の冒険者になるべく安めに装備を売って貰えないかなと思っただけです。俺一人じゃこの先この町を守るのは難しいかもしれません。でも他の冒険者の装備がもう少しマシになれば……」
「新種の魔物は無理でも、他の魔物の被害は減らせるって事か……。確かに針山羊の針を使えばこの辺りで出回ってるより数段上の武器ができる。でも、いいのか?」
「買占めと転売にだけ気を付けて貰えば文句はないですよ。ここの冒険者の装備がよくなれば、この町の安全性は上がりますし」
カロンドロ男爵の兵がかなりダメージ喰らってるからな。特に主力が壊滅したのは相当痛い。
この状態で冒険者が減れば街道の安全すら確保できなくなる可能性もある。そうするといろんな問題が出てくるだろうしね。
「よし、冒険者ギルドが全面協力してその話を進めよう。といっても皮は鎧に加工するまでに時間はかかるから、武器の方が先に売り出されるだろうな」
「それでも今よりマシになりますよね? よろしくお願いします」
とりあえず、武器がよくなれば罠で捕まえた剣猪のトドメとかも楽になるだろう。
いま、冒険者の数を減らすのは絶対にマズイ。穀倉地帯を再開発する為にも、街道を再整備する為にもそこに出現する魔物を討伐する冒険者が必要になる筈。現状、この町で主力になる一線級の冒険者がルッツァ達だけじゃ手が足りなさすぎる。
◇◇◇
食堂のテーブルにもどったら、何やらおかしな光景が広がっていた。
アレは剣猪の肉かな? なんで生の肉がテーブルに乗ってるんだ?
「おう、話は終わったか。で、さっきの話の続きだ。この肉を使って何か料理が出来ないか?」
「……いきなり何かと思えば。そりゃできなくは無いぞ。でも美味しい物を作ろうと思えば時間はそこそこかかるし」
「ここにある材料も使っていいんですが……。何か作って貰えれば、それを参考にしてここで出せると思いますし」
いつもの串焼きでいいじゃん。アレだっておいしいんだし。
で、どんな材料があるんだろ? パンとか野菜は流石にあるし、香辛料系もそこそこあるんだよね。お、グギャ鳥の卵まである。……塩はそこそこ安くなってたよな。
「分かった、簡単な料理だからな」
「おっ!! 言ってみるもんだな。此処のメニューが増えると俺達も楽しみが増えるし」
「ヴィルナが家で待ってるだろうし、本当に簡単な料理でいいからな」
「当たり前だ。鍋と油を用意して……、油を温める間に肉をこのくらいのサイズに切って……、そう、いつもの串焼きくらいかな? で、包丁で叩いてスジ切りして、塩コショウで味付け、小麦粉、溶き卵、パン粉の順で衣にして、後は揚げるだけ……」
「この量の油で揚げるんですか? ちょっと贅沢ですね」
よく使われてるのはこの辺りで採られてる木の実か何かの油なんだよな。ラードを作ればいいのにもったいない。
コショウはこの辺りで採れる似たような香辛料だ。他にもあるけどあまり試した事は無いんだよな……。
「剣猪の脂身がありますよね? アレを細かく切って鍋で加熱して揚げる油にする方法もあります。というかそっちの方が美味しいですよ」
「……今まで買い取られずに捨てられてた部分ですね。大昔はアレを明かり取りの油にしてたらしいですけど」
魔石製の明かりが出来て使われなくなった訳か……。あれもそこまで明るい訳じゃないだけどな。
「こんな色まで揚がれば完成です。生焼けは怖いんで、最初は少し長めに揚げた方がいいかもしれませんね。少し冷まして塩をかけて食べてください」
「サックサクで美味しい……、焼いた時とはまた別物ですね」
「そうですね。やり方は分かったと思いますから、どんどん揚げてあそこで待ち切れなさそうな連中に出してあげてください。あ、油は熱しすぎると火を噴きますんで」
「流石にそのあたりは大丈夫ですよ~。ありがとうございます、今日はサービスって事にして、後で値段は決める事にします」
ひと口カツ……。とんかつもいいけど、あの人数分揚げるのは時間がかかるし、やっぱりソースが欲しいからな。
醤油の生産も含めていろいろ手を打ってみるか?
でも、商人ギルドの方もスティーブンの方も割といっぱいいっぱいな気がするんだよね……。
読んでいただきましてありがとうございます。