第三十九話 それでいつもここで飲んでたのか。単にサボってるのかと思ったぜ
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平和だ……。採集依頼は山ほどあるけど、討伐依頼なんて期限なしのいつもの剣猪の討伐しかありゃしない。平和なのは良い事だ。でも、暇すぎると冒険者ってなんなんだろうなって思う時はある。ちょうど今みたいなときにはな!!
街道を騒がせていた突撃駝鳥は大幅に数を減らして住み家である荒野に戻り、ここから数ヶ月は繁殖活動に励んでいるそうだ。食糧として重宝される肉や様々な素材になる皮が必要だから狩り尽くすのは推奨されてないらしく、繁殖地を潰すのは厳禁という事らしい。
で、いなくなった突撃駝鳥の代わりに、剣猪の討伐依頼や買取は常に行われているけど……。
「あの依頼まで俺達やお前がやっちまったら、他の冒険者が困るだろ? 奴らにも生活がある、譲れる依頼は譲ってやってもいいだろう? 剣猪の数だって限りがあるんだ」
「それでいつもここで飲んでたのか。単にサボってるのかと思ったぜ」
「依頼が無い時はこんなものさ。数年はここで飲んだくれる位は貯めこんでるしな。剣猪が増える時期は適当に間引かなきゃいけないんだが、今年はお前らがいたから楽が出来たぜ。おっ、これ旨いな……。あ、こっちにエールブクひとつ」
俺が頼んだ大皿の肉串盛りから一本持って行ったのはラウロ。まあ、初めから誰でも食べられるように結構な量を頼んでるから問題はないけど。この皿の肉串もヴィルナが半分以上食べてるし……。
冒険者ギルドの食堂というか、酒場は他より安いんだよな、やっぱり冒険者から直接買い取った額で肉が出せるからなんだろう。そこは他にはない強みだよな。酒も安くて、冒険者ギルドでもエールブクが一シェルだけど、白うさぎ亭の食堂とはコップのデカさが違う。あっちは普通のコップだが、ここは居酒屋のピッチャーサイズだ。
そりゃ、暇な奴はここで飲んだくれるよな……、って、ルッツァやラウロだけじゃなくて、ダリアやミランダも結構飲むんだよ。驚いたぜ。
「ぷはぁっ!! ホント……。ヴィルナはいい人つかまえたよね!! でもクライドってなんで冒険者してるの? もう働く必要なんてないよね?」
「ソウマは気高き者じゃからな。いくら金を持っておっても、見知らぬ誰かの為に剣を振うに決まっておる」
いや、その説明はあってるけど、なんだか恥ずかしいな。
「いやまあ、確かに俺は商人でも稼いでるけどさ、冒険者でなければできない事もあるだろ?」
「確かに……。商人としてあれだけ成功してるのに、冒険者としても凄腕なのは間違いないしな。神様にでも愛されてるんじゃないか?」
「わらわと出会えたのじゃ。それはもう神に愛されておるのじゃろう」
「まっさか~、あはははははっ」
ふっっざけんなぁぁっ!! 神様に愛されてたら、こんな世界に飛ばされてねえよっ!!
そりゃ、今の俺に言わせればこの世界が嫌いって訳でもないし、元の世界に絶対に帰りたいって事も無い。見逃してた特撮シリーズとかも寿買アーカイブで観れるし、他の世界の作品まで観れるとあっちゃ、元の世界に戻るメリットの方が少ない位だしな。
……もしかして俺って神様に愛されてたのか? ひっじょ~に迷惑な形ではあるけどもっ!! でもまあ。
「ヴィルナと逢えた事は幸運だと思ってるよ。正直、俺一人だといろいろ暴走してた可能性はあるしな」
「と……当然なのじゃ!!」
「うっわぁぁ~……、バカップルがいるよ。あ~、付き合い始めた頃のリーダーとミランダみてるみたいだ~」
「あったな……、あの頃のリーダーの浮かれようはもっと凄かった気がするけどよ。こう……、後ろから蹴りたくなるようだった気がするぞ」
「わっかる~♪ あの時だったら後ろから魔法誤射しても許されたよ~。ホント」
いや、俺とヴィルナはそこまでバカップルって事はない。清く~とは言わないけど、公衆の面前でそんなにいちゃついていない筈。
「俺は双翼の指輪をいきなり買うクライドほどじゃねえよ。貴族と大商会の頭クラス以外で相手にいきなりそれ贈る奴なんて初めて見たぞ。普通は結婚して十年位経ってから相手に贈れるかどうかって代物だ」
「私もまだ貰ってませんよ、あなた。今すぐとは言いませんから、そのうちお願いしますね」
「クソ、藪蛇だったか。という訳で、その指輪を相手に贈るのは付き合っている男全員の夢というか目標だ。贈られる方も夢見てるらしい」
ミランダは微笑んでるけど、割とプレッシャーだよな、アレ。ルッツァの奴も冒険者稼業で十分稼いでるだろうに……。
まあ、そうはいっても高いからな、これ。冒険者の収入も割といいと思うけど、普通の冒険者ってそこまで稼げてないみたいだし……。セットで三万シェル、確かに婚約指輪並みの価格か?
