第六十五話 ああ、いつもと違う格好だからかな? ミケルさんかダニエラさんと話がしたいんですが
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楽しんでいただければ幸いです。
次の日の昼飯時、俺はわざとこの時間を狙って商人ギルドを訪れていた。いつもは失礼だし飯時は避けるようにしていたんだけどな……。
「いらっしゃいませ……。え? クライド様ですか?」
「はいそうですけど……。ああ、いつもと違う格好だからかな? ミケルさんかダニエラさんと話がしたいんですが」
「はい。すぐにお呼びします」
割とよく見かける職員だったけど、なんだかいつもと対応が違ったな。
ここに来る途中も何というか、周りの人から避けられてる感じだったんだよね……。歩こうとしたら前にいる人は全員よけて道を開けてくれたし。
「クライドさん。その装いはどうかされたのですか? ヴィルナさんの服も素晴らしいとは思いますが」
「その服装、やはりお主はどこかの王族か何かじゃったのか?」
そこまでか? この服ってこの世界だとそこまで勘違いされる服なのか? そりゃ道にいた人も避けるよな。俺だって関わりたくないもん。
「いえ、おそらく情報を持っておられると思いますが、今度カロンドロ男爵の晩餐会に呼ばれていまして、それでこの格好でいいか聞きたいなと思ったのですが」
「十分すぎる程です。この国の王族でもそれほどの服を用意するのは難しいでしょう。遠目で見ても生地の質や仕立ての素晴らしさは理解できますし、カフスなどの小物に至るまで見事としか言いようがありませんよ」
「まったくじゃな。ヴィルナ嬢の服はそれでよいと思うが、おぬしはもう少しランクを落とした服でもよいと思うぞ。カロンドロ男爵といえどもそのレベルの服を用意するのは難しかろう」
もう少し安いスーツにするか? カランドロ男爵の面子を潰すのは良くないだろうしな。やっぱりこれでいきなり行かなくてよかったぜ。
「分かりましたもう少し安いスーツにする事にします。ありがとうございました」
「他にも同じような服を持っておるのか……、恐ろしい男じゃな。そのクラスの服を持つ者など、この国でも限られておるほどじゃぞ」
「流石はクライドさんですね。それと話は変わるのですが、昨日冒険者ギルドで何やらふるまわれていたという話を聞いたのですが……」
やっぱり切り出してきたか。純粋に食べてみたいってのもあるんだろうけど、売り物になるかどうかも知りたいんだろうな。
「丁度昼飯時ですし、少し用意しましょうか?」
「ぜひ。噂では絶品だったと聞いておりまして」
「あのグリゼルダが取り乱したと聞いておるのでな。相当な代物じゃろう」
そこまで知られているのか。
「グリゼルダさんって有名なんですか?」
「孫じゃ」
「へ?」
「グリゼルダは儂の孫じゃよ。昔からよくできた子じゃったが、今はカロンドロ男爵のメイド長をしておるようじゃな」
メイド長!! かなり若かったよなあの子? という事は相当に能力が……、男爵の御手付きって可能性もあるか。しかし、全然似てなかったよな。孫とはいえ……。
「ああ、そうだったんですね。それじゃあ、料理はどこに用意しましょうか? ギルマス部屋ですと、あそこでそわそわしてる他の職員が入りにくいですよね?」
「あやつらめ……。すまんな、以前飴を買い取った部屋にも用意してもらえると助かるんじゃが」
「大丈夫ですよ。割と大き目の鍋で用意しましたので、ここにいる全員分は十分にあります」
向こうでガッツポーズをしてる職員と、その職員に視線を流すミケルとダニエラ。アレ絶対に顔を覚えられたぞ。かわいそうに……。
「受付に何人か残さないといけませんし、職員には交代で食べて貰いますよ」
「それでは用意しますね」
この日に出勤している商人ギルドの職人数は三十人だった。出勤してなかった奴は後で後悔するんだろうな……。かわいそうだけどこればっかりは仕方がない。
◇◇◇
職員の部屋はもちろん、ギルマス部屋にも食事の準備は整った。あっちの部屋にビーフシチューとバゲットは人数分用意したけど、デザートはモンブランだけにしている。
昨日のヴィルナの提案じゃないけど、ダニエラとミケル達に用意したのはいつも食べてるような晩飯のフルセットだ。何故かここにはパルミラもいるけどな。メインデッシュはビーフシチュー。もう一点の料理は理由があって今は出していない。
少し厚めに切り揃えたバゲットを一人一本ずつ用意して、後はこの前出した温野菜を数点。デザートもまだ出していないがあとから出すと説明している。
「説明するより実際に食べて貰う方が早いでしょう」
「そうじゃな。では……、おぬしはいつもこんな食事をしておるのか? ワインひとつとっても信じられぬわ」
「今はこんな感じが多いですね。いろいろな料理がありますので、あまり同じような料理が続かないようにはしていますけど」
「仮の話ですが、このビーフシチューという料理ひとつでも国王様に献上できれば、爵位と領地位貰えるでしょうな。それだけの価値があります……。このバゲットというパンも素晴らしいですが……」
「こんなにおいしい料理を食べたのは初めてです!! この茹でた野菜、見た事が無い物が多いんですけど」
