第六十六話 まだ早くないか? 今は三時くらいだろ?
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楽しんでいただければ幸いです。
カロンドロ男爵の晩餐会に呼ばれた当日。
この日は昼前に風呂に行って身体を清潔にしておいた。こんなに日の高い時間に風呂に行くなんて、温泉宿か何かに湯治にでも行ってる気分だったぜ。朝風呂も嫌いじゃないんだけどね
「そろそろ来る頃じゃな」
「まだ早くないか? 今は三時くらいだろ?」
時計をこの世界の時間に合わせたので、ほぼ正確な時間が分かるようになった。正確とは言っても本当にその時間ぴったりなのかは調べようがないし、この世界に正式な刻が定められてるかも不明だ。
「三時が何かは知らぬが、いつもであればおやつを食べる時間じゃな。冒険者ギルドの仕事をしておる時以外じゃが……。この辺りに馬車などめったに走っておらぬからの、もうじきここに来るじゃろうて」
「冒険者の仕事も一週間ほどはしてないよな。ギルドに寸胴を取り返しに行くのがいろんな意味で面倒ってのもあるんだけど」
「あの後の争奪戦は凄そうじゃの。一度目のおかわりは全員に行き渡ろうが、更にもう一杯となるとどれほどの者が口にできたか……」
「あのよそい方だったら、半分いたら奇跡レベルだよな……」
俺もそれは考えた。確実に全員が食べられるように比較的に小さい皿を渡したけど、おかわりはアレになみなみとついでたみたいだし、全員に更にもう一杯は厳しい気がする。
さてその場合はどうなるか? 考えただけで恐ろしい。家に押しかけてこなかったあいつらの理性に感心する位だ。
「ほれ、馬のいななきじゃ。もうすぐそこの角まで来ておる事じゃろう」
「そうだな。出かける時には防犯ロボを起動させるから、入る時は気を付けるんだぞ」
「この間のようなことはせんのじゃ」
少し前に俺が留守の時にヴィルナが先に帰ってきたんだけど、間違って防犯ロボに攻撃して壊しちゃったんだよな……。今日は一緒に出掛けるし問題ないだろうけど。
「クライド様、お迎えに上がりました」
「はい。すぐに行きます」
商人ギルドで見せたスーツよりもワンランク下のスーツ一式を揃えたから大丈夫だと思うんだよな。でも、正直俺にはその違いが判らなかった。着てみてもほとんど違いが分からなかった。玩具の通常版と殆ど内容の変わらない初回限定版以上に違いが判らなかった。だから靴はそのまま同じのにしたんだけどいいよね。
「本日はご多忙な中、主の誘いを受けていただきましてありがとうございます。……素晴らしいお召し物ですね。足元はおろそかにされる方も多いのですが、靴も王族が履かれているような最高級の革靴。流石クライド様です」
「お誘いいただきましたので、恥ずかしくない格好にしました」
「ヴィルナ様も素晴らしいドレスですね」
「うむ、ソウマに恥をかかせる訳にはいかぬのでな」
ヴィルナは以前服を仕立てた店でいつの間にか新しくドレスを新調してたんだよな~。最近ちょくちょく町に出かけてたし、その時に注文してたんだろうね。
買ってきたドレスはかなり淡い緑を基調としてはいるけど白に近いドレス。刺繍なんかは割と控えめなんだけど、なんとな~くウエディングドレスっぽい。この世界のドレスって全部こんな感じなのか?
「ではこちらにお願いします。屋敷にはすぐに到着しますので」
「わざわざすみません、ほんと歩いていける距離なんですけどね」
お、動き出した。高速馬車と同じくらい乗り心地がいいぞ。これ。でも、こっちの世界に来てホントに健康になったというか、歩く機会が増えたよな。この世界にはバイクも自動車も無いから、歩くしかないんだよな……。
【移動手段をお探しですか?】
欲しいのは間違いないけどさ。この世界で浮かなくて安全な物ってないだろ? 言っとくけど、空中に浮くって意味だけじゃなくて、周りから浮いてるって意味もだからな。それにこの世界には燃料になるガソリンも売ってないんだぞ。
【魔石を動力源として、周りの魔力や使用者の氣で稼働するバイクなどもご用意できます】
……買うのはそのうちな。
「館内では武器などの携帯は禁止されています。その、クライド様はアイテムボックスをお持ちと聞いているのですが」
「アイテムボックス内に武器はありますが、命に危険が迫らない限り使ったりしませんよ」
それどころか右手の中指に超強力なショートソードが収納されてるしね。なんかこれ、他の人には見えてないっぽいけど。
「わらわも同じじゃ。ソウマの身に危険が迫らぬ限り、攻撃することなどせんのじゃ」
「了解しました。あのクラスの魔物を二体も討伐した勇者ですし、カロンドロ様もお咎めになる事は無いでしょう」
今回は俺が呼ばれていく立場だからな。何か用事があってこっちから謁見をお願いした場合は流石に失礼だとおもうけど。
「流石に凄い屋敷ですね」
「五十年前に建てた本館は流石に少し古くなっておりますが、当時入手した最高の木材を使っております」
「あの大きな木造の屋敷の方が本館なんですか?」
なんとなくだけど、あの木造の屋敷を建てたのは異世界からの転移者なんじゃないかと思う。それも、かなり昔の時代からの大工とかそんな感じの人が……。そうでなければ相当な腕を持つ宮大工だろうな。
「着きました。足元にお気を付けください」
「えっと、ここって玄関で靴を脱いだりします?」
「いえ。そのままで大丈夫ですが」
そうだよね。この屋敷に下駄箱とかスリッパが無いもんな。異世界転移者制だと思ったから勘違いしたよ。でも、こんな見事な廊下を靴で歩くのか、日本人としてはちょっとあり得ない気がする……。ホテルだと思えばいいかな。
「クライド様、お待ちしておりました」
「グリゼルダさん。今日は招待いただきましてありがとうございます。これはつまらないものですが」
「これは何でしょうか? ガラスの瓶に入った飲み物ですか……。ガラスも貴重な物ですが」
そういえばこの世界のワインとかって陶器のツボで売られてたっけ? ガラス瓶で売られてる酒なんて見た事もないか。スライムの板とかは微妙に濁りがあるから、完全に透明なガラスって訳じゃないしな。
「ガラスの瓶に入っているそれはラムという酒です。好みが分かれる酒ではありますが、気に入っていただければと思います」
「ラ……ラム酒ですか!! こんな高級品を……。流石はクライド様です。私が責任をもってカロンドロ様にお渡しいたします」
転売禁止の縛りがあるから、もともと持ってたラム酒くらいしか用意できなかったんだよな~。
お菓子とかでもよかったんだけど、晩餐会に招待されてそこで出る以上の菓子を手土産にするのは問題があるだろうし……。食事の席だし酒に関しては多分ワインくらいしか出て来ないと思うしな。
まあいい、案内された部屋で晩餐会まで時間を潰すか……。
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