第三十三話 やっぱり魔物って厄介なんだな
新章七話になります。
楽しんでいただければ幸いです。
商人ギルドでは他国からの輸入って結論になったけど、塩の件はやっぱり居座ってる魔物を何とかするしかない気はする。他国から塩を買ってて仲のいいうちは問題ないだろうけど、国同士で何かあった時に塩を止められたらすぐに干上がるぞ。
塩田を占拠しているマッアサイアの塩食いって魔物を討伐するか、岩塩を食いまくってるナイトメアゴートって山羊の魔物を討伐するかだな……。どっちも積極的には相手にしたくない魔物だけど。
「やっぱり魔物って厄介なんだな。各地に一匹出ただけでこれだけでかい被害が出るなんて思いもしなかったよ」
「この辺りの冒険者の質が低いのも原因のひとつじゃな。そもそもこの辺りは五十年ほど前まで大きな町は存在していなかったと聞いておる。その話ではこの辺りは広大な森林のど真ん中にある、本当に小さな草原だったはずなのじゃ」
「五十年位前にあの領主がこの辺境に飛ばされたって事か。そしてその平原に町を作ってここまで開拓したと……。材木は困らないだろうし、結果的に塩の産地が二ヶ所あったのは幸運だったんだろうけど」
森のど真ん中だったら家の材料には困らないだろうしね。ああ、それで森の一部がそこそこ綺麗に整備されてたのか。で、そのまま林業が主力産業となって今に至る? 割と活発な林業はまだいい方と考えられるけど、他の産業はまだ完全に軌道に乗ってないのか?
そもそもこの町の特産品はいったい何なんだ? ひと月以上もこの町にいる割に名産品とか特産品の話は聞いた事が無い気がする。
「……もしかして、あのべっこう飴を特産品として他の町に売ってる? いまだに注文が来るのはいくらなんでも多すぎると思ってたんだよな」
塩だけじゃなくてべっこう飴の注文も増え続けているのは流石に怪しいよな。この町の金持ちや貴族連中が買ってるにしては量が多すぎる。この町以外にも王都とか地方都市辺りだったら幾らでも金持ちがいるだろうしな、下手をすると他国にまで流してる可能性まであるぞ。
「この町の特産品は、木彫り細工と家具じゃな。木造建築技術も他よりは優れておると聞くのじゃ」
「ゼロからこの町を作れるんだ。そりゃ建築技術は高いんだろうけど……」
「後は街の西の方に広大な穀倉地帯を持つ事かの? 森を開墾して三十年かけて作り上げたと聞いておるのじゃ」
やっぱり色々詳しいんじゃないかヴィルナ先生。
その情報をどこの誰から仕入れたのかは気になるけど、冒険者をしていたんだったらその時に仕入れた情報なのかもしれないか。
「ここの領主、塩の産地を二ヶ所と穀倉地帯を持ってるのか……。辺境って言っても割と恵まれた領地だったんだな」
塩の産地に魔物さえ出て来なかったら、領地経営は楽勝だっただろうに。ああ、あとは水問題か。魚が売ってないって事はやっぱり近くに湖や川は……、穀倉地帯があるのに、湖や川が近場に無い? それはちょっとおかしいぞ。
「なあ、ヴィルナ。この町の人って魚とか食べないのか? あと海老とか貝」
「マッアサイアでは魚や貝は食べておると聞いたな。この町ではあまり食べられてはおらんようじゃ。海老……、という食べ物は聞いた事も無いのじゃが……」
「この世界には海老がいないのか? こんな形で髭があって一対の鋏とたくさんの足を持つ生き物なんだけど……」
うわ、ヴィルナが露骨にひいた顔してるよ……。そんなにあれな内容だったか?
