第六十二話 美味しい物を作るには必要な作業なんだ。手間を惜しむと碌な事にならない
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楽しんでいただければ幸いです。
テーブルの上には大量の渋石。ただし鑑定スキルを使って選別し、スジダイとか栗の親戚の様な比較的美味しく食べれそうな木の実だけを取り出している。鑑定したら【生食に不向き。小動物の餌】などと表示されている渋石もかなりあった。なお、岩栗に関しては【最高品質の栗。食用】と表示されたから普通に期待してるんだよな。あれだけでかいと流石に栗ご飯とかには加工しにくいけど。
既にあく抜きは完了しているからここにあるのは綺麗に処理した実の状態だ。渋皮煮用に皮つきの物もあるけど。
この辺りには渋石や岩栗に付く虫もいないそうなので、傷物以外は大丈夫って冒険者ギルドの職員が言ってたから虫抜きはしていない。といってもあく抜きの段階で何度も煮てるんだけどね。
「と、いう事で並べてみました大量の渋石。でかいからこれ一つでかなり相当な量になるよな」
ここに並べてる分でも五分の一くらいだ。そのうち半分くらいは調合機能でマロングラッセとコンポートなんかも制作させている。クッキーもあっちの方が美味しくできるんだろうけどね。
先日のあく抜き作業中に【岩栗の実や渋石の実をプラントで使用しますと、量産が可能になります】って表示されたから、何割かは両方プラントの方に回すことにした。岩栗の方は量産出来ればいろいろ使い道がありそうだしな。
「今日も渋石を煮ておるのか? 三日目じゃぞ?」
「美味しい物を作るには必要な作業なんだ。手間を惜しむと碌な事にならない」
「そういう物なのかの……。わらわは町に行ってくるがよいか?」
「そうだね、ここにいても暇だろう? 今日の夕方には流石にできてると思うぞ」
「では、いってくるのじゃ」
以前は寝てるだけだったけど、ここ数日ヴィルナはよく外に遊びに行くようになった。いい傾向だと思う。
今は十分な資金があるし、何か欲しい物でもあるのかもしれない。流石に俺と一緒だと買えないものもあるだろうしな。主に下着とか。
「さて、粉にしてクッキーは問題ないとして、問題なのは渋皮煮か」
むしろ問題しかない。
まず第一にこれどれくらい煮たらいいんだ? あく抜きで十分に煮てるから中まで火は通ってると思うんだよな。
そして、これの中まで砂糖が浸透するのにどのくらい煮ればいいんだ?
【調合機能でしたら十分です】
文字で表示されても、十分なのか十分なのか分かんねえよ!!
「弱火で四十五分ほど煮てみるか……。半寸胴じゃないと一度に何個も処理できないのが恐ろしい」
渋石も岩栗もでかすぎるんだよな。渋皮煮の下処理に物凄い時間がかかったし、美味しくできてももう二度と作りたくない。砂糖で煮るのもこれで二度目だしな……。
「何とか中まで砂糖が浸み込んでておいしくなったか。岩栗はいう事ないというか、拳大の渋皮煮が余裕で食える出来だ。というか栗の旨味は前の世界で食べた栗以上だな」
流石に鑑定で最高品質とか出てただけはある。風味付けに入れた酒はブランデーとラム酒。ラム酒はこの世界に最初に来た時からずっとアイテムボックスに眠ってたんだよな~。やっと使う機会が出来た。
後はクッキーか。といっても粉にした渋石と小麦粉を混ぜてバターとか砂糖なんかを加えて焼くだけなんだけどな。かなり薄くスライスして細かく切った渋石も上に散らしてある。
「後は形を整えてオーブンで焼いて完成。問題は出来上がる量だ……。五百円硬貨くらいの大きさのクッキーが五百枚くらいできそうなんだよな……」
調合で出来るクッキーはどうやらそんな量で収まりそうにないらしい。バタークッキーのトッピングに刻んだ渋石を散らしている物もあれば、渋石の粉だけで作ったクッキーまである。
なお、試しに一枚ずつ食べたが、普通においしかった。俺が作っている物よりな!! というか、どうすればここまでうまくなるんだ? 俺はお菓子作りがそこまでうまくないとはいえ、ここまで差があると凹むぞ。
【調合機能の調理機能は世界最高レベルのシェフの能力に準しています】
……納得。そりゃ今までの料理も旨い訳だ。
「さて、最後は渋石餅と岩栗餅。それと岩栗のモンブランだな」
流石にこの三品は調合機能に丸投げだけどね。
そろそろ夕食の仕込みを始めないといけないしな。
「大型冷蔵庫の中の半寸胴には、野菜と共に赤ワインに漬けた牛肉!! こればっかりはアイテムボックス内でできないのが難点なんだよな」
寿買で電源不要の大型冷蔵庫を購入してキッチンに設置している。
魔石? とかで動くらしいんだが、電気で稼働するモーターが無くても庫内が冷えてるし、冷凍庫までついてるんだよな~。何処かの異世界では電気が無くても何とかしてるって事か。そっちの世界に飛ばされた誰かが、苦労して開発したんだろうけど。
「今回はワインに漬け込んだ牛肉ブロックを、じっくりと煮込んだ牛肉の煮込み。柔らかく煮込んだ牛肉とそれに絡むソースが堪らないんだよな~」
ビーフシチューとの違いはこっちは肉メインでシチュー部分がほぼ無い位? 牛肉の煮込みの場合、皿に盛りつけるとほぼ肉の塊だしね。
「ご飯物はドリアにするか。ミートドリアにするとデミグラスソースが被る気がするけど……」
もちろんチーズ多めで、上はパリッとさせるか。ドリアは仕上げに半熟卵を落としてもいいな。
後は副菜、洋風じゃないけど、鶏唐揚げの香味ソースがけ。それと温野菜のサラダとマッシュルームのクリームスープ。デザートは岩栗のモンブランでいいかな?
