第六十七話 鮮度の高い素晴らしい海老ですね。アイテムボックス持ちに輸送させたんですか?
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楽しんでいただければ幸いです。
カロンドロ男爵主催の晩餐会。
元の世界でこんな上流社会の人間と交流が無かった俺は、この状況に戸惑っている。大いに戸惑っている。
幾ら呼ばれてきたとはいえ、どこの馬の骨ともわからない俺なんかテーブルの端の末席辺りに座らされると思うじゃん。でも今、俺の座ってる場所はかなり問題がある。テーブルの中央には当然カロンドロ男爵が座り、その右隣には予想通りスティーブンが座っていてその隣には秘書のリリアーナが座っている。それはいい、問題ない。で、そのリリアーナの隣がなんで俺なんだ? 隣にヴィルナも座ってるし両手に華状態だろうけど。
男爵の左側にはグリゼルダよりさらに若い女性が座ってるけど、もしかしてアレ男爵の孫娘か何かか? という事はあっち側は親族とかが座ってるって事?
「今日は我が領の窮地を救ってくれた勇者をねぎらう晩餐会だ。この勇者クライドは知識、武勇、商才で比類なき力を有しており、今後も我が男爵領の為に尽力してくれると信じておる。この領の発展に貢献し続けてくれているスティーブンからも一言あるそうだ」
「わが友にして無限とも思える才を持つクライドは、この先一年も経たぬうちに知らぬものがいない存在になるだろう」
いや、そこまで言われると困るんだけど。ほら、他の客がすごい騒めいてる。この服のおかげでそこまで浮いてなかったのに、めっちゃ浮いた気がする。ホバー走行が出来そうなくらい浮いてるぞ。
【流石にホバー走行は無理と思われます。ホバー走行可能な移動手段が……】
求めてねえよ!! そんなツッコミも、移動手段もっ!!
「そのようだな。手土産にこんな逸品をポンと寄越せる男だ、ガラスの瓶に入ったラム酒など、この儂でも聞いた事が無い」
そうか、ラム酒の原料はサトウキビだった!! 広大な穀倉地帯で麦が入手できるからウイスキーは作れるかもしれないけど、そういった意味でラム酒がこの辺りでは超高級品だったか。
「砂糖菓子をあれだけ売れるルートを持ってる奴だ。入手困難なラム酒も手に入るんだろう。その気になれば、こちらが望む物を顔も変えずに出してきそうな奴さ」
スティーブンは知らないだろうけど、確かにファクトリーサービスとプラント使うと何でもできるよ。たぶん一年後にはこの辺りの産業軒並み潰せるくらいの商品がアイテムボックスに保管されてると思う。でも、それ目当てで寄ってこられても困るんだけどな。
「では料理を運ばせよう。クライドの舌を満足させられる料理が出せればいいのだがな」
「そいつは難しいだろうぜ。何せ、先日の情報通りだったら、その時に出た料理ってのは俺でも食った事がねえ代物だ」
「儂もグリゼルダから話を聞いている。この国一のシェフと豪語する料理長が料理の説明を受けて頭を抱えたそうだ」
グリゼルダから話を聞いた男爵はともかく、スティーブンに何処から情報が行ったか分からないけど、多分ニコレッタとパルミラ両方からなんだろうね。
……冒険者ギルドに残してきたビーフシチューの寸胴。もしかしてアレを回収してないだろうな? 早めに回収してれば、一皿分くらい残ってたかもしれないし。……あいつは、そこまでせこい真似はしないか。
お、シェフが料理の説明に出てきた。ここの料理長かな?
