第四十九話 トゥカの村は酷いありさまだな……
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楽しんでいただければ幸いです。
塩食いに襲われたトゥカの村から約三百メートルほど離れた小さな丘に俺たちはいる。
約束通り今朝、冒険者ギルド前に高速馬車が用意してあったので、それを使って二時間ほどかけてこの場所まで駆けてきたわけだが。
「トゥカの村は酷いありさまだな……。塩化毒は人だけじゃなくて草や木も塩に変えるっぽいな。コスト的に見合わないのか、植物とかは人の多い場所しか塩化してないけど」
「ほう、ここからそこまで見えるのか? 興味深い魔道具じゃな」
「双眼鏡って道具さ。肝心の塩食いは、っと……。村の中央か……。クソ野郎が!!」
馬鹿でかい魔物がそこで人の形をした塩を貪っていた。俺は……それが何であるのか知っている。もう助からないと知っていても、その行為を見て心が騒めかない訳はない。
このまま村へ乗り込んでライジングブレイクを叩き込んでもいいんだけど、障害物の多い村の中だと倒した後の風の流れが読みにくい。
それにその後火を放つことを考えたら村から誘い出した方がいい。いいんだけど……、今すぐ奴のどてっぱらにライジングブレイクを叩き込んでやりたいっ!!
「落ち着くのじゃ。確かに鬼畜の所業ではあるのじゃが、強者が弱者を蹂躙できるのは自然の摂理でもあるのじゃ。仕方がないと言えぬ事も無い」
「人が魔物や獣を狩るのと同義……。確かに、俺達も剣猪や突撃駝鳥を狩っているし、その肉を食ってるからな」
それはそれといいたいところだけど、ヴィルナの正体も魔物かそれに近い何かであることは間違いない。人が魔物や獣を狩る姿にも言いたいことがあるんだろう。
人の姿でしか見た事が無いけれど、もしかしたら本当の姿の時に人に襲われている可能性もあるんだ。ヴィルナの過去に何があったか知らない以上、うかつな事は口にできない。
「そういう事じゃな。目の前で起こっておる事に憤るのはソウマの良い所じゃ。しかし今は心を落ち着かせてもう二度と犠牲者を出さぬよう、確実に此処であの魔物を葬り去るのじゃ」
「ありがとう、もう大丈夫さ。とりあえずここから百メートル離れた場所に大量の塩を積み上げる。奴が塩に変えた人を食いつくす方を優先するのか、それもとも俺の用意した塩に食いつくかは運次第だ」
「あの切り株の辺りかの? 目印としては丁度いいと思うのじゃが」
「そうだな。とりあえず俺が行ってくる。ヴィルナはここで待っててくれ」
この場所はそこまで高くない丘だ。下ってあの場所に塩を積んでくるのは難し事じゃない。商人ギルドと違って大量に積み上げればいいだけだしな。
「岩塩一キロ入りの業務用塩千キロだ!! 今回は調合して袋詰めしてないから馬鹿みたいな光景だぜ」
寿買で購入した四万千円分の塩、約千キロ。一応加工したほうが都合がいいので、今回は岩塩だけ少し混ぜている。
白い塩の小山が出来たというか、周りが真っ白になったけど、これ、後で塩害とか起きそうだけど大丈夫かな?
「大事の前の小事というか、奴を倒す為だ。目を瞑って貰うしかないよな」
塩を設置したら全力で丘の頂上を目指す。最近は割と健康的な生活をしてるから体が軽くなった気がする。自動車とかに頼らずに、走ってばかりだから? 健康的でいいのかもしれないけどな。
「塩は置いた。奴の動きは?」
「まだ動かぬようじゃな。じゃが、もうじき動き出すやも知れん」
「塩に変えた村人を食い尽くしちまったからか……」
犠牲者の数は約百人……。ゲームでも映像作品でもない、リアルでこれだけの犠牲者を出す魔物……。命を貪る化け物っ!! 絶対にここで倒す!!
「持久戦じゃな。奴が動かぬ限り、こちらから動くのは得策ではないのじゃ」
「そうだな。あの塩を食う間は村で塩を喰らっていた時の様に無防備になる筈」
「魔物にどのくらい知能があるかじゃな。いきなり出現した塩に警戒するかどうかじゃの」
奴の姿は前に見せて貰ったイラスト以上に魔怪種ナメギラスに酷似している。
酷似しているのだが大きさは五倍以上、その上奴の姿からは魔怪種の時にはあったはずの知能や知性を感じられない。どちらかといえば、よく似ている何かでしかない気はする。
「塩に変えた人を貪る時の無防備な姿といい、あいつに知能があるとは考えられないんだけどな」
「油断は禁物じゃぞ。獣という存在は狩りの時には別の姿を見せる事も多いのじゃ」
「普段遅いくせに捕食行動だけは高速な奴も多いしな。準備だけはしておくか……、無衝炎斬」
いつものショートソードを呼び出してみる。こいつがもう少し強化出来れば確実なんだが……。
【可能です】
できるのかよ!! で、どうすりゃいいんだ?
