第四十七話 久しぶりの潮の香……。海に来たって気がするな
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楽しんでいただければ幸いです。
世界への窓口、港町マッアサイア。沖合にでかい船が幾つも停泊してるし、桟橋にも小型や中型の船がたくさん係留されている。どうやらこの国はここを拠点として他の国と貿易をしているそうで、という事は、あのでかい船に砂糖とかが積まれているという事か? これだけ交易が盛んだとやっぱり人の出入りも激しくて、雰囲気的にはアツキサトよりも町の規模がでかい気がするぞ。
ちょっと小耳にはさんだんだが、やはり貿易で生み出される利益は莫大らしくて、塩の生産拠点である塩田以上に港の警備や維持に税金が使われているそうだ。というか、こんな重要拠点を男爵に任せてもいいのか? 普通国王が直轄地にするんじゃないの? 俺が気にする事じゃないかもしれないけど。
「んっ、久しぶりの潮の香……。海に来たって気がするな」
元の場所のイメージとしては沖縄とかそんな感じの南国? そこまで南下してないのにこの気候なのは、もしかしたら海流の影響なのかもしれない。婚前旅行じゃないけど、普通に旅行に来るにもいい場所かも知れないぜ。
ん~、潮風が堪らないな。ヴィルナはあまりいい顔をしていないが。
「潮臭いのじゃ、磯臭いのじゃ、このような風に当たっておっては髪が痛むのじゃ!!」
「そこまで言う事ないだろ。この町に滞在するのは数日だけさ。塩食いを倒せばそれで任務完了だし。後はある程度海産物を買ったらすぐにアツキサトに帰ろうぜ」
「絶対じゃぞ! 討伐にはいつ向かうのじゃ?」
「冒険者ギルドで情報を集めたらできるだけ早いうちに行く。少し前にも村がひとつ襲われてるそうだしな」
絶対に塩食いの行動範囲がどの位なのかと、今どのあたりに居るかって情報は必要だ。
これが分からないと作戦に支障が出るし、下手をしたら不意を突かれて食われる可能性まである。
「情報収集は大切じゃからな。わらわはこの町に来たのは初めてじゃし」
「これだけ広い町だと冒険者ギルドや商人ギルドを探すのも大変そうだ。港町だけあって人通りは多いし、露店の数も凄いな」
通りに並んでる屋台からは物凄く良い匂いがする。
そいえば魚醤があるって言ってたし、味付けも期待できるかもしれないな。
「そうじゃな。貝などを焼いておる店が多いようじゃ」
「焼かれてるのはサザエみたいな貝に、ハマグリみたいな貝か。ん? あそこ、海老を焼いてるじゃないか」
焼いてる海老は大型の車海老にみえるぞ。頭はわざと残してるんだろうけど、殻を剥いて背ワタを取って串にさして焼いてるみたいだ。
割と売れてるし、この辺りでも海老を食べてるじゃん。アツキサトとかあの辺りで食べられてなかっただけなのかな?
「そのようじゃな。この辺りではアレを食べておるのか」
「お? 海老を食べるのは初めてか? という事は他の町から来たんだな? この辺り以外で海老は食べないらしいから、みんな驚くんだよな~。見た目は悪いかもしれないけど旨いぞ~。ひと串一シェルだ」
「ひと串ずつください。はい二シェル」
「ほいよ。熱いから気をつけろよ」
受け取った串を一本ヴィルナに渡したら、迷うことなく噛り付いたんだけど……。先に天むすを食べて貰っててよかったな。
「このプリプリとした食感はよいな。身もやはり旨いのじゃ」
「ホントにおいしいよな。味付けもちょうどいいし」
最近のアツキサトと比べても塩味が少し強いな。やっぱりここだとまだ塩はそこまで高くないのか? んっ、焼いた新鮮な海老はこの歯ごたえがやっぱりいいな、当然古くなった海老みたいな臭みは欠片もない。
「旨いだろ? 多少は保存も効くんだが、売ってるのはせいぜいこの辺りの村だけだな」
「アツキサトでも買えればいいんですけどね。調理法次第でいろんな料理になりますし」
「お、兄ちゃんもこの辺りの出身か? それとも別の港町かな? この町は海鮮料理が名物だから楽しんでいってくれよ」
「ありがとうございます」
やっぱり海が近いと魚介類は旨いな。海老が食べられているとなると、ここでの食事は期待できそうだ。
「やけにうれしそうじゃな。海老が食われておる事がそこまで嬉しいものなのか?」
「俺の元いたところも海が近かったからな。海鮮料理とかは楽しみだよ」
海鮮料理を楽しむ前にやらなきゃいけない事も多いけど、冒険者ギルドで情報を集めてあいつを……、塩食いをぶったおすとかな。
「あそこが冒険者ギルドのようじゃが」
「ん? 何か様子がおかしいな。活気が無いというか、入り口まで誰の声も聞こえて来ないとか異常だ」
アツキサトの冒険者ギルドだと冒険者同士で割と喧嘩もしてるし、下手すりゃ少し離れた場所でもその喧嘩の声が聞こえてきたりするからな。
ここのギルドに登録してる冒険者がおとなしい? いや、この町には冒険者がいないだけかもしれない。
「……ほんとに誰もいない。この冒険者ギルドって廃墟なのか?」
「そのような事はない筈じゃ。ほれ、ちゃんと職員はおるようじゃ……」
「寝てんじゃん。はっきり言うが、あの寝方はちょっと疲れたから~って姿じゃなくて、ガチで寝に行ってるからな?」
冒険者ギルドの職員がいた。居たんだが……、寝てるといっても受付でうつぶせになっているレベルじゃなくて、その奥の床に柔らかそうなマットのような物を敷いて完全に寝ている状態だ。
仕事する気が無いだろ? こいつ。
「そこのお主、起きるのじゃ、起きんか!!」
「んぁぁぁっ? ここぉ……、冒険者ギルドですよぉ~。商人ギルドは反対の通りですしぃ、漁業ギルドは海岸通りですよぉ?」
ダメだこいつ。完全に冒険者ギルドには誰も来ないと思ってやがる。しかしその気持ちが分からなくはないぞ、この周り以外はホコリかぶってるし、食堂も開いてないみたいだしな。
数日だったらともかく、ひと月くらいこの状況が続けばどんなに真面目な奴でもこうなるだろう。いや、まじめな奴ほどこうなりやすいのかもしれない。此処がどの位この状態なのかは知らないけど。
「ここで情報を集めようと思ったけど、たぶん無理だな」
「そうじゃな、ここに情報が集まっておるとは思えんのじゃ」
さて、ここがダメだとすると何処に行く? 商人ギルドにも情報は入っているだろうけど、精度の高い情報があるのか?
