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第七十七話 馬鹿デカい山羊を倒してきたのさ。取り巻きも含めてな

連続更新中。

楽しんでいただければ幸いです。




 針山羊(ニードルゴート)の残骸とナイトメアゴートの死骸を回収した一時間後、俺は三時間前にパンを渡した駅舎まで戻っていた。


「パンが欲しい人は並んでくれ。一人ひとつずつだ!!」


「もう少しなんとかならないんですか? 子供がおなかをすかせていまして……」


「向こうにいる家族の分も貰いたいんですが」


 パンを託した男はこの状況にもかかわらずパンを公平に配っていた。金を取ってる気配もないし大した奴だ。


「どうだ、パンの数は足りてるか?」


「あ、あんたは……。いったいどこに行ってたんだ?」


「馬鹿デカい山羊を倒してきたのさ。取り巻きも含めてな」


 周りで騒いでた奴も急に静かになった。


「デカい……山羊……。まさか」


「ナイトメアゴートはもういない。オウダウが完全に壊滅してないんだったら戻るのもいいし、このまま南下してアツキサトを目指すのも一つの手だ」


「うぉぉぉぉぉっ!! やった!!」


「帰れるわ!! 私たち、オウダウに帰れるのよ」


 ……帰っても家とか食糧があるのか? 着の身着のままで逃げてきて小さな手荷物さえない奴も結構いるんだけど。


「オウダウに戻って生きていけるだけの金や食料が無いのであれば、アツキサトに向かうかここでしばらく救援を待つという手もあるぞ。俺は急いでアツキサトに戻って救助隊を向かわせて貰えるように話してくる」


「急いで戻るって。俺たちにここで半月近く救援を待てというのか?」


「今日中にアツキサトに戻って、救援が来るのはおそらく数日後だろう。ここにいるのは何人くらいだ?」


「全部で五十人程だ。さっき貰ったパンだと明日までもたないぞ」


 そりゃそうだろうな。あの量のパンだとここにいる全員に配ったら明日の朝までもたないか。


 パンだけだと栄養の問題もあるし、できれば汁物も置いていきたいんだけど……。


「ここで救援を待つ人って何人くらいになりそうなんだ? あと、料理とかできる人がいるか?」


「久し振りだな。俺の商会に料理ができる奴はいるぞ。ここに残りたい奴は……四十人くらいか?」


 十人くらいは既にオウダウに向かい始めている。今から向かって夜までに次の駅舎に辿り着けるのかな?


 まだそこまで寒くなる季節じゃないけど、今から町を再建させるにはキツイ状況だと思うんだけどな。


「お前……、確かデイビット商会のクーパー。運悪くオウダウに居たのか?」


「覚えててくれたか。俺は相変わらず小さな商会の頭だが、あんたは今や知らぬものがいない程の英雄だ。あの時知り合えててよかったぜ。量は少ないが交易品をオウダウでも売ってたんでな、おかげで結構な損害だ」


 マッアサイアに向かう途中で出会ったクーパーとこんなところで再会するとはな。今回の件は災難としか言いようがないけど。


「そいつは災難だったな、今から復興特需があるさ。ここの仕切りを任せてもいいか?」


「一週間までは何とかするが、俺も仕事があるからな」


「救援が来るまで数日だと思うが頼む。商人ギルドやカロンドロ男爵にもデイビット商会が協力してくれたことは報告しておくから」


 後で報酬位は出るだろう。でなけりゃ俺が出してもいいしな。


「向こうの駅舎の調理場は使えるか? あそこを緊急避難所にして救援が来るまでここでなんとかして欲しいんだけど」


「ああ使えるが……、これだけの人間を食わせるだけの食料は無いぞ」


「分かってる。日持ちする食材を置いていくから、それを使って凌いでくれ」


 大き目の車輪付きの箱をいくつか出して、その中に大量のソーセージや野菜類をアイテムボックスから取り出す、ここにいる人間が全員大食いコンテストにでも出る人間でなけりゃ最低でも一週間は持つはずだ。調味料として塩や魚醤も用意したしな。