「前菜、トマトのカプレーゼ風味です」
……これ、トマトはどこかで育ててるんだろうけど、チーズの代わりにチーズっぽく加工したガリンの実が挟んである。だから風味なんだろうね。ガリンの実は日持ちしないって聞いたけど、魔法か何かを使ってアツキサトまで運んできたんだろうな。そうか、アイテムボックス持ちを使えばガリンの実とかだけじゃなくて、魚介類も輸送できるのか。いろいろ期待できそうではあるな。
「流石にこのくらいの料理では驚きもせんか」
「以前マッアサイアで飯を食わせてやったら、こいつはデザートまで全部料理名と主要食材当てやがったからな」
「美味しいですよ。ガリンの実が出てきたのは驚きです」
「な?」
「そのようだな」
流石にガリンの実の味は覚えてるよ。チーズを出されたらもっと驚いてただろうけど。
「次は海老や蟹を使った海鮮サラダです。この辺りでは珍しい食材ですが、マッアサイアではよく食べられています」
「鮮度の高い素晴らしい海老ですね。アイテムボックス持ちに輸送させたんですか?」
「な? すげえだろ?」
「聞いた通りだな。普段から晩餐会などで出しておるから食べ慣れておる他の者ならばともかく、海老や蟹も忌避もせずに食べおるわ」
そういえばこの辺りで新鮮な海老や蟹なんて食べられているとは思わなかった。流石に領主になるとこのくらいの力はあるんだな。
「マッアサイアに行った時に海老や蟹はよく食べていましたので」
その後も前菜やスープが続き、その度に料理の感想とか聞かれるのはちょっと困惑した。
スティーブンは面白がってるみたいだけどな。
「メインディッシュ。大山雉の香辛料ソースがけです」
「相変わらず火の通し方がすごいな。さて、どうだ?」
ヴィルナが赤に近い肉の色に驚いてるな。同じような料理をずいぶん食べさせてる筈なんだけど。
「ソウマ、この肉はナマではないのか? 大丈夫なんじゃろうか?」
「生に見えなくもないけど、ちゃんと中心まで火が通るように調理してると思うぞ。これは鳥だけど、ローストビーフみたいな物だよ」
「料理を楽しんで貰えておるようだが、話以上だぞ」
「だから言ったじゃねえか。こいつは料理の知識や腕も並大抵の料理人以上だ。クライド、招待したのに悪いんだが、先日冒険者ギルドと商人ギルドで食わせたあの料理。ここの人数分用意できるか?」
「そりゃ用意できるけど……。大丈夫なのか?」
ここの料理も凄いと思うけど、ビーフシチューなんて出したら確実に男爵とここの料理長の面子潰すよ?
「本当にスティーブンと対等な立場なのだな。儂からも頼もう」
「粗雑な皿になりますがご容赦を。それでは……」
アイテムボックスから人数分の皿を出し、そこにビーフシチューを注ぐ。安めの皿だけど、割と見栄えのいい物を選んだはずなんだよね。ある目的の為に皿の大きさは少し小さめだ。
今回はついでにある物を薦めたいから、この状況を利用させてもらうとするかな。
「これがビーフシチューという料理か……、恐ろしいほどの旨味を持ちながら蕩けるような肉、口を満たす芳醇なスープ、味が浸み込んでいるにもかかわらず程よい食感の野菜……。確かに、これほどの料理は初めてだ」
「すげえな……。味が複雑すぎて何を使ってるのかすらわからねえ。だが旨いのだけは間違いねえぞ」
「そうですね……。スティーブン様、王宮の晩餐会でもこのビーフシチューを超える料理を探すのは難しいのではないでしょうか?」
この辺りにはない食材が多いしな。さて、もうひとつの料理を出すか。
「もう一品、食べて欲しい料理があります。同じシチューですが、今度はクリームシチューです」
もう一度全員分の皿とスプーン等を用意し、今度はクリームシチューを皿に満たした。このクリームシチューに入ってる具材は鳥。それもこの世界で入手した突撃駝鳥のモモ肉だ。以前受けた任務の時にかなり損傷が激しかった突撃駝鳥を一羽、解体だけして貰って売らずに引き取ったんだよね。