「もしかしてあの水におる虫の事を言っておるのか? ここが王都から遠く離れた辺境といっても、流石に虫は食わんのじゃ」
「ちょっと待て、海老は虫とは別物だぞ!! 海老を食わないって事はもしかして蟹も食わないのか? こう……」
「器用に手で再現するでない!! その二匹は縦長か横長かの違いであろう? 食う筈がないのじゃ!!」
マジか? そういえばウニも食わない国は多かった筈。蟹や海老は……割と食べてる国もあると思うんだけどね。
でも蟹とか海老だぞ? ちゃんと調理したらものすごく美味しいのに。……ああそうか!! 塩だ!! 下処理で使う臭み取りの塩が高いから、この辺りだと海老とかは敬遠されて食べられなかったのかもしれない。海からも遠いんだろうし、その点もマイナス要素か。勿体ない。
そういえばパンもおいしくなかったのは塩や砂糖が高いからだろうしな……。最近は少しマシになってきてるけど。
「そのうち俺が料理してみるから、騙されたと思って食べてみないか? 海老も蟹もおいしいんだぞ」
「……ソウマはゲテモノ食いなのじゃ。ま、美味しいというのであれば、ひと口位であれば付き合ってやってもよい気はするの」
初めて食べるものってそんな感じなんだろうからな。
異世界に飛ばされて知らない食材でもバクバク食える俺が……っていうか、日本人は美味しけりゃ割と何でも食べる気はするんだけどね。
さて、この後はどうするかな?
「なあヴィルナ。たまには南と東以外のエリアを歩いてみないか? あそこに何があるかまだ知らなくてな」
「そうじゃな。西の工業地帯は材木問屋などがあるだけじゃが、北エリアはいろんな店があるじゃろう」
「生活に必要な場所しか行かないってのは面白くないしな。せっかくだし今日はこのままいろいろ見て回るか」
デートじゃないけどな。いや、……これってもしかしてデートになるのか? そもそもこの世界にデートとかの概念があるのか?
「こうして誰かと何の目的も持たずに町の散策など……。んん? もしかしてわらわは初めてかもしれんな」
「そうだったんだ。それじゃあ、目一杯楽しもうぜ!!」
働くわけじゃないんだし工業地帯は行っても仕方ないか。となると北側の商業地区かな? なんだかデートっぽくていいぞ。
「この辺りが商業地区か……。小さなスーパーというかデパートっぽい作りなのか?」
「そうじゃな。中央に近いほど高級な店になっておるようじゃ。スーパーやデパートが何かは知らんが」
歩いてみて分かったけど、この町の中心部……、一番最初に開拓を始めたと思われる場所に領主であるカランドロ男爵の屋敷があり、その周りに親戚や縁者の貴族の家が立ち並んでいるっぽい。
その地区内だけは道路も石で綺麗に舗装されており、一般的に貴族街と呼ばれているらしい。らしいというのは俺が直接見に行ったわけじゃないからなんだよな。っていうかルッツァの奴は何であそこまで詳しかったんだか……。
「あの店は飾り物の店か……。ちょっと覗いてみないか?」
「ちょっと待つのじゃ!! あの店は高級店じゃぞ?」
「後学の為に一度は行ってみるのもいい事さ。さ、行くぞ」
「なっ!! ソ…ソウマっ!!」
ヴィルナの手を握って目標の店に突入!! ……白うさぎ亭も異常な造りだと思ってたけど、この店もちょっと異常というか、殆どの商品が硝子のショーケースの中に入っていた。これ硝子だよな? スライム板にしちゃ透明度が高いし……。
「いらっしゃいませ。当商会は高級店ですので、お客様ですと……」
「ああすいません。少し見させてもらえればと思ったんですが……。どうしました?」
一見様お断りという事は無いんだろうけど、あまり金を持っていない一般人は歓迎してないみたいだな。
それだけここが高級店なんだろうけど……、って、俺を見て何か考えてるみたいなんだけど? なんだ?
「その装い……、もしかしてお客様はクライド様ですか?」
「はい、そうですけど、どこかでお会いしましたか?」
「いえ! 先ほどは失礼しました。クライド様でしたら奥の商品などもご覧になってください」
うわ、露骨に態度が変わった!! もしかしてこの辺りの商会とかにも俺の事が知られてたりするの? ネットとかない筈だし、人の顔や情報なんてそんなに知れ渡るはずは無いんだけど、もしかしてそっちも何か特殊な魔道具とか存在したりするんだろうか?