 パンだけじゃなくて、小麦粉も三十キロの入りの袋を三つ出したから、避難民が増えても食料が足りなくなる事は無いだろう。


「……ひと月位ここに居ろって量だな」


「これだけあれば腹いっぱい食べても一週間は余裕でもつだろ? うわさを聞きつけて避難してくる人が増える可能性もあるしな……」


「確かにな。しかし、ほんとにこの量の物資を貰ってもいいのか? これだけあればひと財産だぞ?」


「大した量じゃないよ。デカい鍋も置いていくから、できるだけ腹いっぱい食べられるようにしてやってくれ」


「稼いでる奴は言う事が違うな……。分かった、あんたの信用を裏切らない運用をさせてもらう」


 クーパーが無名ならともかく、商会の頭であれば信用しても大丈夫だろう。この世界で信用を失った商人がどうなるか、たぶん怖い位に知ってる筈だからな。


「頼んだ。俺は急いでアツキサトに戻らないといけなんでな」


「ああ。気をつけて戻れよ」


 これでとりあえずこの辺りの避難民は大丈夫。あとは男爵に任せるしかないだろうな……。


◇◇◇


 全力で街道を爆走した結果、日が落ちる前に何とかアツキサトの北門まで辿り着いた。


 ここを出たのは今朝の事なのに、なんだか物凄く時間が経った気がするな……。


「そのおかしな乗り物は……、やっぱりクライドさんか。今朝オウダウ方面で暴れてるナイトメアゴートの討伐に向かった筈だけど……」


「なに? クライドが帰ってきたのか? ほう、確かに奇妙な乗り物だな」


「ルッツァ!! お前達冒険者もここの見張りに駆り出されたのか?」


 ルッツァだけじゃない、他の冒険者が完全武装で北門の守りを固めていた。ナイトメアゴート対策か……。


「お前の事を信用してなかった訳じゃないが、流石にここまでいろいろ続くとな……。南や西門にも他の冒険者がいるぞ」


「で、帰ってきたって事は討伐完了したの?」


「まったく……。すまねえなクライド。毎度ダリアの奴がこうで」


「討伐は完了だ。……あの辺りなら大丈夫か? ほら、この通り今回はちゃんと回収してきたぞ。損傷は激しいけどな」


 ナイトメアゴートの死骸を近くの広いスペースに出してみた。あれ? みんな固まってるんだけど……。


「ちょ、おめえ……。以前の時より傷跡が酷過ぎないか? どんな攻撃すりゃこのクラスの魔物にここまでダメージが入るんだよ!!」


「うわぁ……、ほんとに討伐してきたんだね。これがナイトメアゴートか……。死体でも皮にナイフが刺さんないんだけど、よく倒せたよね」


「これは……、これだけ魔法抵抗と物理耐性の高そうな皮に覆われていては、魔法はおろか普通の武器では傷ひとつ付かないでしょう。ギルドでの解体も苦労すると思われますわ」


「報告!! 誰か、冒険者ギルドと領主様に報告に行け!!」


「あ、すまない。ここから五つ目の駅舎辺りに避難民が集まっている。今はデイビット商会のクーパーが面倒を見てくれているが、急いで救助隊を編成して貰えないだろうか?」


「分かりました。領主様に報告させていただきます」


 いきなりなんで敬語? もしかしてそこに転がした()()の衝撃がそこまで大きかったか? とりあえずもう一度アイテムボックスに収納してっと……。


「それじゃあ俺はいったん家に戻るけど、明日にでも冒険者ギルドに顔を出すよ。報告はさっきの兵士がしてくれるんだろ?」


「ああ。討伐で疲れただろうからゆっくり休んでてくれ。俺たちは一応命令があるまでここを離れられないんでな」


「そういう事ですわ。さあ、待たせている人がいるのではないんですか?」


「悪い。後は任せた!!」


 舗装されてないとはいえ車道もあるし、速度を落としてこのままバイクで町の中を駆け抜ける事にした。


 馬車と歩行者に気を付けなければいけないけど、内蔵されたコンピューターが怖い位に衝突予測をするんだよな。凄い性能のバイクだよな……。


「着いた……。バイクはアイテムボックスに収納してっと……。ただいま」


 おかしい、リビングはもちろん居間や寝室にもヴィルナの姿は見えない。……冷蔵庫の料理も、鍋に入っていた料理も減ってないし……。


 掃除機は作動してるけど、警備ロボは動かしてないみたいだから私室か?


「ヴィルナ、ただいま。帰ったぞ」


「…!! ソウマ!!」


 ドアを開けてヴィルナが胸に飛び込んできた。


「ソウマッ!! ソウマッ!! ソウマッ!! ソウマぁぁぁぁぁっ!!」


「ちゃんと帰ってくると言ったろ。大丈夫だったか? ご飯も食べてなかったみたいだけど」


「こんな状況で、飯など喉を通らんに決まっておるじゃろう。こんなに不安で息苦しい時間は、あの時以来じゃった……」


 十年前に竜に家族を食い殺された時以来って事か……。


 出かける時は納得してくれたと思ってたけど、ここまで不安に思ってたんだな……。ん? ヴィルナが顔を近づけて……。


「ソウマ……」


「ヴィルナ……」


 よっぽど不安だったんだろう。ヴィルナがこんな感じにキスをせがんでくることなんて今まで一度もなかった。ヴィルナの鼓動と体温が伝わってくるけど、生きてここに帰ってきたんだなって心から感じられる。


「ソウマ、おかえりなさいなのじゃ」


「ただいま、ヴィルナ」


 ヴィルナにおかえりなさいを言われて、本当に帰ってきたって気になった。


 ここが……、いや、ヴィルナの待つ場所が俺の帰ってくる場所だったんだ。俺はこの世界を、ヴィルナと共に歩めるこの場所を全力で護り抜くさ。たとえその度にこの身に地獄の苦痛が訪れるとしても、得られるものに比べれば、そんな物は安い代償だ。


 この日の夜、銃を撃ち続けていた右手に引き裂かれるような痛みが訪れた。なるほど、アルティミットクラッシュなんかの必殺技を使わなくても、高(ヴリル)状態で長時間何かしたら同じ事って訳か……。


 当然といえば当然だよな……。


読んでいただきましてありがとうございます。

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