第三十七話 流石に仕入れルートは話せませんけどね
新章十一話目。
楽しんでいただければ幸いです。
この日の朝。もう会う事は無いんじゃないかと思ってた人が白うさぎ亭を訪ねてきた。グレートアーク商会のスティーブンとリリアーナだ。仲良くしておいた方がいい相手だし、こっちから敵対する理由も特にないしな。
「突然すまない。いや、いろんな話を聞いたもんでな。で、何の事かわかるか?」
「塩ですよね? 岩塩の産地とマッアサイアがあんな状況なのに、この町だけ塩の供給が途絶えてませんし。というか、むしろこの町から塩が流れてますよね?」
「流石だな。というか、流石に俺は前回用意した塩で全部だと思ってたが、何処からあの量の塩を用意した? 全部で七万キロ近い塩だろう? 個人でどうにか出来る量じゃねえぞ」
まあ、そりゃそうだろうな。約七万キロ……七十トンの塩なんて普通は集めようと思っても集められるもんじゃないしな。
しかし、その情報を持ってるって事は……。彼女かな?
「流石に仕入れルートは話せませんけどね。パルミラが何処まで話したのかは知りませんが」
「……気が付いてやがったか? という事は他もか?」
「冒険者ギルドの職員のニコレッタもですよね? 他にも何人も潜り込ませているとは思っていますよ。別に他言する気はないですけど」
あの塩、合計七万キロ近くという数字は商人ギルドの人間でもミケルかダニエラくらいしか知らない。あとは塩を直接倉庫に収める指示を出したパルミラ位だしね。
今から考えると俺が冒険者ギルドに登録した後、その情報をパルミラに流したのがニコレッタだったんだろう。情報の共有でもしてなけりゃこの世界ではありえない事だ。
「この短期間でよくそこまで気が付いたもんだな。俺が動いたからってのもあるんだろうが」
「そうですね。それも大きいと思いますよ。そんな事より、塩の方で相談したいことはあります。この国でほかに塩の産地とかないんですか? この男爵領ができる前はマッアサイアの塩田が無い可能性がありますし、ほかに存在していないとおかしいですよね」
「あの塩田ができる前は岩塩が主力だったのさ。今は岩塩の方も魔物に占拠されちまってるしな。その岩塩の採掘先は北方にもうひとつだけあるぜ。しかしまあ、そこも問題ありでな。そこで採れた岩塩は王都やその周辺の地方都市に優先的に供給されるから、こっちに塩を供給する事はねえだろう」
それで商人ギルドは俺にあの量の塩を持ってないかと伺ってきた訳か。本当に六万キロ用意してくるとは思っていなかったのかもしれないけど……。
「完全に詰んでないですか? 今はまだその兆候が無いですけど、マッアサイアの塩田が再生しない限り、塩の値段はこの先上がり続けますよ?」
「お前が供給した塩が命綱だろうな。あれだけの量の塩があれば、この男爵領は最低でも半年もつ。その先はお前次第だろうが……」
「その確認ですか? 確かに塩はまだあります。ただ、それが正しいとは欠片も思ってません。ひとりの人間に男爵領の塩を託すなんて狂気の沙汰です」
「その通りだ。ま、ふつうこの状況だったら塩を独占してこの男爵領を裏から支配する事すら可能なんだが、そうしないのはなぜだ?」
できるよ。その気になればできるんだけど。まったく、笑えない冗談だよな。
「ニドメックの二番煎じですか? 小物過ぎて笑えないですよね。この状況すらいいと思わないのに、この状況を永続する気はないですよ?」
「まったく、何処までも器のでけぇ野郎だ。持ってた塩の量よりも、お前みたいな男がその歳まで野に眠ってた事の方がよっぽど驚きだぞ」
この歳まで別世界に居たから当然なんだけどな。
おそらく俺はこの世界の人間とは感覚がかなり違う。それに知識なんかにも相当に差があるはず。王都はどうかは知らないけど、学校もないようなこんな町だと特にな。
「色々ありましてね。で、相談なんですが、マッアサイアの塩食いを倒せそうな人に心当たりはありませんか? 岩塩の採掘場よりあそこを何とかしたほうがいい気がしますので……。こんなことは俺じゃなくて、領主が考えなきゃいけないんでしょうけど」
「その通りさ。しかしあいつは一応倒そうと動いて、その一度で数百人の冒険者を失ったからな。もう二度と同じ過ちは繰り返さねえだろう。倒せそうな奴に心当たりはあるが、奴はしばらくほかの国を旅してるって言ってたからな……。この国には当分帰ってこない」
「王都の冒険者でも無理ですか?」
「王都というよりも、周辺の都市の方が強い冒険者は多いな。王都にいるのは頭でっかちな魔法使いと、装備だけはいい家を継げない貴族の三男坊以下だけだ」
