第四十六話 銭湯とかはそんな感じだったな
連続投稿です。
楽しんでいただければ幸いです。
この世界に大衆浴場が普及しているとはいえ、規模の小さな駅宿舎には流石に風呂が無い。そりゃそうか、駅宿舎の多くは申し訳の宿泊施設がある程度だし、高速馬車が停まる駅宿舎ですら掘っ立て小屋の様な簡易宿があっただけだもんな。それ以外の駅宿舎はまあ、屋根のある停留所レベル? 馬車利用者の宿泊代はタダとはいえ、よくあれを駅宿舎と呼べるよな……、あそこで寝泊まりする位だったら馬車で寝てた方がましな気はする。
もう少し人の行き来が盛んだったら規模の大きな宿があると思ったんだけど、大規模な商隊になると逆に宿泊費用を惜しんで、自分たちで駅宿舎の近くに停まってそこでテントみたいなものを使うそうだ。馬車や高速馬車を使用していないと有料らしいので、流石にあの施設を利用して金を払うのは馬鹿らしいんだろう。
そんな事情もあって残念ながら昨日は風呂に入れなかったが、一応普通の町であるイサイジュには当然大衆浴場があるそうなので晩飯の後で向かう事にした。
馬車に座ってるだけとはいえ、何日も風呂に入れないのはきついし、やっぱり快適とはいいがたいよな。何か移動手段を考える? 多分寿買で探せばこの世界でも使える移動手段が幾つも見つかる気がするし……。
【移動手段をお探しですか?】
まだ探してねえよ!! 寿買で探すと、絶対とんでも移動手段用意してくるだろ? 空飛ぶ車とか、合体とか変形とかしそうな車とか!!
【ご希望通りの商品の在庫があります!! 今ですとタイムサービスで……】
やっぱりあるのか、とんでも移動手段……。買わないよ? 少なくとも今は買う事は無い。でも、一瞬だけキャンピングカーもいいかなって思ったけど、絶対普通じゃないのが出てくるだろうしな。
そんな事よりも、風呂風呂~っと♪ ん? ヴィルナの視線が気になるんだけど……。
「二日ぶりの風呂がずいぶんうれしそうじゃの。大衆浴場といってもそこまで期待せん方がよいのじゃ。温泉という風呂がある街も存在しておるそうじゃが、この辺りでは聞いた事も無いのじゃ」
「へぇ、温泉もあるのか。って、やっぱりこの辺りの風呂はお察しレベル?」
まあこの規模の町にでかい入浴施設があったら逆に驚くところだ。というか、やっぱりこの世界にも温泉もあるのか、温泉の情報が入ったらそこに行くのもいいかもな。
塩食いの一件が片付いたら、少しくらい羽を伸ばしても文句は言われないだろう。
「この町の大衆浴場は少なくとも、白うさぎ亭の半分以下の規模じゃろうな。以前も言ったが、毎日風呂に入る者などそうはおらんのじゃ。そういった事情もあって、こういった小さな町の大衆浴場は町の宿屋や飯屋の近くにあるのじゃ。冒険者や馬車利用者の方が大衆浴場を使う可能性が高いという事じゃな。とはいえ、町の者も利用するのでこんな場所にあるのじゃ」
「銭湯とかはそんな感じだったな。でも入浴料は変わらないんだろ?」
「安い町じゃと五十ビタ程度で入れたりするそうではあるの。ある程度町がでかくなると規模次第じゃな」
普通の銭湯とスパ銭の差みたいなものか? この世界の大衆浴場は白うさぎ亭の風呂以外を知らないから気にはなるな。
「治安の悪い町では着替えや荷物を持ち去る不心得者も出るのじゃ。わらわたちには関係ない事ではあるがの」
「確かにな。でも、冒険者ギルドの周りよりはまだ平和そうだぞ?」
いかにも悪人って奴は見当たらないしな。あの冒険者ギルド周辺にいる奴らでもチンピラとかはあまりいないが。
話してたらあっという間に大衆浴場に着いた。確かにかなり小さいな……。えっと、町人五十ビタ、その他二シェルか。これだけ小さい町だったら全員顔見知りだろうし、間違える事は無いんだろうな。
「ここじゃな。それではまた後での」
「ああ」
一緒によく風呂に行くので、この辺りも慣れたもんだよな。なんかこういうのっていいよね。
「ここがこの町の風呂か……」
