第七十一話 あの人は風来坊だしな。王都周辺の冒険者って呼べないのか?
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楽しんでいただければ幸いです。
幸せはひとりで来るが、不幸は仲間を連れてくる。悪い事が続く時は幾らでも続くって感じだけど、先日、このカロンドロ男爵領を震撼させる事件が発生した。厳密にいえば、震撼したのはここの男爵領だけじゃないけどな。
新たな事件、といっても今まで何も兆候が無かった訳じゃない。前回魔物が現れた時点で、西側の警備態勢を整えていればここまで被害は出なかっただろうに……。
スティーブンが俺の家を訪ねてきて事の詳細を説明してくれているんだが、西側にある貿易都市ニワクイナが壊滅したらしい。厳密にいえば、ニワクイナはこの国の町じゃない。元々どの国にも属さない小さな町があっただけだったのに、この男爵領が出来た事で栄え始めて、貿易都市にまで発展し、そして最終的に隣の国に併呑されたという事だ。
貿易都市ニワクイナ人口は約二十万人、この数週間のうちにそのうちの一割近い人間が行方不明になり、残った人間の二割近くが新種の魔物に食われたそうだ。二割でも四万人だぞ? ありえない被害だ!!
「急に訪ねて悪いと思っているんだが、今はお前しか頼れる奴がいない。ライガの野郎にも連絡を取ろうとしてるんだが、今はどこにいるのかもわからねえと来た」
「あの人は風来坊だしな。王都周辺の冒険者って呼べないのか?」
「あっちはあっちで大忙しだ。例の人を石に変えるって魔物が大暴れしてるって報告があった。周辺都市にある冒険者ギルドが緊急招集をかけて退治しようとしてるらしいが……」
「今まで倒せなかった魔物を、急に倒せる訳もないか。色々と詰んでるな」
となると、西の貿易都市ニワクイナを壊滅させた魔物を俺達でどうにかしなきゃいけない訳か。
街の住人が二割食われたのは理解したが……。
「行方不明の一割ってどういう事だ? 食われたって話じゃなくて、いなくなったのか?」
「若い女ばかり二万人近く行方不明らしい。夜のうちに攫われて、朝になって気が付いたらいなくなってるそうなんだが。この際無事なら攫われてた方がマシかも知れねえ」
「魔物に食われて街が壊滅してる状況だとそうなるか……。で、問題はその後なんだが、被害を受けたのはニワクイナだけなのか?」
「その魔物はそのままこっちに向かってきてるらしくてな、西のアガナヤやその周辺にある村も襲われた。そのあたりの穀倉地帯にもかなりの被害が出てるな。麦の収穫期だった事もあって、収穫した麦がほとんど全滅だ」
西の穀倉地帯の麦はカロンドロ男爵領だけじゃなくて、王都やほかの都市でも使われてる。
カロンドロ男爵領は、この国南部最大の食糧庫って位置付けらしい。だったらいろんな問題を放置してるのもおかしい話なんだけどな。
「もうひとつ。此処から北、つまり王都へ向かう街道があるだろう? そこにある駅舎にナイトメアゴートと針山羊が姿を現した。目的は分かるだろ?」
「この町……から運ばれてる塩か……。今まで無事だったのが不思議なくらいだしな」
「マッアサイア方面から運ぶ塩も狙ってやがるんだろう。王都に運ぶにゃあそこを通るしかねえし、今までよりも流通量が増えてるからな」
岩塩を食いつくしたし、もっと効率よく塩が食える場所に目を付けたのか。
「ナイトメアゴートに西側の穀倉地帯を荒らしてる新種の魔物か……。四万人も食う魔物相手だ、詳しい情報が無いと無理だぞ?」
「そいつの情報は今集めている。だが、アガナヤが壊滅したら、次はアツキサトだぞ?」
「魔物の問題に食糧問題か……。塩の問題が解決したと思ったらこれだよ」
正直、ここまでこの辺りがヤバいとは思ってもいなかった。
ナイトメアゴートに封鎖される前に王都方面に逃げるって選択肢もあったのに、もうこの状況だとどうにもならないな。マッアサイア方面にはまだ逃げられるけど……。
「流石にソウマでもその魔物をすべて倒すのは不可能じゃ」
「そうだろうな。しかし、流石にあのクラスの魔物相手じゃ、この町の冒険者じゃ役にゃ立たねえ。俺とリリがいてもそこまで戦力にならないだろう」
「優先順位的には似たような状態だけど、深刻なのは北のナイトメアゴートか?」
「穀倉地帯は壊滅した後らしいからな。まだそこまで知られていねえが、ばれたら大変な事になるだろうぜ」
この冬の食料がありませんって事だしな。
それだけじゃない、あそこの状況次第では今後この国は食料不足が発生する可能性すらある。
「北のナイトメアゴートの問題も深刻です。王都周辺の塩事情はまだ改善されていませんので」
「あっちは今市場にある塩で半年はもつ。問題は塩より麦だ。量が量だからな」
小麦を一人年二百キロ食うとして、百万トンだと約五百万人分か……。
ここの穀倉地帯がもともとどのくらい生産出来てるか知らないけど、流石に百万トンも生産できないだろう?