「最低でも奴が……、塩食いが何処にいるのかと、その行動範囲を知る必要がある。ここ以外だと、何処かないか?」
「そうじゃな。商人ギルドがいいじゃろう。あそこも依頼の受付をしておるしの」
アツキサトでも冒険者ギルドほどじゃないけど、商人ギルドも依頼を受け付けているんだよな。かなりボられてるからまともに冒険者ギルドが運営されてたら利用する人はいないけどね。
「ちょっ!! ちょっと待って下さい!! 塩食いの討伐依頼を受けてくれたんですかぁ? えっとお名前を伺っても……」
「鞍井門だ。アツキサトの冒険者ギルドで討伐依頼を受けている」
「えっと冒険者カードを確認してもいいですかぁ? ……間違いありません、って、あなた冒険者になってまだ二ヶ月くらいじゃないですかぁ!! 剣猪と突撃駝鳥の討伐数は凄いですけど、塩食いの討伐なんて……。ん? ク・ラ・イ・ド? ってどこかで……ああぁっ!!」
ルッツァじゃないけど、やっぱりそう思うよな。自殺行為は止めるのも仕事なんだろうけど。っていうか最後の絶叫はなんだ?
「一応作戦はあるんだ。塩食いの正確な現在地と、行動範囲を教えて欲しいんだけど」
「先日、塩田の近くにあったトゥカの村を襲ったのが最後でぇ、今はそこで塩に変えた住人を食べていますぅ」
「心底最低な野郎だ!! ひとつ聞きたいんだけど、塩に変えられた人って生きてるの?」
こういったファンタジーな世界だと割と生きてる事もありそうだしな。可能性があるなら……。
「当然、死んでますよぉ。体を何かに変えられた場合ですけどぉ、石化や氷化も魔法的な方法でなければぁ、高確率でしんでますよぅ」
「そうなのか……」
酷い話だ。普通に考えたら死んでるだろうけど、こうなんというか、もっと希望があってもいいんじゃない?
「正確には死んだようなもの……じゃ。余程魂が強い者でなければ即死じゃろうし、間違ってはおらんぞ」
「生きてる場合もあるって事か」
「死んだと思った方がいいですよぉ。たとえどんな事件の犠牲者でもぉ、石化などの状態から元に戻す費用は実費ですしぃ、最低でも十万シェルはかかるんですよぉ」
経済的に死ぬって訳か。助けられるのに助けなかったって思うより、最初から死んだって思った方が諦めがつくって事? いろいろ救えない話だ。
「犠牲者を救うよりも、これ以上犠牲者を出さぬ事が大切じゃ」
「そう……だな。もう、奴に……、塩食いに誰も殺させない!! その、トゥカの村の場所は? ここから近いのか?」
「馬車で一日ですけどぉ……、討伐に行かれる場合は高速馬車で近くまで送れますよぉ」
「高速馬車の手配を頼む!! いつ向える? できるだけ早く……」
「焦っちゃダメです!! 人間、心に余裕が無いと、絶対に失敗しちゃいます。私もよく言われてたんですけどぉ、失敗できない時、そういう時こそ落ち着いて心に余裕を取り戻さないとだめですよぉ」
……この人の言う通りだ。俺は焦って、とんでもないミスを犯すところだったかもしれない。
「塩食いの情報をできるだけ詳しく。それと、どこかいい宿があったら教えてくれませんか?」
「はい、詳しい情報はこのカードに入っています。下の方に触れていただきますとぉ……、こんな形でいつでも何度でも確認できますよぉ」
「冒険者カードの技術の応用か。助かる」
「お勧めの宿はぁ、この先にある白イルカ亭って宿がおすすめですよぉ~。少し高いですけどぉ」
……どこかで聞いた事ある宿に似てない? もしかして姉妹店?
「そうそう、高速馬車は明日の朝、この冒険者ギルド前に用意しておきまぁすぅ。必ず来てくださいねぇ」
「何から何までありがとう」
決戦は明日。
今日は鋭気を養って、あす、確実に塩食いを倒す!!
絶対に……な。
読んでいただきましてありがとうございます。