「冒険者だけで稼ぐのはきつそうだよな……。割りの良さそうな依頼なんてないし」
「ナイトメアゴートと塩食いの討伐依頼は成功すりゃ一生安泰だぞ。まあ、人生がそこで終わっちまう可能性の方が高いけどよ」
「ホントよね~。あのクラスの魔物が相手だと、私の魔法なんて牽制にもならないよ。食われるか塩に変えられるか……。まあ、塩に変えられた所で、後で食べられちゃう運命は変わんないけど」
「それでも王都周辺の都市から応援が来ない額なんだよな? 幾らなんだ?」
まあ、幾つものパーティが合同で狩ろうとするくらいだから十万シェル位かな? それでも一千万円、分けりゃ微々たる額?
「塩田の塩が無くなったんだろう。餓えた塩食いに村が幾つか襲われたっていう先日の一件で、ついに百万シェルの大台に乗ったぞ。冒険者ギルド、商人ギルド、それに領主様からも討伐報酬が出てるらしい」
「百万シェル!! その額でも誰も受けようとしないのか?」
「塩食いにゃ生半可な攻撃は意味がねえ。超が付くほどの高火力が必要な上に、塩化のリスクまであるからな。矢なんてつま楊枝刺すような程度だろうし、どんなにガッチガチに装備で固めても前衛職は役に立たねえ。魔法使いだけのパーティでもそこまで高火力の魔法が使える奴なんて……な」
「魔法学校の首席クラス? それも実戦経験が豊富なって条件付き。こんな辺境にそんな人を呼ぶんだったら、あと五倍くらい必要かな?」
五億って……、そこまで出さなきゃ来ないのかよ……。って、ここってそんな辺境なのか?
「ナイトメアゴートの方はどうなんだ? あっちは塩化みたいに厄介な特殊能力は無いんだろ?」
「無数にいる針山羊が厄介だな。それにナイトメアゴートの瞳にはその名の通り悪夢を見せる力がある。最凶の悪夢で心を砕いた後、生きたまま食い殺すそうだ」
「生きて帰った奴らが幸運だった訳か。で、そいつらは?」
「冒険者をやめてどこかほかの国に逃げたらしい。誰でもそうなるだろうな」
目の前で仲間が生きたまま喰われりゃそうなるか……。というか、この世界の魔物って容赦ないのな。依頼の失敗って食われたり殺される話ばかりだぞ。この間のガキどもも三人やられちまったし……。
「あいつらを何とかするには、強くなるしかないのか……」
「お前は今でも十分に強いんじゃないか? あれだけ突撃駝鳥や剣猪を狩れる冒険者なんてなかなかいないぞ? しかもそんな軽装で」
「それっ!! わたしも一度聞きたかったんだよ~。何やったらあんな感じに倒せるわけ? クライドって魔法使いじゃないよね? というか魔法使えないよね? ね?」
近付いてきてそこまで念を押すなっての、この酔っぱらい。ヴィルナの顔が怖いだろ!!
それに失礼な、俺はちゃんと魔法が使えるぞ。ライター程度の火だけどな。……胸を張って自慢できるレベルじゃないか。
「魔法を今覚えておる最中じゃな。ソウマはそのうち魔法も使えるようになるじゃろ」
「へぇ……、その歳から魔法覚えようなんてちょっと尊敬しちゃう……。……という事は、あの攻撃痕は何なのさ? 以前クライドが持ち込んだ突撃駝鳥、見た事も無いような傷跡が残ってたよね?」
「企業秘密だ。流石に手のうちまでは教えられないな……」
あのトイガンも右手の指輪のショートソードもまだヴィルナ以外には知られていない筈だ。
俺を襲った時に右手の剣の秘密を知ってる例の三人組は、既に三途の川の向こう側って話だ……。流石にこういった世界って処刑に躊躇が無いよな……。
「クライドの言う通りだ、ダリア。パーティメンバーでもない俺たちに話せる訳がないだろう」
「ちぇ~。だって気になるじゃない。魔法使いじゃないクライドがさ、そんな装備で何をどうやったら突撃駝鳥や剣猪を倒せる訳? あの装備だとルッツァだって正面から戦えないでしょ?」
「確かにそうだ。今は正面から戦うほど若くはねえが、もう十年若けりゃ正面からやりあえたぞ? ただ、装備に関してはガッチガチに固めるけどな」
「魔物とはいえ、獣相手に正面から挑む必要は無かろう。今のソウマであれば、今の装備でも正面から一撃であろうが」
あのショートソードの必殺スキルである衝撃波の連続使用は五回程度、ライジングブレイクは連続三回まで……。
X十七式小銃は攻撃力高いけど、あれは一撃とは違うぞ。チャージモードの場合は一撃なんだろうけど。
「その軽装で正面から一撃か……。確かに興味はあるが」
「絶対に、企業秘密だ。一緒に討伐依頼でもすりゃ見る機会はあるだろうけど、そんな依頼なんてありゃしないだろ?」
「まあ、最近は平和だからな」
街道で開催されてた突撃駝鳥の迷惑運動会や、新人冒険者三人が剣猪に殺される事件はあったが、どっちも日常茶飯事らしい。
平和ってなんだろう? 今この瞬間も、まだ平和の範疇に入るんだろうな。
塩食いやナイトメアゴートが暴れまわっていても……。
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