「さっきの料理も凄いが、この料理も相当なレベルだ」
「この肉は突撃駝鳥ですね。恐ろしいほどに柔らかく煮込んであるにもかかわらず、完全には味が抜けていない。旨味が溶け込んだスープも素晴らしいです。よく食べられている食材をこのレベルの料理にしてしまうなんて……」
「先ほどのビーフシチューは鮮烈な味だったが、これは美味しいのにどこか心に染み入るというか。不思議な味だ」
「貴族の方が山羊などを飼っているのは知っています、ですがその乳を有効活用できているとは思えないのです。これは乳製品、牛の乳を使用している料理です。この辺りでは酪農……、家畜を飼ってその乳をとらないと聞いていましたので用意してみたのですが」
「北の方の町で羊を飼っておるが、主に毛を刈る目的だからな。以前も牛はおらぬのかと聞いてきた男がいたが……」
ん? 牛がいないか聞いてきた男? もしかして、同じ目的か? 確かめようは無いけどね。
「隣の国になるが、牛を飼育しているところはある。いろいろ使い道があるみたいだし、急いで手に入れた方がいいな」
流石スティーブン。いい情報を持っている。牛が入手できれば、色々進める事が出来るぞ。
「牛などの家畜の乳は加工すれば保存食にもなりますし、その他にもいろいろ使い道があります。西の穀倉地帯にもし土地が余っていれば、そこで牛を飼うという選択もあると思うんですよ。もっとも、魔物の出現する場所ですのでそのあたりの対策も必要ですし、酪農に詳しい人間を北の町から引き抜いてこないといけませんが」
「なぜ西なのだ? 家畜を飼うのであれば広い土地が必要であろう? 北の草原であれば幾らでも土地を用意できるぞ」
「副産物である肥料を作るのに好都合であること、その肥料を運ぶ手間を省く目的。餌などを休耕地などで育てる事が出来ることなど様々な利点がありますが、最大の理由は水です。それに牛を使えば畑仕事が楽になりますよ」
牛を飼うと物凄い量の水が必要になるしね、それに雄牛は畑で働かせる事が出来るし、色々楽になると思うんだよな。
「牛の手配はスティーブンに任せるとして、北の町で酪農に詳しい者を探させるとするか。しかし……、それだけの知識をどこで学んだ?」
「色々ですよ。流石に詳細は答えられませんが」
「聞いていたよりも恐ろしい男だ。あの塩食いを討伐した力といい、クライドがこの領にいてくれて本当に助かった」
「これだけの奴が本当にどこに隠れていたんだか。どれか一つでも才能を発揮してたら俺の情報網に引っ掛かるはずなんだがな」
俺がこの世界に来て三週間ほどで辿り着いてるから相当な情報網だと思うぞ。飴や塩で俺があれだけ派手に動いたからってのはあるんだろうけど。
「詳しい話はまた機会を設けようではないか。さて、デザートだな」
「デザートは岩栗のコンポートです」
「贅沢なデザートだな。これで驚きもしないこいつも相当だ」
「コンポートは単純な料理だけど難しいんだぞ。岩栗が大きいから煮崩さないように味を浸み込ませるのも一苦労だし、砂糖の量とかも多すぎると甘すぎるし少ないと物足りない」
「本当に料理の腕も相当なものだな。料理長と同じ事を言いおった」
むしろよくこの短時間で仕上げたよな。
元々コンポートはこの世界にあったにせよ、わずかに三日でこの馬鹿でかい岩栗をコンポートにするのは苦労するぞ。それだけの価値はあるんだけど。
「俺の方も来月位に塩の件で話がある。お前はあの結果を知っていたんだろうが、馬鹿げた状況だぞ」
「その時はまた何か用意するよ。慎重に話を進めないといけないものも結構あるけどね」
今回の件で乳製品の普及が進んできたら、次に値段をなんとかしたいのはやっぱり砂糖だよな……。
とりあえずほかの商品から増やして、来年位には何とか砂糖の話を切り出したいぜ。
読んでいただきましてありがとうございます。