第五十九話 あの子、まだ冒険者を続けてたのか?
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楽しんでいただければ幸いです。
ここ最近借家探しと修繕に忙しかったので冒険者ギルドに顔を出していなかった。何か依頼がないかと思って冒険者ギルドに顔を出したんだけど……。
「おう、クライドか。今は碌な討伐依頼が無いぞ。もう少ししたら剣猪の買取値が上がるから、みんなそれを待ってる感じだ」
「もう秋口だからね~。採集依頼は物凄くあるけど、いまさら受けないでしょ?」
俺がこの世界に来て大体四ヶ月くらい。来た時が五月半ば位で今が九月頃らしい。なお、この世界の暦というか一年は一日二十四時間、ひと月二十八日で十三ヶ月と聞いた。
もう少ししたら剣猪の肉がいつもよりも美味しくなるらしいが、何か栄養のある山菜か何かを食べるのか? ああ、森桃かもしれないな。
森桃は春に実が生る種類とこの秋口に実をつける種類があるらしく、今は秋に生る森桃の奪い合いなんだそうだ。とはいえ、実がなる木の場所は全部知られているらしくて、完熟するタイミングを全員が狙っているそうだ。
「森桃の依頼だったらいい値になるんだろうけど、流石に遠慮しておくよ」
「賢明だな。俺たちがあの依頼に手を出すと他の冒険者から恨まれるぞ」
自分で食べる分の桃はいつでも寿買で買えるしね。そういえば寿買の年会費の計算は時間換算だから割とずれていくんだろうな。
「そうだね~、森桃の依頼なんて受けるとあそこの子たちの視線が痛いよ~」
依頼が張り出されている場所には小さな子供が何人もいた。以前ルッツァが助けたオルネラって女の子もいるみたいだけど……。
「あの子、まだ冒険者を続けてたのか?」
「ああ、あの時に死んだ仲間の分も稼ぎたいんだとよ。近所の悪ガキをまた数人集めてパーティを組み直したらしい」
「冒険者を続けるって事は何か事情があるんだろうからな。討伐任務はもちろん、東の森にも近付かないって決めてるそうだ」
高い授業料になっちまったからな。一度辛い思いをしてまだ冒険者を続けてるんだったら、もう二度と危ない橋は渡らないだろう。
それにしても、あんな小さな子まで稼がないといけないってのはきつい世界だ。あの時確か十二歳とか言ってたか? 小学生くらいだろ?
「この時期には採集依頼がいろいろあるのか?」
「ああ。一年で一番多い時期じゃないか? 森桃はもちろんとして、岩栗の実なんかも割と人気だぞ」
「間違えて渋石を持って帰る人もいるけどね~。いや~、アレはよく似てたから仕方が無いのかな~」
岩栗はその名の通り岩のように固いけど調理すれば食べられる拳大の大きさの栗で、渋石というのはドングリみたいなもので同じような形の実だけど渋くて食べられない物の相称らしい。
岩栗は丸く普通の栗のように堅くて鋭いイガに覆われているらしい。渋石は大型のドングリのような形でたまに丸い実がなるそうで、それを間違えて持って帰る奴もいるみたいだ。どうやら目の前にな。
「ダ~リ~ア~、昔の話をいつまでも……」
「あの時にフォローしてあげたじゃない。ホント、世間知らずの冒険者って大変なんだよ」
「そうなのか?」
「他人事みたいに言ってるがよ、……クライドも同類なんじゃね? 多分ひとりで森に行かせたら高確率で渋石が混ざってると思うぞ」
俺はその気になればアイテムボックスの鑑定で選別できるけどな。
でも、渋石って本当に食べられないのか? ドングリにも食べられるものがあるし、栃の実みたいに手間かけたら割とおいしいとか?
「間違えないよ。それはそうとして、渋石って食べられないのか?」
「普通は食べないかな~、でも、渋石は剣猪の大好物らしいよ。レッツチャレンジ?」
「試してみる価値はあると思うんだよな。今度森に行ったら拾ってくるとするか」
「ソウマが作るのであれば美味しいと思うのじゃが、試食はちょっと勘弁して欲しいのじゃ」
ヴィルナさん。それ、あまり信用してない口ぶりだよね?
