第八話 その値で買い取っていただいてそちらに利益は出ますか?
毎日更新四日目。
楽しんでいただければ幸いです。
「暇じゃな」
「まあ、待つだけの仕事もあるさ。荒くれ者を相手にして切った張ったの仕事よりましだし、ゆっくり待とうじゃないか」
そう言いつつ腕時計で確認しているが、あの職員が奥の部屋に消えてから今まで待つ事おおよそ三十分。カップのラーメンが十回くらい作れるぜ。インスタントラーメンには一分や五分の奴もあるけど。
ニチアサ観てたりゲームとかしてると三十分はおろか一時間でもあっという間なんだけど、やる事が無くてただ待つだけってのは結構暇なんだよな~。普通は。
待たされた三十分は商人ギルドを訪れる人の観察をするには十分な時間だ。意外にもこの三十分の間に商人ギルドを訪れた人は結構いたが、なんというか俺が金持ちと勘違いされた理由は何となく理解できた気がする。
商人ギルドに登録しているんだろうから直接別の受付に向かってたんだろうけど、割と大きな篭を背負って加工した野菜のような物を売りに来た男の格好はお世辞にも小奇麗とはいいがたい。他に何人か来た人を見てもそこまで上等な服を着てたりはしないし、中にはよくそれで商売人が務まるなって格好の奴もいた。
「あのくらいの格好が普通じゃ。ソウマの格好はちと浮いておるほどじゃな」
「馬子にも衣裳じゃないが、おかげで商談までこぎつけたんだ。少し浮いてるくらい我慢するさ」
極めつけにその後に来た男はボロボロの汚れ朽ちた服を着こんでいる上に、追い詰められたような少しヤバい目つきをしていた。あれは関わっちゃいけない部類の人間の眼だ。
「おい!! あんたんとこの情報だから安心して取引したら、相場が全然上がらなくて大損だよ!! なんだよ!! 今年は寒くなりそうだから毛皮の相場が上がるとか言いやがって!! 結局今年の冬は殆ど雪も降りゃしなかったし。あんたんとこが偽情報流してこっちが大損こうむったんだから賠償金払えよ!!」
「どこの情報ですかそれ? うちでそんな情報出してませんよ。毎年冬になると毛皮が不足するかもしれませんから、そうなると少し値上がりするかもしれませんねという事はありますが。それ、うちの商会だと冬が近づくたびに毎年言ってますけど」
それって営業トークというか、季節の風物詩みたいな挨拶の一つだよな。
今年は冷夏とか猛暑だとか話すときに、ほんの少し付け加えられる一般的な話の一つだろう。
「ふっざけんなよ!! うちの倉庫にゃ売れもしねえ雪狐や大白毛鼠の毛皮が山積みになってんだぞ!! あの在庫どうしてくれるんだよ!! 寒くなるの半年先だぞ!! それまでどうやって稼ぐんだよ!! 商品置く場所もなけりゃ仕入れる資金もありゃしねえんだぞ!!」
「……ああ、暖冬なのに若干毛皮が値上がりしたのは誰かが買い占めたって噂が流れていましたが、あなたでしたか」
「何か悪いのかよ!! 売れそうな商品買い占めて値上がり待つのは常套手段だろうが!!」
「確かにそれで売れた時は大きいですが、売れない時のリスクも当然負うべきですよね? 商人ギルドとしましては、その様な博打的な仕入れをする方に融資をすることはありません。倉庫の毛皮を担保にしても、在庫の量次第ですが仕入れ値の半値以下でしか買取できませんよ」
値上がりする相場もよめずに買い占めて自爆した馬鹿か……。
というか、物が毛皮だけど買占め転売ヤー?
「なめやがって!! なんだこいつら!! おい、俺は被害者だぞ!!」
「はいはい。こっちで詳しい話をお聞きしますから」
で、結局他の職員が呼んできたガタイのいい職員に連行されたか。多分あの男はこの町の衛兵に突き出される運命だろうよ。
どこの世界にもああいった馬鹿はいるもんだな。
「愚か者じゃな。あの者はアレで事態が好転するとでも思っておるのか?」
「あの男の頭ン中だとそうなってたんだろうな。ま、愚か者って部分は同意しかない。しかし、こうして色々みているだけでいろいろ勉強になるぞ。ん? 話し合いは終わったのかな?」
奥の扉が開いてさっきの職員が出てきた。
表情はいいから、話は何かいい感じにまとまったんだろう。それがだれの為に都合がいい話なのかは置いといてな。
「お待たせしました。登録の件も含めまして、あちらで少し話したいことがあるのですが」
さっき消えてった扉の向こうか。
俺を呼びに来るって事は悪い話じゃないだろう。何かあった時に切り抜ける武器が鉈くらいしかないが、ここの職員が俺に対して手荒な真似をしてくるメリットはほぼない。
それに俺はともかく、こいつを無力化するのは結構難しいんだろうしな。
「分かりました。そちらですね」
他より幾分丈夫そうな扉の向こうにはあの職員の上司なのか、恰幅のいい男が待っていた。
男の服装も見事だが、内装もかなりいいな。調度品のチョイスもいいし、こう……高級感あふれる内装だけどいやらしくならない程度に留めてるな。ここに呼んだ商人にあなどられる事なく、それでいて一定以上は威圧しないそんなラインで飾り付けられてるって事か?
