第七十五話 大丈夫、ちゃんと人数分用意してるし、割と多めに作ってるから。口に合うかどうかは保証しないぞ
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楽しんでいただければ幸いです。
予想通りに昼前にスティーブンとリリアーナが家を訪ねてきた。
手土産にウィスキーの樽を持ってきたけど、とてもじゃないけど運んでこれそうな大きさじゃないな。ということは、この二人もアイテムボックス持ちだった訳だ。
「ラム酒とはいかないが、ウイスキーもなかなかのもんだぞ」
「こんな時間に押しかけて申し訳ありません。スティーブン様がこの時間でないと夕食前にすると聞かないもので……」
リリアーナが珍しく苦言っぽい事を言ってる。流石に飯時に押しかけるのは気が引けたんだろうな。
「大丈夫、ちゃんと人数分用意してるし、割と多めに作ってるから。口に合うかどうかは保証しないぞ」
「あれだけの料理を作れる奴が作る料理がまずい訳ないだろう。期待してるぞ」
「前回の料理とはかなり違うぞ。すぐに準備するから待っててくれ」
テーブルに並べた料理はそれぞれに、海鮮チャーハン、ふわふわ卵の中華スープ、フカヒレ入りの春巻き、トンポーロー、麻婆豆腐。
中華料理だし大皿で中央にドンと出してもいいんだけど、シェアする食べ方がいいかわからないのでこうしてみた。
「これはこれですげえ料理だな。このチャーハンとか言う料理、海老の旨味がここまで濃い上に米の食感がたまらねえ……。米をこんな料理にできるのか?」
「この麻婆豆腐も凄い料理です。南方に行けば辛いだけの料理は幾らでもありますが、ここまで完成されたものとなると……」
麻婆豆腐っておいしいからね。豆腐の食感、それに絡みつく餡とそぼろ肉のコンボは最強だ!! 麻婆豆腐丼とかは邪道なんだろうけど、あれもおいしいと思うんだよな。白米に滲み込む餡と、柔らかい豆腐をスプーンで食べる。……二日連続の中華料理になるけど、明日の昼はマーボー丼にするか。
海鮮チャーハンは鉄鍋と技量、それに食材というか蝦油とか色々用意するものが多しね。他の肉とか卵メインのチャーハンもおいしいけど。
「相変わらずこのトンポーローは美味しいのじゃ」
「朝に唐揚げがあったしさ、唐揚げ以外だとこれがいいかなって思ってさ」
「唐揚げ? なんだその料理は……」
「これだよ。そのままでも美味しいけど、ソースでもマヨネーズでも好きな物をかけて食べてくれ」
大量に上げていた唐揚げは皿に盛って保管してあるから、それを一つテーブルの中央に出してみた。
ウスターソースとマヨネーズを混ぜたソースもいいし、塩とかポン酢で食べるのもあっさりして美味しいけどね。
「何の鳥かは知らねえが、これは確かに美味いな……。油で揚げただけなのか?」
「下味はつけてるけどね。この辺りはスティーブンの所だと再現できると思うぞ」
「後でレシピをいただけますか? お礼は後日しますので」
「美味しいものはみんなで楽しむものだろ。再現できそうな料理のレシピはこれに纏めてあるから作ってみるといいよ」
特殊な素材が必要な料理以外はいくつか作り方を書いてまとめておいた。一応確認の為にヴィルナに読んでもらってるし、この世界の文字に変換されてるのは間違いない。
「すまねえな。これ一つで国が買えそうな価値があるのに」
「ケチ臭い事はいいっこ無しさ。こんな状況だとなおさらな」
「……炊き出し用のレシピが混ざっていますね。そういう事ですか」
「この冬、どうやっても路頭に迷う人が出てくるだろ? 俺は王都方面に何もできないけど、役に立ったらいいと思ってな」
渡した冊子の中に雑炊系や汁系のレシピを結構な数仕込んでおいた。
スティーブンだったらアレがどういう意図で渡されたのか位理解できるだろう。
「王都より周辺にある地方都市の方が深刻かもしれねえな。王都は今のところほとんど影響がねえ。麦の備蓄もかなりあるし、最悪今年の麦が無くても何とかするだろうよ」
「どれだけ人口がいるのか知らないけど、それを一年抱えられるだけの備蓄があるのか?」
「王都やその周辺にも穀倉地帯はあるからな。ここほどでかくはないんだが」
本気でこの辺りが何でカロンドロ男爵に任されてるのかわからなくなって来た。
他国との貿易拠点、塩の生産拠点、穀物の生産拠点。これだけあれば独立してもおかしくないぞ。
「カロンドロ男爵って何者なんだ? この辺りを発展させた手腕といい、尋常じゃないぞ」
「カロンドロは王都でヘマをしてこの辺境に左遷させられた貴族の一人だ。別の僻地にも飛ばされてる奴はいるが成功したのはカロンドロ位だな。十年くらい前に病死したが、いろんなことに詳しい奴がいたらしい」
「なるほどな……。あの白うさぎ亭を建てた奴か?」
「その通りだ。建築だけじゃねえ、そいつはいろんな技術を考え出してこの男爵領を発展させた。西の穀倉地帯を整備したのもそいつだし、マッアサイアに塩田を作ったのもそいつだ」
そいつが俺の探していた異世界転生者の一人か……。十年くらい前に死んでるのは残念だけど、そいつが何者なのかは調べようがないな。
「で、あの竜が目撃されたのとダブルパンチでこのありさまって事か。穀倉地帯と塩田が残ったのは大きいけどね」
「塩田はともかく、穀倉地帯は今回の件で作り直すしかないぜ。問題なのはこの男爵領で暮らす二十万人分の食料一年分だ。タイミングが悪い事に、王都と違ってそこまで備蓄が無い。何せ毎年余らせてるからな、収穫前に売り払ったみたいだ」
「麦で約四万トンか、他の貴族領も不足した場合は本気で数十万トンの麦が必要になりそうだな」
「その数字をサラッと出されるのが恐ろしいのですが……。おおよそ、その量で間違いないと思います」
小麦を主食にした場合、二万人分で消費される小麦は一月で約四百トン。この世界の人間がどのくらい食べるかは知らないけど、そこまで胃袋の大きさは変わらないだろ?
