第五十二話 この平和で暢気な町の方が居心地もいいし
この話で第二章は完結です。
楽しんでいただければ幸いです。
塩食いの討伐の四日後、ようやく俺はアツキサトへと帰還した。といってもまだ町に到着したわけじゃないけどね。ここまで来たら着いたも同然さ。
今回の旅の教訓、割と乗り心地が良かったとはいえ、もう馬車での移動はこりごりだ……。やっぱり何か移動手段でも買うか?
【お勧めの移動手段を表示しました】
はえぇよ!! まだ買わねえって!! なんだよ、このお勧めに表示されてる飛空石製神力エンジン内蔵型魔導車って?
えっと、飛空石製の小型魔導車。神力を充填し起動させると地上から約三十センチほど浮き上がり、後部の魔力ブースターと左右に設置された魔力アポジモーターを駆使し自在に動かす事が可能? 緊急時の急停止や急発進に対応。
最高時速は約千キロ。高性能な小型量子コンピューターとバイオコンピューターを各三基も積んでいるので、オートパイロットシステムに任せていても衝突予測などは問題ありません?
というか、これって元の世界のテクノロジーと比べても完璧にオーバーテクノロジーだろ? ……そうか、この世界には魔素や魔力があるから、この世界で安全に動かす場合はこんな車じゃないとだめって事か?
値段は五千万円……。まだ買わない。こんな物を買う必要もまだないしな。
「……ふぅ、もう少しでアツキサトだな。往復で十日くらいなのに割と長かった気がするぜ」
「見慣れた風景じゃな。この辺りまで来ると、戻ってきたという気にはなるの。戻ってきたのは良いのじゃが、白うさぎ亭じゃとソウマの料理を食べられぬのが残念なのじゃ」
駅宿舎で毎食俺の料理を食べていたヴィルナはその事に気が付いたらしく、家を買って俺に毎日料理を作らせようと考えているっぽい。ふつう逆じゃね? と、思わなくもないけど、ヴィルナの料理の腕はあまり期待できそうになかったからな……。刃物を使わずに切るのは得意っぽいけど。
「ようやくアツキサトに着いたのじゃ。町の規模は小さいが、やはりこの町に来ると帰ってきたという気なるの」
「まだ数ヶ月しか住んでないけど、俺も同じような感じだ」
停留所で高速馬車を下りて、討伐報酬を受け取る為に冒険者ギルドへ向かう。この道もなんだか久しぶりに歩くよな。
人の多い港町マッアサイアに比べると、やっぱりアツキサトは人通りが少ないというかはっきりと人口や賑わいに差がある。活気はないけど人の流れも穏やかだし、俺も割とのどかなこの雰囲気が嫌いって訳じゃない。
「このくらいの町の方が暮らしやすいのじゃ。特にわらわのような存在じゃとな」
「そういう事もあるか……。この平和で暢気な町の方が居心地もいいし」
ヴィルナが人じゃないって事は知ってるけど、正体がばれたら迫害される様な事なのか?
亜人種はいるっぽいし、別に敵対種族でないんだったら良いと思うんだけどね。
「町に戻ったのは良いのじゃが、ソウマの料理になれると白うさぎ亭や町の食堂の料理では物足りないのじゃ。家を買わぬか?」
「流石に家を買うのは早いと思うんだよな。ここを拠点に決めた訳じゃないし」
「なぜじゃ? 住むにはよい町じゃろう?」
「東の塩食いを倒したとはいえ、この町は四方を魔物に囲まれてたんだぞ? 孤立する可能性も高かったし、今だって魔物に襲われる可能性が高い」
特に南の竜と、西に出現した魔物が厄介だ。
今は襲われたりしていないけど、この町に姿を現す可能性は常にある。俺がどんな魔物にでも勝てる程の力があるんだったらいいけど、今の状態だと勝てない魔物の方が多いだろう。
「それはそうじゃが……」
「俺だってこの町に愛着はあるさ。でも、それで判断を誤りたくない」
「……そう言っておるが、その時になればソウマは真っ先にその魔物に向かっていきそうな気がするんじゃが」
「……否定しないけどね」
よくわかってんじゃん。俺も逃げるけど、まず先に逃がさないといけない人もいるだろ?
