第五十六話 商人の稼ぎの方がでかいですけどね。それで今日の用件は何ですか?
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楽しんでいただければ幸いです。
久しぶりの商人ギルド。
ここにはマッアサイアに向かう前に来たきりだから半月ぶり位? 前回売った塩はまだまだあるだろうし、飴も売り切れるとは思えない。となると今回は話だけかな? いろいろ商品は用意してるけどね。
「クライドさん、お待ちしておりました!! わぁっ、ヴィルナさんの服、すごく素敵ですね」
「うむ。ソウマに買って貰った服なのじゃ」
頼んでいた例の服、今朝ヴィルナと一緒に受け取りに行ってきたんだけど、頼んでた服は全部で三着あった。二万シェル以内っていってたし、一着って限定してなかったから別にいいけど。一着だとすぐに汚れてダメになりそうだしな。
それぞれが色とか素材が違う服で、それに合わせた小物とかも揃ってたみたいだけど。よく二万シェルで足りたよな……。
「流石に商人だけでなく冒険者でも稼いでおると違うようじゃな」
ギルマスのダニエラが出張ってきたって事はそういう案件なんだろうけどね。今の俺との交渉はミケルかダニエラしか無理だろうけど。
「商人の稼ぎの方がでかいですけどね。それで今日の用件は何ですか?」
「分かっておるじゃろう。塩じゃ。詳しい話はあそこでの」
いつも通りギルマス案件部屋に案内された。この部屋にいるのは俺、ヴィルナ、ミケル、ダニエラの四人だ。めずらしくパルミラはいない。
「単刀直入に言うが、塩食いの討伐を成功させた事は感謝しておる。しかし、その後の塩の生産がどうなっておるか知っておるのか?」
「グレートアーク商会が新型塩田で塩を大量生産してる筈ですよね? おおよそ予想通りというか、大体俺の思惑通りに進んでくれていますよ?」
「思惑通りじゃと? あの新型塩田はお主のアイデアという話も聞いておる。いったいどういうつもりなのじゃ?」
マッアサイアから塩が入ってこなければ、ここの商人ギルドは俺の売った塩を転売するだけで大儲けの筈だったんだろうけどな。
今までと同じ利幅じゃなくなるが、今以上に儲けは出ると思うぞ。
「まず、この辺りというかこの国全体に塩不足が起きかけている現状、これは良くないと思っています。以前も言いましたが塩は生きていくには欠かせない物です。不足すればどうなるか分かったものではありません」
「塩を求める者の暴動や商隊を襲う者が現れる可能性はあった。しかし、情報では今までの数倍、いやおそらく十倍を超える塩が供給される事じゃろう。これではこの先、お主から買った塩は売れんぞ?」
「まずそこが間違いですね。ひとつ試してみますか? ……これですが」
アイテムボックスから鉄板焼き用のカセットコンロを二つと網。それと小さめの牛串を十六本出して、片方は普通の塩、もう片方は俺の売ってる塩を同じ様に塩を刷り込んで焼いてみた。香ばしい焼いた牛肉の香りが部屋に充満する。
「右の魔道調理器で焼いたものが普通の塩です。で、左側が俺の塩で焼いた物ですが食べ比べてください。あ、飲み物はこのワインで」
今一つ納得しないながらも、二本の牛串を食べ比べるとすぐさま表情は変わった。流石商人ギルドの役員、この差が分かるとは普段もいい物を食ってるんだろうな。
「塩を変えただけでここまで味が変わるものですか? これは驚きです」
「これは……、普通の塩で焼いた肉の串も旨いが、おぬしの塩で焼いた肉串は更にその上を行く。……このワインも信じられぬ上物じゃな。良いのか?」
「ええ、問題ありませんよ。今回あらためて知って欲しかったのは俺の売ってる塩の旨味です。おそらく塩の生産量や供給量が増えれば今より塩の価格は下がるでしょう。ですが、これだけ旨味に差がある塩です。貴族や金持ちがどっちを選ぶか、明白だと思いますが」
旨味調味料が入っているかどうかでかなり違うしな。今回は牛串だけど品種改良もされてない食材だとさらにこの差は開くだろう。個体差もあるから今回は突撃駝鳥や剣猪を使わなかったけどね。
「普通の塩の値が下がっても、おぬしの売る塩を求める者は居るという事か? しかも、味が分かる人間であればあるほど、一度この塩を使えば普通の塩では満足できぬと」
「この町だけで捌けない場合は、他の貴族領や王都に売り出せばいいんですよ。そうすればこの塩はアツキサト、いえ、カロンドロ男爵領の名産品にもなるでしょう。もっとも、俺が売る塩が尽きるまでの間ですが」
