第七十九話 俺は商人で冒険者だけど、料理人になったつもりは無いんだけどな?
連続更新中。この話から第4章になります。
楽しんでいただければ幸いです。
ナイトメアゴートを倒した四日後、俺は再びカロンドロ男爵の屋敷に招待された。招待されたんだがここでひとつの疑問がある。
あれ? 俺は新種の魔物とナイトメアゴート討伐の報酬の件で招待されたんだよな? なのに、なんで俺は朝から馬鹿でかいキッチンで数十人の料理人に囲まれて晩餐会の料理を作らされているんだ? 俺は招待された側じゃないの? 訳が分からないんだけど?
「まさに神業ですな、クライド様の手並み。まさにこの国最高のシェフの地位はクライド様にふさわしいと思います」
「俺は商人で冒険者だけど、料理人になったつもりは無いんだけどな?」
「はははっ、御冗談を。これだけの腕前で料理人でないなどと、包丁さばきひとつとっても敵う者など限られておりますぞ」
包丁の使い方はバイト先で死ぬほど練習させられたからな。おかげであのクソ重い中華包丁も使えるようになったし、かつらむきで大根の超薄造りもできるけどね。あの時できた包丁傷も、今は傷薬とかの影響で傷跡一つ残っていない。ホントあの傷薬って色々すごい。
金の工面の為に中学校の時からバイトを始めて大学時代もバイト先は基本飯屋だったし、卒業する頃にはこのままうちで働かないかって誘われてたしね。
「俺だって得意料理とそうでない料理のブレ幅はでかいよ? スイーツもそこまで得意じゃないし」
「デザート系は専門とされるものがいますし、仕方が無いと思いますよ。とはいえ、このミルフィーユというケーキは見事な出来ですが」
作っているのはパイ生地の間にカスタードクリームとイチゴの薄切りを挟んだミルフィーユだ。
「普通のケーキとかこれくらいならできるよ。でも、やっぱりここでも無い材料が多いよね。この卵はどんな鳥の卵なの?」
「大山雉の卵ですな。この辺りで卵といえばこの大山雉かグギャ鳥の卵です」
「ああ、もしかしなくてもあの森でグギャグギャ鳴いてたあいつか。そのままな名前の鳥なんだな」
大山雉の卵は鶏より二回りほどデカいけど、味や扱いやすさはあまり変わらない気がする。
「無い材料ですか? 例えば……」
「牛肉をはじめとする肉類、それにバターやチーズをはじめとした乳製品。ラードやヘットは当然ないし、蝦油や鶏油はもちろん香味油系は全滅だし、訳の分からない香辛料はそこそこあるけど、他の調味料は塩と砂糖くらいしかない。チョコレート系のスイーツに必要なカカオ。料理酒類も割とね……」
細かい物を言い出したらきりがない。というか、以前も転生者がいたんだったらもう少しなんとかしてくれてたらよかったのに……。料理系はダメな人だったのかな? それにしちゃ、調理器具は割と再現されてるのが謎なんだよね。
「半分以上は聞いた事も無い物ばかりですな。ガリンの実ではだめですか?」
「バターに比べると数段落ちるね。今日作った料理でも、かなり風味が違うでしょ?」
「確かに……。味の奥行きといいますかコクが桁違いですな」
ガリンの実がマーガリンに近いって言っても、やっぱり木の実である以上紛い物にしか過ぎないんだよな。そしてバターと比べたらその差は歴然だ。
試しに少量のクリームシチューを作ったんだけど、ガリンの実では流石に納得できるレベルにはいたらなかった。その為本日のメニューには入っていない。
【代用品としては十分な味と判断します。プラント機能が種の入手を申請しております】
……プラントの一角で育てて、健康食品的な位置づけでほかの世界に売り出すつもり? 後で探してみるか。
というか、最近この機能も色々口を出してくるようになってるんだよな。さっきも調理中に【まだ早いと思われます】とか、【塩の量が後二グラム程度不足しています】とか、言ってきたしな……。その通りにしたら美味しくなるからいいけど。
「これで人数分の料理は出来ました。後は説明通りに出して頂ければ」
「分かりました。ありがとうございました」
さて、これであとは晩餐会で料理を食べるだけだ……。自分が作った料理を自分で食べるってのはなんだかなと思うんだけどね……。
◇◇◇
個室で着替えて前回と同じクラスのスーツに身を包み、しばらく待たされて案内されてきました晩餐会。
さて、ここで問題です。なんで俺がカロンドロ男爵の左側に座らされているんだ? こっち側男爵の身内だよね? しかも隣が男爵だし。
【身内認定されたのでは?】
お前が答えるのかよ!! いや、他に答える奴はいないだろうけどもっ!!