ヴィルナが一緒に戦うって言っても、最終的には先に逃げて貰うよ。絶対にね。
「冒険者ギルドに着いたのじゃ」
「家の話はまた後でだな。久しぶり……って、何だこの状況?」
冒険者ギルドの中は人であふれていた。というか、アツキサトにこんなに冒険者がいたのか? いつもここで飲んだくれてるメンツは別として、初めて見る奴もかなり多い。
「クライド、帰ってきたのか!! って、高速馬車なんて使ってる冒険者なんてお前だけだから、戻ってきたのがすぐ分かったぞ」
「おかえりなさい!! 今回の一件はアツキサト冒険者ギルド登録者の快挙ですよ!!」
「これで王都ででかい顔をしてる奴らに一泡吹かせられました!! 何が辺境の職員は大変ですね~だ!!」
出迎えてくれたのはルッツァたち。それに冒険者ギルドの職員も多数混ざってる。祝福の言葉の中に割と別方面への私怨も混ざってる気がするけどな。例の通信システムか何かで言われたのかは知らないけど……。
「おっかえり~♪ あの塩食いをどうやって倒したのさ? ねっ、ねぇっ♪」
「近い、近いって。企業秘密だ!! 手の内を明かせるか!!」
ダリアは平常運転だな。
流石にこのショートソードの秘密はまだ知られる訳にはいかないからな。X十七式小銃も相当ヤバい武器だけど……。
「まったくなのじゃ。わらわのソウマにあまり近付くでない。お主にはラウロがおるじゃろう」
「ああなっちまったダリアを止めるのは俺にゃ無理だって。好奇心旺盛というか……」
「すまんな。ダリア、俺も気にはなるが流石にその位にしとけよ」
「ちぇ~っ、ケッチンボ~」
いや、ケチンボとか言われても困るし……。手の内晒す冒険者がいると思ってるのか? 商人でも手の内は晒さないけどな。
「そんな事よりも討伐報酬の受取じゃの。そこの職員が待ちかねておるのじゃ」
「あ、すいません。すぐ行きます」
そりゃ大金出したままいつまでも放置されるのはつらいよな。流石にこの冒険者ギルドに持ち逃げする馬鹿はいないけど。
「討伐確認はマッアサイアの冒険者ギルドで済んでますので、賞金の受け渡しだけになります。これが賞金の百二十万シェル、金貨で十二枚です」
「百二十万シェル? 百万シェルじゃないのか?」
「領主様と商人ギルドからも追加報酬が出ていますので、二十万シェルほど増えました」
「いや……、程って額じゃねえだろ!! 二十万シェルって!!」
ラウロの突っ込みが入ったけど、俺もそう思う。でも、その二十万シェルって多分スティーブンが出してると思うぞ。領主経由だろうけどな。
「増えた分はありがたく頂戴しておくさ。ヴィルナ、半分の金貨六枚だ」
「うむ、確かに受け取ったのじゃ」
「あの額の報酬で分け前で揉めないってのもすげえぞ」
「クライドたちは夫婦みたいなものだし、結局どっちが受け取っても一緒だよ」
いや、まだ結婚してないから。結婚する前から俺が料理担当なのは変わらないみたいだけどね。
「冒険者の報酬は山分けって決めてるからな。報酬の額は最初から関係ないのさ」
「うっわ~。クライドも相手がヴィルナでよかったね。そんなお人好しだと、普通は呆れられるよ?」
「それがソウマじゃからな。もうだいぶ慣れたのじゃ」
「そんな事はどうでもいいじゃないか。今日はクライドが塩食いを討伐した記念だ。ここでぱぁっと打ち上げにしようぜ」
「おっ、いいな。イスが足りるか?」
今日に限って冒険者が多かったし、こうなる展開は読めてたんだろうな。
なお、打ち上げの提案の言い出しっぺはラウロの奴だが、金を出す気は欠片もなさそうだ。今回は流石に俺が出してやるけどさ。
「塩食い討伐の英雄に乾杯!!」
「「「「「かんぱ~い!!」」」」」
あっちこちでエールブクが飲まれ、出来上がった料理がテーブルに並べられていく。
そして別の意味で出来上がった奴らがあっちこちで羽目を外しまくっていた。ん? 冒険者ギルドの職員も混ざってないか? 今日は仕事にならないだろうし、もうあきらめたのかな?
なんだか心地いいし、こんな日もいいだろう。少なくとももう二度と、塩食いに襲われる人はいないんだから……。
読んでいただきましてありがとうございました。いつもブックマーク&誤字報告ありがとうございます。
この話で第二章が完結できました。感想、評価など頂けたら励みになります。