「確かにの……。他の貴族領や王都に売り出せば、六万キロの塩などあっという間に捌けるじゃろう。……もう塩は無いのか?」
「後二回くらいは供給できますよ。後十二万キロあれば、しばらく売り続けられるでしょう?」
人口が三万人程度のアツキサトやこの周辺だと売れ残るだろうが、さらにその先に販路を伸ばせば、六万キロの塩など数ヶ月ももたないだろうぜ。こうやって供給量をある程度提示してれば、ここの商人ギルドであれば、それに見合った売り方をするだろう。
塩の供給が増える事で塩の価格が下がり、そしてそうなれば保存食やほかの調味料の生産も始められる。そうなれば俺の目論見通りだ。
保存食を作れれば緊急時に備える事が出来るし、調味料が増えれば食生活は豊かになる。万が一に急にこの町を去る事になるならば、十分な量の塩を供給すればいい。それを売り切る前に新しい特産品を生み出してくれれば問題ないだろう。
「目先ではなく、先の先まで考えた策ですよ。最終的に市場での塩の価格は下がるかもしれませんが、塩の供給量と消費量が増えれば俺の売ってる塩の希少価値は更に上がるでしょう。この国全体で六万キロです、貴族や金持ちはこぞって入手しようとするでしょうね」
「お主は儂が思っておったよりも恐ろしい男じゃな。なるほど、金を持つものから毟り取ろうという考えか?」
「おおむねその通りですね。塩を安く供給したいけど、完全に市場は壊したくない。ではどうするか? 金を持つ人専用の塩があればいいんですよ。輸送費がかかる分高額になってもおかしくありませんし、今の砂糖と同じ感じで王都に流れてくれればいいだけです。他者より優位に立ちたい者が真っ先にこの塩を求めるでしょうし、そのあたりへの対応はお任せします」
一般人には普通の塩を安く供給し、貴族や金持ち専用に高額な俺が売ってる塩を浸透させる。
全体的に料理の味は向上するだろうし、保存食が作られるようになればいろんなメニューが売り出されるだろう。本当は砂糖の市場もぶち壊したかったんだけど、スティーブンに悪いしな。それに砂糖は生きていくのに絶対必要って事でもない。
「その後二回分……、十二万キロの塩はうちに卸して頂くという事でよろしいですか?」
「ええ。今まで通り、あの塩はここにしか卸しませんよ」
「ありがたい。すまんな、おぬしがグレートアーク商会と接触しておると知ったものじゃから、向こうの勢力に行くのかと思ったのでな。ミケルもそこを心配しておるようじゃったし」
「その考えが普通だと思います。今まで塩を売っておきながら、それが売れなくなるような不義理はしませんよ。もし塩の売れ行きが悪いようでしたら、味の分かる貴族や金持ちを集めて俺が売った塩で料理を振舞えばいいでしょう。その時は塩の味が分かりやすい単純な料理を混ぜる事をお忘れなく」
一般市民が使っている安い塩ではなく希少価値の高い塩を使っているというのは、他人よりも優位に立ちたがる貴族の矜持をくすぐるだろう。
「何から何まですみません。これで塩の問題は解決しました。後は飴なのですが」
「そろそろ売れ行きが落ちてきましたか? 他の貴族領や王都周辺まで売りに出せばいいですけど、あの飴は暑い夏場は輸送に不向きですしね」
「本当にお主は恐ろしい男じゃな。そこも見通しておったか」
アイテムボックスからバタークッキーの箱と、タマゴボーロの入った袋を取り出してみる。これはアイテムボックスのファクトリーサービスで作ったから、市販の製品のように紙で個別梱包されてる上に賞味期限が一年近くある物だ。俺の知らない保存料とかがいろいろ入ってるみたいだしな……。二つとも鑑定で調べてみたけど、安全基準は楽勝でクリアしてるらしい。
「これはバタークッキーとタマゴボーロというお菓子です。バタークッキーはこの箱に二十枚、タマゴボーロはその紙の包みにこの大きさの物が二十個入っています」
「初めて見るものばかりですな。こっ……これは!!」
「うむ。この歯ごたえと甘さ、このような食べ物は初めてじゃ。このタマゴボーロの溶けて消えるような食感も新鮮じゃ」
バタークッキーを初めて食べたミケルとダニエラの反応はいいな。バタークッキーはこの甘い香りもいいよね。
ん? ヴィルナが首を傾げてるんだけど、なんで? ああ、ヴィルナもタマゴボーロは初めてだったかな?