「今日は此度の魔物騒動最大の功労者にして、二体の魔物を討伐して見せた勇者、クライドを称える為の宴だ。皆、こころゆくまで楽しんで欲しい。それに今日出される料理もクライドが作ったものだ」
「おお……」
「商人であれほど成功し、あの魔物を討伐する力を持ち、その上、この晩餐会の料理を任されるほどの料理人だと? 信じられぬ」
「いえ、前回の晩餐会でクライド殿に出された料理は、あり得ぬほどの美味でしたぞ」
「冒険者ギルドや商人ギルドでも振る舞われたそうですが、王宮の晩餐会で出される料理以上と聞き及んでおります」
前回も参加した人もちらほらいるみたいだな……。冒険者ギルドとかの件まで噂になってるのか? ん? 端の方にデイビット商会のクーパーがいるけど、呼ばれてるって事はあの駅舎というか避難所での功績が認められたのかな?
「今回の料理は全部クライドが用意したっていうからな。カロンドロにはわりいが期待してるぞ」
「それについては仕方がないな。あれだけの料理の再現は無理だと料理長も諦めておったし」
「牛が手に入ればある程度は再現可能ですよ。今回は牛を使っているといっても、ビーフシチュー以外の料理ですけどね」
とはいえ、和牛と同じレベルの牛を育てられるには何年かかるかな?
今回使ったのはアメリカ産だけど、このレベルの牛肉だって相当なレベルなんだけどね。
「そいつは楽しみだ。さて……」
それぞれにパンが積まれたバスケットとそれに付けて食べるようにバター、チーズ、オリーブオイルの入った器と料理が運び込まれ、その後で料理長が出てきた。一応説明はしてくれるみたいだな。
「ホワイトアスパラガスの生ハム巻きです。肉はナマですが、塩漬けしてありますのでそのままお召し上がりいただけます」
「生の肉とは……、前菜から飛ばしてきたな……。この生ハムのねっとりとした食感と、シャキシャキとした野菜の歯ごたえがたまらん」
「肉にこんな食べ方があったのか……。この生ハムの作り方なんて聞いてねえぞ」
塩が高価だったこの町で生ハムなんて作れないからな、前菜としてはこれで十分だろう。そりゃそうだろう、塩がもう少し安くなったら教えようと思ってたレシピだしね。
「マッシュルームのクリームスープです。白いキノコがマッシュルームで、浮いている四角い物はパンを小さく切って油で揚げたものになります」
「牛乳を使った料理か……。先ほどの生ハムの後にこの料理を出すか」
「油で揚げたパンの食感もいいな。優しい味というか、落ち着く味だな」
スティーブンはあまりカリカリしてないけど、カルシウムが足りてないとか言わないよな?
牛乳というかクリームスープって割とほっとする味なのは確かだ。
「サーモンのムニエルタルタルソースがけです。上にかけられている乳白色の物がタルタルソースです」
「これは……、卵と何かを和えたソースですか? パリッと焼き上がった魚も素晴らしいですが、このソースを絡めると味の膨らみ方が違います」
「ここまでとは……。確かに食べた事の無い料理ばかりだ。この魚も初めてだが」
この世界にサーモンがいるかどうかは知らない。この料理が気に入ったのだったら、似た魚で作ってくれたらいいんだけどね。
口直しにオレンジのシャーベットを出していよいよメイン。といってもこの料理は散々作ってきたけど。
「メインディッシュは厚切りローストビーフになります」
「これがローストビーフって料理か。肉とソースが絶品だな」
「火の通し方ですね。大山雉の香辛料ソースがけと同じ技法だと思いますが、ここまで旨味を閉じ込めるのは相当な腕が必要です」
一見簡単そうに見える料理だけど、やり方次第で幾らでもパッサパサでガッチガチなメチャメチャまずいローストビーフができるあがるからな、アレは肉に対する冒涜だ。
「デザートのミルフィーユです。カスタードクリームと果物をパイ生地で挟んだ物です」
この世界にはチーズを食べる風習があまりなさそうなので、メインの後にすぐデザートで〆る事にした。
「最後の最後まで驚かせてくれる。これほどの菓子を出せるのか?」
「クリームの甘さと、少し酸味の残るイチゴのコントラストが……」
「確かに料理の腕も一流だったな。ここまでとは流石に俺も予想してなかった」
「ありがとう。でも、日持ちしない菓子は他に幾らでもあるからな。もう少し暑い季節だったらアイスとか色々あるし、さっきのシャーベットも幾らでもデコレーションできるから」
今回は口直し目的で出したからシンプルにシャーベットだけだったけど、アレにクリームとかチョコをトッピングして蜂蜜をかけてもいいしね。
「本当に底なしだな。ここまで才能の底が見えて来ん奴は初めてだ」
「この俺でもどれだけ力を隠してるか想像もつかねえ。流石にここまで料理ができると思わなかったし、あの魔物を倒せる力もな……。それだけじゃねえが」
アルティメットブレイブに変身できたのは最近だけどな。あの時まで気が付かなかったのは本当に間抜けだけど……。普通は本物だと思うわけないじゃん。
「今回の料理報酬と魔物討伐の報酬は後日送らせて貰う」
「ありがとうございます」
今回の料理の報酬はともかく、魔物討伐の報酬は払えるのか?
穀倉地帯や町の再建で相当金がかかるだろうに、でも払わなかったらいろいろ問題も出るしな。
とりあえずこれで今回の厄介ごとはひと段落着いた。もう一匹の魔物と例の竜が残ってるけど、あいつらが攻めてきたら倒すだけだ。
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