【一定量の氣をチャージするか、使い手が一定以上の氣を身に着けた場合に本来の性能が解放されます】
そういえば起動時に制限云々言ってた気がするな。もしかして、俺の氣って規定値に達してるのか?
【今後の成長に期待します】
だろうな。そう都合よくできちゃいないさ、世の中って奴はな。で、氣のチャージ方法は?
【宝石に氣をチャージしてください】
無い物をどうチャージしろと? ヴリル、ヴリルか……。ん? X十七式小銃の氣チャージ予備カートリッジ……。アレって中に詰まってるのって、氣だよな? いけるんじゃね?
【使用直前にチャージした場合、チャージ分だけ威力が向上します】
ビンゴ!! チャージ済みの氣チャージ予備カートリッジを寿買で追加購入。奴があの塩に食いついたら即チャージして、ライジングブレイクをフルバーストで叩き込んでやる!!
「ソウマ!! 魔物が動き始めたのじゃ!!」
「どっちへ行く? ……よし!! 塩の方に一直線だ!! 食いつけ、食いつけっ!!」
塩食いの動きは遅い。村から塩までの僅か二百メートルの距離を三十分以上かけて進み、そして俺の狙い通り塩を美味そうに食い始めた。
「準備は出来ておる。いつでも炎華菊と強風を使えるのじゃ」
「氣チャージ!!」
【氣チャージを開始します。……チャージ完了しました】
カートリッジ内の氣残量はゼロ。その代わり宝石部分が金色の光を放ってる。ナニコレ? やばい雰囲気がバリバリなんだけど。まあいい、あいつをぶち殺すにはこのくらい必要だろう。
「フルバ――――スト!! ひぃぃぃっさぁぁぁぁっ……」
雲一つない空から雷が生まれ、その雷が塩食いを直撃して動きを封じた。まだライジングブレイクを発動していないにもかかわらず拘束効果が発動した!! 確かにテレビではそういう展開だったけど……。まあいい、今はこのチャンスを生かさないと!!
「ラァァァァイジィィィング、ブレイクッ!!」
ショートソードを塩食い向けて振り抜くと刀身から三本の雷が空を走り、その雷が塩食いの身体を三度貫いた!! 身体を貫いた雷は塩食いを包み込み、そして半径二十メートルほどの範囲を巻き込みながら爆散!! 実際にあの光景を見ると凄まじいな……。っと、こうしてる場合じゃない!!
「決まった!! ヴィルナ!!」
「任せるのじゃ!! 炎華菊!!」
火の弾の魔法かと一瞬思ったが、着弾と同時に綺麗な炎の花を咲かせた。なるほど、炎の形が大菊によく似ているな。って、あの炎の範囲ホテルの部屋どころじゃないんだけど……。
「あの大量の塩も一緒に燃えてるのか……。奴の穢れた魂を清めてくれればいいんだけどな」
「どうやら塩化毒は一緒に燃えたようじゃ」
炎の中に蠢く物は無し。後はあの炎が消えるのを待つだけか……。あっけない戦いというか、ライジングブレイクを一撃放っただけの戦いだったけど、準備したことがキッチリはまってうまく行った結果だという事は理解してる。
確かに普通の人間にアレを倒すのは無理だろう。もう少しライジングブレイクの発動が遅ければ、あの拘束から抜け出しそうだったしな。
「今回は楽に退治できたけど、ナイトメアゴートの方は無理だろうな……。ライジングブレイクは一撃必殺ではあるけど、周りの針山羊を倒せないだろうし」
「塩の産地を一ヶ所取り戻したのじゃ。いち冒険者の功績としては十分じゃろう」
「だよな。さて、魔石を回収したら帰ろうぜ」
炎が風に吹かれて消え去り、焼けた塩と何かが煙をあげる地面に赤い魔石が三つ転がっていた。三つ? 多くないか?
「地面にでかい魔石が転がっておるぞ? 回収するのじゃ」
「火で炙ってるから冷まさないと火傷するぞ? 魔石って急速に冷やすと割れたりするかな?」
「大丈夫じゃ、魔石は多少の事で割れたりせぬ」
「それじゃあ、氷水で冷やすか? クラッシュ氷と水をステンレス製バケツに入れて。火バサミでつかんだ魔石をこのバケツの中に投入!!」
うわっ、バケツの中でめっちゃボコボコしてる!! これ素手で触ってたら大火傷だよ!! よくこれを思いついたな俺、以前キャンプで火傷した事は無駄じゃなかった!! バケツを六個用意して、中に氷水を入れて冷ますのを繰り返し、大丈夫そうになってからアイテムボックスに収納した。意外に面倒だったな。
「これで一件落着じゃな」
「ああ、これであいつに食われた人が成仏してくれればいいな」
塩田も取り戻せたけどそこで働いてた人は食われてるんだろうし、普通の塩田って割と熟練の技が必要だから、素人でも作業が割と簡単に覚えられる流下式塩田に切り替えるかもしれない。
そのあたりはあの人がうまくやってくれるだろう。
さあ、マッアサイアに帰ろうか。
読んでいただきましてありがとうございます。