第六十八話 三日前に追加で二百ずつ、二十四万シェル分卸しましたよね? アレはどうしたんですか?
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楽しんでいただければ幸いです。
カロンドロ男爵の晩餐会から一週間。
この一週間は冒険者ギルドに一度たりとも顔を出していない。冒険者ギルドには依頼が無いのが分かってるし、この状況でわざわざ行く必要なんてないからな。
一方、商人ギルドの方はというと……。
「先日のバタークッキーの在庫がそろそろ尽きますので商品追加の相談と、新しい別の商品を紹介して欲しいのですが」
ギルマスのダニエラとミケルが日替わりに近い形で俺の家に押しかけてきやがるんだよな。今日訪ねてきたのはミケルだけだが。
そりゃ俺も今は商人ギルドにも顔を出しにくいよ、一度納品に行った時に背筋が寒くなるような視線に晒されたんだしさ。あの日運悪く出勤してなかった職員からの視線がすっげえ痛かったよ。仕方ないじゃん、君たちあの時いなかったんだし。
そんな事より今日の取引だ。毎回馬鹿みたいに注文してくるけど、商人ギルドの資金は大丈夫なのか?
「三日前に追加で二百ずつ、二十四万シェル分卸しましたよね? アレはどうしたんですか?」
「バタークッキーもタマゴボーロも王都で大人気でして、先日購入しましたあれは全部高速馬車で王都に送りました。今回の注文分は周辺の地方都市とこの町の貴族に売る分です」
「……本気で王都に売り始めたんですか? それですと二百なんてあっという間でしょう」
王都の人口がどの位か知らないけど、少なくとも数十万人規模だろう。それに貴族や金持ちの数もこことは比較にならない筈だ。
で、そこにたったの二百箱……、即日完売だろうな。
「最初に購入した分を王都に持ち込んだ所、試験的に販売した百箱は半日もたなかったそうです。正直二百でも気休めレベルかもしれませんね」
「気休めでしょう。でも、ここの商人ギルドが王都で商売してもいいんですか?」
「王都の商人ギルドで販売していますので、問題ありませんよ。おかげさまでこのアツキサト商人ギルドの格といいますか、扱いが王都の本部に匹敵する地位になりました」
そういえば以前は僻地の商人ギルド扱いされてたんだっけ?
今は俺が卸してる塩やお菓子類で、毎月笑いが止まらない程の売り上げだろうしな。塩取引の邪魔者だったニドメックを潰せたのも大きいんだろうけど。
「そろそろ他の商会や他国の使者がクライドさんに接触してくると思うのですが……」
「今後も商人ギルドやグレートアーク商会以外とは、あまり付き合いは無いと思いますよ」
これ以上手を広げても碌な事にはならないだろうしな。塩の件もまだ完全には解決してないし、砂糖の問題もまだ残ってるこの状況だとなおさらだ。
「それを聞いて安心しました。それで、明日位にまた商人ギルドに納品に来ていただきたいのですが。できれば倍の四百ほど」
「在庫は問題ありませんが、四十八万シェルですよ? 先日も二十四万シェル分卸したばかりですけど」
日本円にして四千八百万円。こんな小さな町の商人ギルドにホイホイ取引できる額じゃない、普通だったらね。相当稼いでるから平気なんだろうけど。
「支払いは問題ありませんよ。塩の売り上げと今までの飴の売り上げで、うちの商人ギルドは王都の本部に迫る勢いで稼いでいますので……。全てクライドさんのおかげなのですが」
「こういったものは縁ですから。あの日、私が商人ギルドを訪ねたのも、何かの縁でしょうね」
「この縁は大切にしたいものですな。では、また明日。その時に新しい商品をいくつか紹介していただければ……。商人ギルドでお待ちしております」
「はい。明日までには用意しておきますので」
ミケルは帰ったが、色々と考えさせられることはあった。他の商会が俺にちょっかいをかけてこないのはグレートアーク商会が睨みを利かせてるからだろうな。それ以外には考えられない。
他国の使者が俺に辿り着くのはもう少し後だろう。商人ギルドがあれだけ派手に動けば、そのうち俺の元に直接商品を買いに来るのは確実だけどね。
それにしても思った以上にバタークッキーとタマゴボーロの売れ行きがいい。利益率がいいから俺としては大喜びだが。
「ようやく帰ったのか? まったくようもこう連日来れるものじゃな」
「毎回いろんな商談があるし仕方ないだろ。あのビーフシチューのレシピも欲しがってたけど、とりあえず牛が手に入らないと無理ってわかったあたりからいろいろヤバそうだったしね」
乳牛だけじゃなくて食肉に加工する為に牛を手に入れる気みたいだったしな。材料が揃ったところでレシピを売りに出すつもりか?