そうだろうな。この世界にジャガイモはあるらしいが、ホワイトアスパラガスなんてある訳がない。何処かの異世界人が都合よくアスパラの種とか持ってる訳ないもんな。じゃがいもに関しては誰かが種芋を持ってきてるっぽいけど。
「私が前に住んでいた場所で入手した野菜ですよ。アイテムボックスがあるからできる事ですが」
「本当に底の見えぬアイテムボックスじゃな」
「そうですね……。とりあえずビーフシチューの方は全員食べ終わったみたいですので、もう一皿別の料理があります。これですが……」
皿にのせて出したのはちょっと太めのソーセージをボイルした物だ。マッシュポテトと粒マスタードを添えてある。
「これは……、ビーフシチューに比べると単純な料理ですが、だからこそこの旨さがはっきりとわかりますな」
「そうじゃな。この粒マスタードという物を付けると、幾らでも食べれそうな味じゃ」
「この粒マスタードは、カラツブの種にそっくりです。アレはあまり使われていませんが、こういった使い方もあるんですね」
名前は違うし形も結構違うけど、この辺りの森には香辛料っぽい植物がなぜか多いんだよな。あれだけ色々生えてれば、からし菜かイエローマスタードに似た植物もあるのかもしれない。
「これは肉系保存食の一つでソーセージです。作り方はこの紙に書いてありますが、冷所に保管すれば三週間は保存が可能です」
「なるほど。冬の為の食料という訳か。確かに冬になるとこの辺りでも食料の供給量が減るからの」
「特に肉類は高騰しますからな。冷所保管とはいえ、三週間というのは大きいです」
「塩を結構使いますし、美味しく作れるようになるまでは時間がかかると思います。何種類か作り方を書いていますが、色々と試して貰えますか?」
この世界の香辛料とかわからないし、色々実際に作って試して貰うしかない。作り方にもいろいろコツがいるし必要な機械もあるけど、あえてすぐ作れそうな物しか作り方は載せていない。
「これだけでひと財産築けそうな物じゃな。で、これを幾らで使わせて貰える?」
「完成までに試行錯誤しないといけませんし、今回は無料でもいいですよ。ただし、それに見合う価格で販売して欲しいというのが要望ですね」
「己の利益より、この町にソーセージが普及する方を選ぶのか? やはりお主はとんでもない男じゃな」
「貴族向けの商品は、別の物をお持ちしますよ。ただ、先にソーセージは普及させたかっただけです」
「それは楽しみですな。このレベルのソーセージができるまで時間はかかりそうですが、冬になる前に完成させますよ」
これでいい。今回の目的は服装がこれでいいかという確認と、保存食であるソーセージの作り方を普及させることだ。
肉をミンチにするという工程を示せば、加工時に余った肉をどうにかしようとしてそこからまた別の料理を考えるだろう。
俺はきっかけを与えるだけでいい、後はこの町の状況が許す範囲で様々な料理が生まれてくれたらいいしね。
「では、デザートのマロングラッセ。岩栗を砂糖に漬け込んで、酒で風味を加えたお菓子です。それとこちらが渋石のコンポート。渋石の実の中でこの品種だけを選んで調理した物です」
材料の渋石をテーブルの上に出してみた。ミケル達全員が驚いてるが、そりゃそうだろうな。これはいくらでも転がってるゴミのような物だ。それが商品に化けてるんだから。
「この岩栗に近い風味の菓子が、渋石じゃと?」
「この種類だけですけどね。他のはあくが強すぎてちょっと料理に向かないですね。クッキーもありますよ」
渋石のクッキーをテーブルに並べてみる。以前バタークッキーを売ってるからこっちにはそこまで驚かなかったけどね。
「バタークッキーには劣るとはいえ、十分楽しめるお菓子ですな」
「これを作る為に最大の問題は砂糖ですね。安く仕入れればいいんですけど……」
あるんだけどね。砂糖の市場を壊す策が幾つか。でも、それはもう少しスティーブンと仲が良くなってから仕掛けないといけないんだよな。今は時期尚早というか、この時点であの策を仕掛けるのは危険が伴う。
「渋石に商品価値があると分かったのは大きいですな。この情報……」
「冒険者ギルドでクッキーとかを食べて貰ってますが、作り方は説明してないですね。再現は不可能でしょう。この渋石でなければいけないという情報はここでしか流してないですし」
「それは大きな情報ですよ。パルミラ、この実がどの木になるのか後で調べて貰えるか? 来年以降は争奪戦になるかもしれん」
「わかりました。すぐに調べます」
指定したのは無数にある渋石の実の中の一つだけ。あの森に住む剣猪が食べる渋石が足りなくなる事は無いだろう。
「これで冒険者ギルドで出した料理は全部です。一番メインはビーフシチューでしたけどね」
「これだけの料理にはおそらくもう出会えぬじゃろうて。末代まで語り草にできる」
「あの、この料理の対価なのですが……」
「こっちが勝手にふるまっただけですよ。気にしないでください」
むしろ飯時を狙って押し掛けたこっちが失礼といえなくもないしな。
「恐縮です。今後もよろしくお願いします」
「そうじゃな。何か困った事があればいつでも申し出てくれ。商人ギルドは全力でお主の力になるじゃろう」
それじゃあ後でひとつだけ頼んでおくかな? あいつにほんの少しだけ手助けしてもらえるようにね。
あの男なら、それ以外は自力でなんとかするだろう。
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