今日はモンブラン以外は俺が作れたから満足。
メインディッシュを調合機能に任せると割と凹むしな。……美味しいのは確かなんだけどね。
「ただいま帰ったのじゃ。ん? 今日もおいしそうな匂いじゃな」
「おかえり。晩御飯にするから手を洗ってテーブルについてくれ」
「分かったのじゃ!!」
◇◇◇
今日もヴィルナは満足してくれたみたいだな。特に今日のメインディッシュは全部俺が作ってるから嬉しいぜ。
「美味しかったのじゃ……。このモンブランというデザートも最高なのじゃ」
モンブランは調合で作ってるんだよな~。俺はパティシエじゃないからお菓子作りは得意じゃないし……。喜んでくれてるからいいか? 確かにおいしいし、口の中に広がる栗の風味が最高過ぎる。流石にこれは岩栗があってこその味だろうけどね。
「岩栗はホントに美味いよな。マロングラッセや渋皮煮、何に加工しても栗本来の旨さはそのままだし、あんなに大きいのに全然大味じゃないのも凄い」
「石胡桃と並ぶこの辺りの特産品なのじゃ。王都ではかなり高値で取引されるといっておったな」
「何処情報だ? これだけ旨い栗だったらそりゃ高値で取引されるだろうけど」
秋の味覚といえば栗よりうまい十三里、というかサツマイモは流石にこの世界にはないのか?
植えたら生えてきそうだけど、生命力の強い植物は野生化するとどうなるかわからないのが怖い。異世界バイオテロは避けたいぞ。特に葛、ミント、紫蘇辺りはこの世界に持ち込みたくないしな~。あと、植物じゃないけどヤード・ポンド法!!
「冒険者ギルドじゃ。昔からこの時期には岩栗の採集チームと、森桃の採集チームが森を占拠しておる筈なのじゃ。渋石の実はいくらでも転がっておるがな」
「……森を、占拠? もしかして、そいつらこの時期には西の森で寝泊まりしてるのか?」
「当然そうじゃな」
「で、あれだけ岩栗が落ちてたって事は……」
「そういう事じゃろうな。岩栗や渋石も剣猪の大好物じゃが、あの獣を見かけなかったのも同じ理由じゃろうて」
剣猪や普通の冒険者だと、あの魔物に勝てはしないか。やっぱりこの世界の冒険者ってかなり命がけなんだ。
あいつを倒した後で天に昇って行った光の玉。アレは食われた人の魂だったのかもしれないな……。
「今回の一件は不運としか言いようがないけどね」
「冒険者をしておるのじゃ。死神は常に隣におる事を覚えておかねばならぬ」
「あの時の俺の判断、もしかして怒ってるか?」
「冒険者ギルドに緊急依頼が来ておったのじゃ、あの時逃げていたとしても結局は戦う事になったじゃろう。むしろその場合の方が勝てる可能性は低かったかもしれんしの」
あの時逃げていればオルネラは当然食われてただろうし、次に見つけた時にあいつが油断してくれるとは思えない。
怯えたオルネラがいたからこそあいつは無防備に嗜虐的な捕食を行い、そして俺があいつを倒す絶好のチャンスが生まれた訳だからな。
「俺にもっと力があればいいんだけどな」
「ソウマはもう十分すぎるほどの力を持っておるのじゃ。それ以上の力を欲すると、間違いなく人の枠を超えてしまうじゃろう」
こっちの世界だと、ライジングブレイブの雷牙勇慈も何故か不老長寿っぽいしな。何かの拍子で人外の領域に足を突っ込むことがあるんだろう。
「力を求めるのもほどほどにしておくよ。で、晩飯も済んだし、そろそろ風呂にでも行くか?」
「そうじゃな。風呂はもう少し後でもよいじゃろう」
そう来ましたか。
大丈夫、傷薬はまだたくさんあるしな……。
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