カロンドロ男爵から商人ギルドの方に話が流れてるかは知らないけど、北の荒れ地もそのうち牧場にしそうな気がする。
「そういえばソウマ、そろそろおやつの時間じゃな。いつもとは違うお菓子を出してほしいんじゃが」
「もう三時か。違うお菓子……、今日は和菓子にしたいんだけどどうかな?」
「和菓子というと一度出して貰った餡子の菓子か? あれもおいしいから好きなのじゃ」
「別に餡子を使った菓子だけが和菓子って訳じゃないんだけどね。元々は別の国のお菓子だけど和菓子になってるお菓子もあるよ。これとかね」
カステラ。元々はポルトガルのお菓子だけど、本当にコレが長い航海に耐えれたのかは知らない。船の上で調理なんてできないだろうし、近くの寄港地で作ったのかな?
プリンの原形も完全に残ってないしな……。そもそもプリンは元々お菓子じゃないし。
「これは何なのじゃ? クリームの乗っておらぬケーキにも見えるのじゃが。そういえばこの前のバターケーキとやらに似ておるな」
「カステラだよ。クリームの乗ってないショートケーキに見えるかもしれないし、バターケーキにもよく似てるけど、食感とかはかなり別物だぞ」
「どれどれ……、っ!! この濃厚な甘みときめ細かな食感は確かに別物なのじゃ!! 底の部分に砂糖を塊で使っておるが、これがまたたまらぬ!!」
紙トラップに引っ掛からないように、紙はあらかじめ全部はがしてある。間違ってヴィルナが食べても困るし、アレ口に入れるとテンション下がるから……。
ザラメ部分をそのままで紙だけ剥がすのは少し苦労した。あのザラメの部分も一緒にごっそり剥がれる事って割とあるよな~。
「紅茶にもよくあうよな。次がくず餅。中に餡子とカスタードクリームが入ってる」
「この見た目はスライムを連想させるのじゃ……。美味しいのは間違いないのじゃが、おそらくこのままではこの世界では売れぬと思うぞ」
「文化的な違いか。確かに聞いてるスライムそっくりだもんな。わらび餅も同じ理由で売れなさそうだな」
特にこっちのくず餅の方は中にコアがあるし、半透明の餅部分と合わせるとスライムっぽさが半端じゃない。気を取り直して、次のお菓子だ。
色とりどりの練り切りとかは調合機能で作って貰ったけど、原材料費は驚くほど安いんだよな~。これだけの物を作って貰える技術料とか熟練の技が無料ってのが凄まじすぎる。
「これは練り切り。この楊枝で食べてくれ」
「見た目も綺麗で菓子とは思えぬのじゃが……。口の中で溶けて消えるような食感と程よい甘み……。このような菓子があるとは信じられぬのじゃ」
「流石に俺もこのクラスの練り切りは食った事が無かった。紅茶じゃなくてほうじ茶か何かの方が良かったかもな」
「あの茶は少し苦手なのじゃ。紅茶とよく合うと思うのじゃが」
和食系朝食の時に紅茶じゃ不味いだろうと思ってほうじ茶を出したら、珍しくヴィルナの反応が悪かったんだよな~。麦茶は美味しそうに飲んでたのに……。
まだ試してないけど今までの反応的に塩辛とか納豆も厳しい気はする。見た目的に割とアレな味噌は調理前の状態を見せなければ大丈夫だろう。豚汁とか味噌汁ですでに何度か出してるけど問題ないし。
「ほうじ茶とかは割と好みがわかれるしな。紅茶がいいんだったら三時のおやつの時は紅茶にするよ」
「そうしてもらえると助かるのじゃ。あと、あの珈琲という飲み物もわらわに出すのはやめて欲しいのじゃが」
……最初にブラックで飲ませたのは失敗だったよな。せめてミルクと砂糖くらいは入れるべきだった。珈琲の香りは大丈夫っぽいから俺が飲む分には問題ない。
「そっちも了解。そして今日最後のお菓子はロールケーキ。栗餡とクリームを混ぜてさらに砕いた岩栗をこれでもかってくらい使ってみた」
「栗の風味がたまらぬのじゃが、甘さを控えたこの周りのスポンジ部分とあうのじゃ。岩栗が高価じゃし、ここでしか食えぬ菓子じゃろうな」
「この辺りでも岩栗はひとつ五十シェルするらしいな。この大きさと味だと納得なんだが」
正直、この岩栗に関しては元の世界でも一つ五千円って言われても納得できる食材だ。
大きさもそうだけど、栗本来の旨味というか風味が桁違いだしな。……収穫時期にイガの状態で頭に当たったら大変だけど。
「今回売り物にする菓子は何なのじゃ? この中のどれかなのか?」
「別の商品だな。今食べて貰ったお菓子はどれも賞味期限が短い。この町で売るんだったらいいけど、王都とかには売りに出せないのが痛い」
「その菓子は食べさせてもらえぬのか?」
「晩御飯の時にな。あまり晩御飯のメニューには合わないかもしれないけど」
今日の晩御飯の予定は一応中華風だ。
天津飯とか焼き餃子がメインだから、本場のメニューとはかなり違うけどバイト先ではおなじみのメニューだった。どれもおいしいんだけど、一時期は見るのも嫌なくらい作ったよな……。