今まで出した料理でヴィルナが食べられない食材なんて……、俺に心当たりはない筈だ。
「へぇ~、クライドって料理もできるんだ~。ホント、ヴィルナっていい人捕まえたよね~」
「渋石で美味しい物が出来たら持ってくるよ。どこの森にでもあるのか?」
「一番多いのはやっぱり東の森だな。ただ、あそこは剣猪も多いから狙い目は西の森だ。岩栗と違って誰も拾わねえから幾らでも落ちてるぞ」
美味しくできるんだったら食べてみたいよな。ついでに岩栗とやらも拾ってくるか? 納品目的じゃなくて自分で食べる用に。
「明日辺り西の森に行ってみるかな。採集だけだったらピクニック気分だけど」
「塩食いより強い魔物はあの森にはいないだろうし、そりゃピクニック気分だろうよ。でもよ、油断は禁物だぜ」
「わらわも一緒に行くのじゃ。万が一の事態になど陥りはせん」
「それだと安心だね。クライドってさ、割と抜けてそうだしね」
……ダリアとは一度、話し合わなきゃいけないな。
俺はそこまで抜けてる事は無いぞ。うっかりも……、あまりない筈だ。ん? 何かが袖を引っ張ってる……。
「あの……、あなたがクライドさんですか?」
「そうだけど、君は確かオルネラだったか?」
「はい。あの……、私を庇って怪我をしたルッツァさんの怪我を治してくれたって聞いてますのでお礼を言いたくて……。本当にありがとうございました」
そういえばそんな事もあったな。あれ以来再生の秘薬なんて使ってないからすっかり忘れてたよ。傷薬はなぜか連日大活躍なんだけどね。
「どういたしまして。気にしないでいいよ大した事じゃない」
「いや、大した事だろ。俺も忘れてないからな」
「あの……、私たちに戦い方を教えていただけませんか?」
「無理だな。俺の戦い方はかなり特殊だし、教えて覚えられるものじゃない。普通の戦い方だったらルッツァ達の方が上手いだろう、しかし、ルッツァも誰かに戦い方を教えたりはしないだろ?」
「当然だ。あの時は助けたが、冒険者って稼業は自分に合った戦い方ってのを手探りで見つけるものだ。手にする武器、魔法、罠、手に入るものの中で何をどう使うのか、考え抜いてやるしかない」
こういった冒険者稼業で誰かに戦い方を学ぶのは難しいだろう。
ゲームとかだと冒険者ギルドで教えてたりするし、最初はレベルに合わせた敵しか出ないけど、ここはゲームの中じゃないからな。初戦が塩食いだった奴もいるんだろうし。
「そう……ですよね。すいません」
「無理だけはしない事だ。危険な気配を感じたら迷わず逃げろ。あと、接近戦を仕掛けるのはもう少し強くなってからにしろ」
「分かりました。時間を見て弓を作ってみます」
へぇ、弓を自分で作れるのか?
【弓をお探しですか?】
探してねえよ。X十七式小銃があるのに弓なんて役に立たないだろう。
【X十七式小銃より強力な弓もあります】
あるの? X十七式小銃もチャージモードだったらかなり馬鹿げた威力だぞ? 正確に言えば標的にした馬鹿でかい岩に直径三メートルくらいの穴を穿つ威力だ、しかも連射可能。あれ以上の威力の弓があるのか? 数秒で岩が完全に消滅したんだぞ。
【数十メートルから数キロまで、範囲攻撃可能な弓が……】
却下。確実に俺が巻き込まれる威力だろ。俺が死ぬわ。それに、そんな矢を放つ瞬間に俺が受けるダメージが容易に想像できるぞ。
「おいクライド、そんなに難しい顔してどうしたんだ? 大丈夫さ、あいつはもう同じ失敗はしないだろうぜ」
「そうだね。もし、あれだけの目に遭っても同じ事を繰り返すようだったら、あの子は冒険者に向いてないよ。今手助けしても、いずれ同じ過ちを繰り返す。しかも今より厳しい状況で」
「あ、ああ。弓って作れるものなのか?」
「割と簡単に作れるぞ。自作の弓で灰色狐や大兎を専門に狩るやつもいるし、ありあわせの物をかき集めて槍を作る奴だっている」
自作の武器でなんとかなるもんなんだな。それがさっき言ってた手に入るものでなんとかって奴か。
「みんな最初はそうやっているんですよ。誰かに教えを乞う事も間違いではありません。でも、あの子たちは最初に対価を提示しませんでした。あの人を助けてくれたクライドさんだから、甘えても大丈夫だと判断したのでしょう」
「そういうこった。それに戦い方を覚えたいって事は、あれだけの目に遭って懲りてませんっていうのと同じだぜ」
「そう考える事もできるのか……」
戦い方を教えて欲しいってのは多分剣猪を狩って仲間の仇を討ちたいんだろうな。
気持ちはわかるけど、敵討ちは相応の力を手に入れてからにした方がいいと思うぜ。
あの時犠牲になった仲間の為にもな……。
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