「ソウマ、このタマゴボーロという菓子は初めてなんじゃが?」
「今までヴィルナに出してない菓子もまだかなりあるぞ。というか、まだ出してない菓子の方が圧倒的に多い」
冒険者してると、あまり間食しないからな。
家にいる時の茶請けもだいたいバタークッキーとかケーキで済ませてるし。もっともヴィルナに出してるバタークッキーは、日持ちしない保存料の入ってない物だけどね。
「それはひどいのじゃ」
「そのあたりは引っ越してからな。それで、その二つはどうですか?」
「どちらも素晴らしい商品です。しかし、今のお話を伺いますと、まだまだ売り物があるような感じなのですが」
「保存が難しいものも多いですからね。少しずつ商品化しようと思います」
主にキャラメルとか、ラムネとかの昔からある定番の駄菓子をね……。焼き菓子も他の商品がいくらでもあるぞ。
「そうじゃな。この二つでも十分すぎる商品じゃ。問題はこれを幾らで卸して貰えるかという事じゃが」
「木箱も見事ですし、ひとつずつ紙で包んであるのがまた素晴らしいです。ただ、二十枚入りですとかなり高額になりますね」
バタークッキーの製造費は箱の代金込みで一つ二百円程で、タマゴボーロに至っては梱包材を含めても五十円位だ。
「バタークッキーがひと箱千シェル。タマゴボーロがひと包みで二百シェルでいかがでしょうか?」
値段を提示してきたのはミケル。原価からいえば馬鹿げた値段だが、その値段で卸しても十分すぎるほどの利益が出るんだろうな。ここは塩でも相当稼いでるみたいだし。
「それで構いませんが、開封していない状態でも半年……、百八十日を目途に食べきってください。あと、あまり高温多湿な環境や直射日光にも注意が必要です」
「そのあたりはどんな食べ物も同じですな。百八十日もあるようでしたら、王都まで販路を拡大できそうです」
「そうじゃな。貴族連中は欲しがるじゃろうて。で、これをどの位用意可能なんじゃ?」
ファクトリーサービスを使って製造したからバタークッキーは在庫が既に一万箱ある。タマゴボーロの包みも同レベルだ。何せ製造コストが安かったからね。
「単位が千でも卸せますよ? 最初は数を絞った方がいいと思いますが」
「千……、相変わらず凄まじい在庫じゃな。そうじゃな、最初は二百ずつ……。合計二十四万シェル分頼めるかの」
二十四万シェルか……。これで高額じゃないと思うあたり、俺もかなり感覚がマヒしてきてるな。気を付けなきゃならないぞ。
「何処に出しましょうか? 食べ物ですし、どこかテーブルか何かの上の方がいいと思うんですが」
「そうですね。少し待っていただけますか?」
部屋を飛び出したミケルが何やら倉庫で指示を出しているみたいだ。
「今のうちに支払っておこう。金貨二枚と大銀貨四十枚じゃ。小金貨はうちでもほとんど扱っとらんのだ」
「そんな感じらしいですね。確かに受け取りました」
貰った金貨はすぐにアイテムボックスに入れた。商人ギルドが流石に偽金貨を掴ませる訳がないけど、一応鑑定機能で確認してるんだよな……。
お、ミケルが戻ってきた。
「こちらに……、この一角にお願いします」
「ああ、木箱の上に布を敷いたんですね。えっと、こっちの木箱にバタークッキー、向こうの木箱にタマゴボーロを出します」
「こうして積みあがると壮観じゃな。とりあえず二百じゃが、この量はすぐに売れる事じゃろう」
「そうですな。領内でもマッアサイアに行けばかなりの数が売れるでしょう。もしかすると他の国に売れるかもしれませんね」
ふたりとも頭の中でそろばんを弾いてるんだろうな。
マッアサイアだと普通の馬車でも片道約一週間程度だから賞味期限的には問題ない。
「今回もよい取引ができた。今後とも頼むぞ」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
やっぱりいろいろ用意してて正解だったな。
クッキーがある程度売れたら今度はキャラメルを売りに出すかな……。
読んでいただきましてありがとうございます。