「お手数をかけて申し訳ありません。私はこの商人ギルドで商品の仕入れを担当しておりますミケルといいます」
「私は鞍井門です。こちらこそお手数をお掛けして申し訳ありません」
「いえいえ、先ほどうちの職員に見せて貰いました商品。私も一つご相伴に預かりましたが、とても素晴らしい物です。この商品ですと富裕層向けの商品として人気が出る事でしょう」
富裕層向けね……。
アイテムボックスの調合を使わないとしてもべっこう飴の作り方は簡単なんだけど、やっぱりネックとなるのはドライフルーツと砂糖?
「こちらとしては、とりあえずご要望通りに先ほどの包みを三十ほど納品していただいて、ある程度めどがたった後にそれなりの量を引き取りたいのですが」
「分かりました、値段についてですがそちらの売値があると思いますので、今回はお任せしてもいいと思っています。次の時はまた別の商品もお見せできると思いますよ」
こちらの相場が分からないので、今回に限ってはとりあえずこいつらを信用してもいい。
今回と強調したのは、馬鹿みたいに安値で買い叩けば次は無いぞってにおわせたんだけど、多分それが分からないほどこいつは無能じゃない。雰囲気が分かりやすく変わったしな。このタヌキ爺め……。
「いいでしょう。今後の事もありますので、今回はこの包みひとつを三百シェル。全部で九千シェルでいかがでしょうか? 本来必要な手数料はこちらの販売価格に反映させていただきますので、純粋な卸値になります」
「あの包み三十で九千シェルですか……、こちらとしては異存はありませんが、その値で買い取っていただいてそちらに利益は出ますか?」
「ほう……。いえ、こちらもこれで十分採算がとれるラインですよ。クライドさんもお人が悪い。これの価値を十分に理解してこちらを試されましたね」
何か発音が鞍井門ではなくクライドって聞こえたんだが、まあ、そっちの方が呼びやすいんだろう。
しかしこいつ、見かけ通りのタヌキ爺だな。さっきの感触からいえば、包みひとつを四百で卸しても十分すぎる位採算がとれそうだ。もう少し卸値を引き上げてもいいんだが、いい関係を維持する為の初期投資と理解してやるか。
「いえいえ、この先もお世話になると思いますのでそれでお願いします。ああ、例の登録料はその中から引いておいていただけますか?」
「これほどの商品を紹介していただいたので、登録料はこちらで用意しますよ。こちらが九千シェルです。現金をお持ちでないと聞きましたので、大銀貨よりも銀貨の方が使い勝手が良いと思いまして、全て銀貨で用意しました。こちらがその銀貨九十枚になります」
「ありがとうございます。今後もいい取引が出来そうですね。こちらが三十包みになります。中のドライフルーツに若干偏りがありますが」
「そのあたりはこちらで調整しますよ。もし次に持ってこられる場合、何か大きな包みに纏めていただいても大丈夫です」
それは助かる。次からは種類別に分けて包んでおくか。
これがこの世界のお金……。割と小さい銀貨で百円玉より少し大きい位だ。それが九十枚も並べられると、百万円溜まるような貯金箱を我慢できずに途中で解体した時の様な状況になるな。あの時は給料前なのに財布がすっからかんだったから仕方なかったんだよな……。
とりあえず革の財布に硬貨をぶち込んでみたが、流石に財布の小銭入れ口に九十枚も硬貨が入るとパンパンだ。巾着型の財布か何かあれば、この世界の財布代わりにそれを用意したほうがいいかもしれない。
「よい財布をお持ちですね」
「ありがとうございます、これは革の財布ですが、いい感じになってきたと思っています」
革製品って使い続けてると味が出るんだよな。
この財布は黒だけど、茶色い革とかも大切に使ってるといい感じになってくるし。
「もしよろしければ三日後辺りにもう一度お越し頂けますか? 次回以降の取引条件などをその時にでも……」
「分かりました、三日後ですね」
三日か。
そんな短期間で次回以降の取引が必要になるって事はつまり、こいつらはもう売り先の目途が立ってるって訳だな。でなけりゃこんな話は切り出してこないだろうぜ。
まあ何はともあれこの世界の通貨は入手できた。後は市場調査とこの世界の生活水準なんかが分かれば最高なんだが……。
そのあたりは宿でも探しながらゆっくりと調べるか。
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