狭い? 客も少ないけど、脱衣所も浴槽も割と狭い感じだ。建物の規模からしたらこの狭さは異常なレベル……、そうか、女湯が広いのか!! そういえばこの男湯の大きさって建物の四分の一くらいしかないぞ。
「やっぱり女性客の方が多いのか? そうなるとこの造りは納得だけどな」
「女湯の方が広いのは当然だ、どこの大衆浴場でもそうだろう?」
「誰だ?」
「食堂であんたとたまたま顔を合わせただけの男さ。俺の名はクーパー、デイビット商会の頭をしてる者だ」
割と派手に料理を作ったからかなり目を引いてる筈だしな。あの突き刺さるような視線の中で、いつもと変わらない食べっぷりだったヴィルナの胆力も相当なものだ。
あの状況から食堂にいた何人かは俺たちの顔を覚えていても不思議じゃない。しかし、こいつが商会の会長? 意外と若そうなのに? こちらも名乗っておくか。
「俺は鞍井門。冒険者で商人でもある」
俺の場合、本業が冒険者なのか商人なのかは微妙だよな。稼いでるのは商人だけど、活動期間が長いのはどっちかというと冒険者だし。
「へぇ冒険者で商人か……、ん? クライド? まさか、あの噂の?」
「どんな噂かは知らないけど、俺は何処にでもいる普通の冒険者さ」
「何処にでもいる冒険者がニドメック商会を潰せるか!! ああ、あの食堂であれだけの料理をこさえてた理由が納得できた。そりゃあんただったらあれだけの物を作れる金があるだろうぜ」
「まあそこそこ稼いでるからな」
材料の出所は寿買だし、この世界であれだけの材料を集めるのは困難かもしれないけどね。牛肉があるのかどうかは知らないし、今までの感じからするとこの辺りにはいなさそうなんだよな~。
唐揚げにした鶏に関しては肉が突撃駝鳥や剣猪でも旨いと思う。あの時の反応からいえば、あれだけの油を使うのは相当贅沢らしいけどね。
「塩をあれだけ売ってそこそこか? 忠告しといてやるが、あまり塩や砂糖で派手に稼ぐとグレートアーク商会に目を付けられるぞ」
「あそことはそこそこ仲良くやってるよ。で、その塩の事で聞きたいんだけど、塩食いはまだ討伐されてないのか?」
「あんた、グレートアーク商会とも繋がってたのか!! 見かけ以上にとんでもねえ野郎だったんだな。塩食いはまだ討伐されちゃいないぜ。先日も前の塩田近くの村が襲われた。百人程いた村人は殆ど食われちまったって話さ」
「……またどこかの村が壊滅したのか、まったく酷い話だ。やっぱり放置しとけないよな」
俺の決断が遅かった? いや、これ以上早く動き出すのは無理だったはず。でも、これ以上誰かを奴に食わせる訳にはいかない。
「放置しとけないって、おい。まさかあんた」
「俺は商人の前に冒険者なんでな。塩食いは俺が倒す!!」
「馬鹿か!! あんただったら商人で稼いでいれば一生安泰だろ? なんでそんな真似を? 塩食いと戦うなんて、死にに行くようなもんだぞ?」
「人を塩に変えて喰らう魔物を放置できないだろ? これ以上誰かが食われるのを、黙って見過ごす訳にはいかない」
勝算が無いならまだしも、俺の手には十分すぎるほどの武器がある。ただ一撃、これを当てればもうだれも悲しまないで済むんだ。
「はははっ。いや、もしあんたがよけりゃ、うちの商会に来ないかって誘おうと思ってたんだが……、無理だった。グレートアーク商会ともつながりがあるみたいだし、あんたは俺の手には余る」
「俺はどこかの商会に入る事は無いぞ。ある程度地盤が固まったら自分で旗揚げするさ」
俺を引き入れた商会が暴走して滅亡する未来しか見えないもんな。
割と商品を絞ってる俺でさえ、自分を見失わない程度に抑えるのに苦労してるっていうのに。
「その時はうちの商会をよろしくな。商人ギルドに登録してマッアサイアで手に入れた交易品を扱ってる普通の商会だ」
「デイビット商会のクーパーか。その時はよろしくな」
普通の商会か。
デイビット商会がどんな規模の商会かは気になるが、アツキサトに戻ってから調べればいいだろう。
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