「その人たちには依頼できないですかね? もちろん強い方の冒険者で」
「奴らでも流石に塩食いは手に余る。あのレベルの魔物を相手にできるのは、ほんの一握りの奴だけだ」
本気でこの世界って強力な魔物が一匹でも出現したらどうにもならないんだな。
この人がこういうって事は、ホントにお手上げ状態なんだろう。これだけ被害が出てるんだ、何とかできるんだったらすでに何とかしてると思うしな。
「となると、別ベクトルの塩の入手方法が必要ですね……。現在の塩田よりも効率よく大量に入手できるような……」
「そんな手があるのか?」
「問題は塩の利権をだれがどんな形で持っているかですね。販売は問題ないみたいですので、生産の方が特に問題ですかね?」
「塩の生産はここの領主であるカロンドロが握っている。俺も一枚噛んでるから、そのあたりは問題がねえぞ」
ま、そうだろうな。最初から全然無関係だとは思ってないぞ。
この人と領主が利権もってるんだったら問題ないか。ライブラリーの資料を漁ってと……。あるある、この方法だったら効率が段違いだろう。紙とボールペンをアイテムボックスから出してっと……。
「従来の塩田とは別に、流下式塩田という方法があります。こう……、こんな形で塩を作るんですが……、この方法はもう使われていますか?」
「いや。こんな方法は初めて見るぜ。なるほど、これなら新しく作った塩田を改良して切り替えれば、塩の生産効率が上がりそうだな」
「とりあえずあの魔物を退治するまで、塩の生産力を上げる方法で解決できないかと思いまして……。その塩田も襲われた場合、もう打つ手はありませんが」
「そりゃそうだが……、この方式、幾らで使わせて貰える?」
特許使用料みたいなものか? 俺が考えた訳じゃないけど、俺がこの世界に持ち込んだんだからって事だろうな。
「実際にどの位の利益が出るかわかりませんし、一年位稼働させてその後での話ですね。その間は無料で」
「これがうまく行きゃお前の塩が売れなくなるのに、一年もタダって何考えてるんだ? 普通じゃねえぞ」
「塩が無い事につけこんでの商売は流石にどうかなって思いましてね。それにこれはもともと俺の考えた物じゃありませんし」
「売れる時に売れる場所にいない奴が間抜けなのさ。ったく、お前はほんとに人が好いというか、懐のでけぇ奴だな」
なるほど。同じ知識を持っていても、売る時と場が揃っていないと商売にならない。
この状況下に俺がここに居たのは幸運だったのかもしれないけど、だからといって濡れ手に粟のぼろ儲けはダメだ。そんな稼ぎ方してると、やがてそれは確実に俺の心を蝕む。
「もし塩が生産されるようになっても、俺の売る塩はある程度は売れ続けると思いますよ。品質には自信がありますんで」
「大きく出やがったな。……二ヶ月だ。二ヶ月も稼働させりゃ生産力が分かる。その生産量から割合で使用料を支払おう。その代わり、この技術は他に流さない契約だ」
「分かりました、それではその時にまた話し合いませんか?」
「よし、それでいく。リリ、すぐに契約書を作成しろ」
「分かりました少しだけお待ちください」
秘書というか副頭取の女性がものすごい速度で契約書を作り上げていく。すげぇ、俺書類仕事大っ嫌いだからその手際ってめちゃめちゃ感心するぞ。
「お待たせしました」
「流石だ。お前もこれでいいな?」
「……はい。では、この契約で」
契約書におかしな一文はないし、上から下までド素人にも分かるように簡潔に纏めてある。ホントあの短時間でこれ作れるって感心するよね。まあ、こっちが一年タダでいいって言ってるのを二ヶ月に切ってきた位だし、こんな事で男を下げる真似はしないだろう。
「お前が世に出るまでにうちの商会に引き込めなかった事は大失敗だ。その気がありゃいつでも訪ねてきな。そんな事はねえだろうけど」
「そうですね。本格的に旗揚げをする時は一声かけますよ」
「おう、それじゃあな」
これで塩問題はある程度解決するだろうな。
でも、根本的な原因である塩食いを倒さない限り、塩問題は完全に解決しない。あと、岩塩の方のナイトメアゴートもね。
「あの男も相当なツワモノじゃぞ。わらわでも勝てるか怪しいほどじゃ」
「そんなになのか? ……謎が多い人だよ」
敵対する日は来ないと思うけど、先の事は分からないしな。
敵対しない事を祈るだけだ。
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