「で、以前何とかなるって言ってたが、本当になんとかなるのか?」
「百万トンまでは保証するよ。ただ、その量の小麦が湧いて出た場合、市場価格が崩壊しないか?」
「この領で必要な分はカロンドロに支払わせるさ。他の貴族には俺が交渉する」
「その小麦の売り上げは全部貴族領の再建に回して貰いたいんだが……、多すぎるか?」
スティーブンが口をあんぐり開けて呆れてる。いや、そこまでの事か?
「ちょっと何を言っているのか理解できないのですが。この領の必要分で約十億シェルですよ?」
「それだけあれば穀倉地帯の再建は何とかなるだろう?」
「そりゃ何とかなるが。十億シェル分の小麦約四万トンをカロンドロに寄付するって事か? 正気じゃねえぞ!!」
この辺りの売価は一キロ約二千五百円位か……。卸価格はもう少し安いんだろうけど、それでも一億シェルを下回る事は無いんだろうな。
「魔物が引き起こした事件とは言え今回の件は放置できないし、この男爵領にどの位予算があるかは知らないけど再建は難しいだろ?」
「カロンドロの所は毎年の穀物の売り上げで結構潤ってるんだぜ。今後は塩の売り上げもあるから問題ないと思うが」
「男爵領に売る分は寄付の方向で、余剰分は今後必要になる孤児院とかの建設資金に回してほしい」
「本当に怖い人ですね……。魔物発生と現在入手可能な情報だけでそこまで読みますか」
子供だけが逃げ延びてる可能性は低いけど、生き残りの中には孤児も多くなりそうだしね。孤児を放置していい事なんて何一つないからな。
「当面の食糧問題はこれで解決だな。小麦はカロンドロの所の倉庫に運ぶ事になるだろう。そのあたりの話は俺が纏めておく」
「すまない。被害が出てない貴族領へ売却する小麦の価格とかの調整も頼むぞ。手数料はとって貰って構わない」
「そのあたりも流石というか、正規の料金でやらせてもらうぞ。それでもお前の利益は相当な額になるだろうぜ」
何せ数十億シェル規模だろうからな。これが入ったらまた寿買のお買い得情報がすごい事になりそうだ。
「塩の話は今回の件が終わった後だな。流石に額がでかすぎる」
「了解だ。問題はナイトメアゴートの方か。誰かが退治したとかいう情報は無いのか?」
「無いな。数日中にオウダウは壊滅するだろう。住人の多くは既に逃げ出しているらしいが、家屋の再建が大変だろうぜ」
「そっちも何とかしないといけないのか……。もう問題は無いよな?」
これ以上何処かで魔物が出現とかいう話はやめて欲しい。
「安心しろ、だがナイトメアゴートが討伐できても岩塩の採掘はもう行われないだろうぜ。それ位新しい塩田の製塩量は異常だ」
「岩塩の採掘場は破棄の方向か……、そっちの方は仕方ないだろう。今はそれどころじゃないだろうし」
「塩の入手先が出来た以上、魔物討伐後の村や穀倉地帯の再建が最優先でしょうね。カロンドロ男爵領でなければ壊滅していたところです」
「今までの蓄えがあってこそか……」
これで当面の問題は回避できた。
後はナイトメアゴートを倒すだけなんだけど、早くても明日だな。
「俺はカロンドロの所に行って今の話を詰めてくる。どうせナイトメアゴートも討伐に行くんだろうが、無茶だけはするなよ」
「ソウマに言っても無駄なのじゃ……」
「お前も気苦労が絶えなそうだな。あまり心配させるなよ」
「リリアーナが何か言いたそうだけどな。お互いあまり心配させないようにしないとね」
リリアーナもスティーブンみたいな男と一緒だと苦労したんだろうしな。俺も人の事は言えないが……。
さて、明日ナイトメアゴートの討伐に向かうとして、問題はヴィルナのご飯か……。
心配して喉を通らないって事も十分に考えられるけど三度の食事は食べて欲しいし、作り置きの料理を冷蔵庫に保存しておくか?
待たされる身が辛い事は知ってる。でも、ヴィルナを連れて行って万が一の事態が起きた時、俺は多分冷静ではいられない。
こうしてみると俺ってヴィルナに対して我儘って言ってるんじゃなくって、結構やってるんだけどな……。
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