◇◇◇
お楽しみの晩御飯。
今日のメニューは天津飯、焼き餃子、トンポーロウ、中華風海鮮スープ。
これに合わせるデザートだったら饅頭系とかゴマダンゴとかいろいろあるんだけど、今日はメインのデザートがマドレーヌだったりする。ホントはゴマダンゴの予定だったんで一応それも用意しているけどね。ゴマダンゴはこのサックサクの食感と、中の餡の甘さがすごくいいんだよな~。
「今日はライス系じゃな。このふわっふわの玉子と蟹がトロミの付いた餡に絡まって最高なのじゃ。白飯よりはやはり食べやすいのじゃが、わらわが箸を使えぬのでソウマには申し訳ないのじゃ」
「どうしても白飯が食べたいときは、自分の分だけでも茶碗で白飯を食べるさ。そこまで米に拘ってる訳じゃないし」
「わらわの事を優先してもらえるのはうれしいのじゃが、たまにはソウマが我儘を言ってもいいと思うのじゃぞ」
「俺はそこまで人格者じゃないけどな。食いたい料理は割と優先的に作ってるぞ? パンも嫌いじゃないし」
自分だけ食うんだったら寿買で買えば済むしな。
「わらわはソウマのような人間にあったのは初めてなのじゃ。粗暴ではあるが優しい者は割とおる、しかし、ソウマのように自分を優先させぬ者など知らんのじゃ」
「もう一人いるさ。自分よりも他人を救う事を優先する人がね。それに俺だって聖人君子って訳じゃない。怒る時は怒るし、機嫌の悪い時もあるさ」
「ソウマが怒る姿が想像できぬのじゃがな……。それで話は変わるが、どちらの菓子を売るつもりなのじゃ?」
「貝みたいな形をしてるお菓子の方だね。ゴマダンゴは美味しいけど日持ちがしない。この町で売るんだったらいいけど、王都で売り物にするのは不可能だ」
売れれば人気が出ると思うんだけどな。
ただ、まだ砂糖の値段を下げてないから、普通に売り出すには値段が高すぎるんだよな。麦芽は手に入りやすいから砂糖に変わる甘味料として米飴を広めてもいいんだけど、この辺りで米を栽培しているかどうかが問題なんだよね。以前飯屋でライスがメニューにあったから、どこかで米を作ってる筈なんだよな。
「こちらのゴマダンゴという菓子は味もさることながら、食感がたまらんのじゃが……。こっちの菓子の方も旨いのじゃ」
「焼き菓子だから日持ちするしな。クッキーとは違うけど、これもおいしいし」
「紅茶ともあうのじゃが、ワインと一緒に食べるのもよいのじゃ」
「焼き菓子は保存して食べたいときに食べるのにちょうどいいしな。この世界だとおやつで食べるには高すぎるけど」
原価はひとつ大体十五円。クッキーと同じように個梱包された物をニ十個セットにして木箱に入れてある。当然ファクトリーサービス製だ。
もうひとつ用意しているのはキャラメル。キャラメルは一年以上の長期保存が可能だし、美味しいからな。こっちも個梱包で十グラムのキャラメルが二十個入りでひと箱にしてる。原価は一粒十円位。
「このような菓子を気軽に食える者などソウマ以外では貴族か王族位なのじゃ。大商会の頭クラスであれば可能かもしれぬが……」
「それを普通に暮らしてる人にも食べられるようにするのが今の目標かな? 美味しいものはみんなに食べて貰いたいじゃないの」
「そうなるとソウマの儲けが無くなるのではないか?」
「塩の利権とその他の利益でおそらく死ぬまで困らないと思うけどな。それに、売る物はまだいくらでもある」
塩の利権というかあの技術の見返りを五%程度と考えても、一つの国が生産する塩の五%分の金だぞ? いったい幾らになるか想像もつかない。売る物だって乳製品のチーズもそうだし、酒類もまだまだいくらでもある。それに冒険者としての稼ぎもあるんだ。
「それだけの金を持っておるのに暴走せぬのが凄まじいのじゃが……」
「この世界で買いたい物がほぼない。生きていくには十分な金がある。その状況で仕事があって一緒にいてくれる誰かがいる。今の俺は贅沢過ぎる状況なのさ。名誉や権力にはそれほど興味もないし」
「それでも、誰かの命に危機が迫れば飛び出して行くのじゃろう?」
「勝てる場合はね。流石に勝てない相手に向かっていくほど愚かじゃないよ」
「そこがまずおかしいのじゃがな……」
勝てる敵かどうかなんて完全には分からないさ。でも、ライジングブレイクが通用しない敵なんて、この世界の人間で何とか出来ないだろ?
王都周辺にいる冒険者がどんなレベルかは知らないけど。
「俺は神様じゃないからな。手が届く範囲でなんとかできそうな事だけしか考えてないよ」
「そういう事にしておくのじゃ」
ヴィルナも誰かを見殺しにするのは多分抵抗があると思う。
そうでなけりゃ、オルネラを助けたりしないだろうしね。
さて、砂糖の価格を下げる手を打つ前に、色々確認しなきゃならない事が増えたな……。
読んでいただきましてありがとうございます。