「どの位の規模で麦が不足しそうなんだ?」
「塩みたいに数十トンじゃねぇぞ? 王都方面にもいくつか穀倉地帯はあるからな、壊滅したってのがどんな状況かは詳しく分からねえが、五万トンから二十万トンだな」
「その程度の量だったら小麦自体は問題ない。となると問題は街道を封鎖してるナイトメアゴートや輸送手段だけだな」
あ、流石にスティーブンとリリアーナの目が点になってる。流石に個人が所有する量じゃないからね。
むしろこの世界で二十万トンも不足する予測の方がすごい。王都とその周辺都市で百万人近い人間がいる計算だぞ?
「本気で化け物だったか。一国を支えられる麦を用意できるって異常だぞ!!」
「いまさらという気がします。今まで売りに出された塩の前例もありますし……」
「こいつが売った塩は精々十万キロだろ? 同じ万でも単位はキロだ。今度の単位はトンだぞ。二十万トンの麦なんて生産できるのは大穀倉地帯を持ってる侯爵領位だ」
この世界の麦がどのくらい品種改良されてるのかは知らないけど、プラントの麦は同じ面積で作付けしても生産量は桁違いだろうしな……。
「そりゃそうだろうな……。とりあえず食糧問題は何とかなりそうだし、問題はナイトメアゴートと新種の魔物だ。アツキサトの冒険者だとどっちに向かわせても犠牲者が増えるだけだと思うんだが」
「そんなに軽く流す話題じゃねえんだがな。優先して退治するのをどっちにするべきかなんだが……」
「新種の魔物の移動速度と今いる場所次第だろ? ナイトメアゴートは塩が無ければ元の場所に戻る可能性もある」
塩を狙ってくるのであれば、塩を運ばなければいいだけだ。
それで時間が稼げるんだったら、時間を稼がせてもらおう。
「新種の魔物の方はこの辺りまでこられたら、アツキサトまで壊滅しかねねえからな。しかもそのまま突き進まれた日にゃ、最悪マッアサイアまで行くだろう」
「王都方面に向かってくれれば、ナイトメアゴートと相打ちも狙えるんだけどね」
でも、その場合はアツキサトが壊滅してるし、この町の人を魔物に食わせるわけにはいかない。
ここで新種の魔物を倒すしかないんだけど……。かなり気になる事がある。
「女を攫う魔物と人を食う魔物が居るとか言わないよな?」
「その可能性は高い。そう考えて対策するべきだろうが、二匹ともこっちに来てるかどうかはわからないぞ。女が消える事件はアガナヤでは起きていないからな」
「貿易都市ニワクイナの北には、あの国の都市があります。誘拐する何かはそちらに向かったと予測されています。二匹ともそっちに向かってくれたら助かったのですが……」
「そう都合よくいかんようじゃな。それでどうするのじゃ?」
どうするも無いだろ? 先日の休暇中にあれのセットアップを終えててよかったぜ。
パワーアップ後と比べたら若干威力は落ちるけど、同じ斬撃技でもアルティメットリッパーはシャイニングスラッシュの数倍の威力だし、直線だけじゃなくて自由に操作できるから使い勝手もいい。ほかにも幾つも必殺技はあるし。
「倒すさ。この町に近付いたらどんな魔物でも絶対にな」
「どうしたのじゃ? あの技はすさまじい威力じゃが、毎回通用する訳ではないと思うのじゃが」
「大した自信だな。お前がそう言うんだ、確実に勝てる何かを持ってるんだろう」
「流石に黒龍種アスタロト相手だと確実とは言わないけどね」
今の俺だと流石に黒龍種アスタロトをひとりで倒すのは無理だ。
最終回の状態までパワーアップして俺の氣がグリーンまで行けば確実に倒せるんだけどな。というか、最終状態までパワーアップできたらホントに完全無敵だぜ。問題はエネルギー残量だけど……。
「新種の魔物とナイトメアゴートを撃退するまで、俺は白うさぎ亭を拠点にするつもりだ。何かあれば連絡をよこす」
「そうしてもらえると助かる。絶対にこの町は守らないとな」
「この状況でお前がこの町にいたのは奇跡だな。ライガの野郎もいれば万全だったんだが」
ライジングブレイブもいればそりゃ鬼に金棒だろうけどな。いない人間に頼っても仕方ない。
「ここにいる人間だけでやるしかないさ。こうなると、塩食いだけでも討伐を済ませてて良かったぜ」
「本当にな。南方の竜は消息不明だが、四方から同時攻撃なんて洒落にもならねえ」
「……今回の襲撃、何者かの意思があると思うか?」
「裏で糸を引いてる奴はいるだろう。今回は無理だろうが、いずれキッチリ落とし前を付けさせてやる」
真の黒幕は黒龍種アスタロトなのか? それとも別にいるのか?
今は分からないけど、そいつを倒さない限りこの世界に平和は訪れない気がするな……。
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