う~ん、今の反応だと顔というよりは俺のこの格好が知られてるみたいだな。貴族とまではいかなくても、商人ギルドにあれだけ塩を卸したって事はそれなりに金を持ってるって事だし、金持ち認定されてるのかもしれない。
見せてくれるというんだったら、遠慮しなくてもいいよね。
「いろんな宝石に銀細工、意匠はどれも凄いな」
この世界の宝石が元の世界のものと同じかはわからないけど、やっぱりこのカラフルな宝石って心惹かれるものがあるよな。指輪とかのデザインもシンプルな物から技巧を凝らした凄いのまであるし。基本的にはこの世界に伝わってる幻獣とか妖精っぽいのが多い感じ?
「そうじゃな。あの指輪の宝石はナイトメアプリンセスと呼ばれるものじゃ。片翼のデザインじゃし、そういった目的のものじゃな」
「確かに全体的に翼みたいなデザインだ。片翼って事は隣の指輪とセットなのか?」
「お目が高い!! この双翼の指輪はあの有名な神話【創造の種と一対の翼】がモチーフでして、恋人同士にはお勧めの一品なんですよ」
創造の種と一対の翼? なにそれ? 俺はこの世界の神話って知らないんだけど。
「対とする宝石、ナイトメアプリンセスとガーディアンナイト。太古の神の呪いで背中に片翼しか持たぬ種族のつがいが手を取り合って世界を巡り、様々な試練を乗り越えて大海原に奇跡の木の種を落とし、緑豊かな楽園を創造したという神話じゃな。女はナイトメアプリンセスと呼ばれておって、その女を目的の場所まで無事に護り抜いた男をガーディアンナイトと讃えておるのじゃ」
「どんなに苦しい状況でも相手を信頼し合った二人の物語は根強い人気でして、指輪の他にも銀製の彫像など様々な作品が作り続けられているんですよ」
対の指輪に対の彫像か……。
指輪の方はどっちかっていうと婚約指輪? いや、もう少しライトにペアリングって感じなのかな? ペアリング位だったらヴィルナにプレゼントしても問題ないかな?
「あの、指輪の方はいくらくらいですか?」
「はい、セットで三万シェルになります。指輪のサイズは各種揃っておりますので、ぴったりのサイズを提供いたします」
指輪のサイズって多いもんな。そういえばどの指に付けるんだろ? 右手の中指にはあのショートソードの指輪があるし、左手の薬指は流石にまずいし……。
「その指輪って、どの指に付けるものなんですか?」
「お勧めは右手の薬指ですね。ご結婚される場合は左手の中指にはめるのが人気ですよ。これも創造の種と一対の翼のエピソードが元になっていまして……」
物語の終盤でヒロインと主人公の少年を繋ぎ止めたエピソードが元で、エンディングでもその指輪で永遠の愛を誓い合ったんだそうだ……。って、店員さんの話がめっちゃ長っ……。他の店員さんは笑いながら普通に店で仕事してるし……、止めてくれてもいいじゃん。
「それじゃあ右手の薬指で」
「待つのじゃ!! ソウマ、意味が分かっていっておるのか?」
「ペアリングは嫌だった? 俺はヴィルナとだったらいいと思ってるんだけどな」
「なななななっ!! 何を言うのじゃ!! わらわとてソウマとのペアリングはやぶさかではないが、他の指輪であればまだしも、右手の薬指に双翼の指輪じゃぞ!! そなたもわらわの指のサイズを測るのはやめるのじゃぁぁぁぁっ!!」
嫌がりながらも採寸は終わり、それぞれの指に片翼をあしらった指輪がはめられた。うん、まあいい感じじゃないか?
「大切にするのじゃ……」
「ありがとうございました~♪ おっしあわせに~♪」
最後の店員のセリフが気になったけど、このペアリングってかなり意味があるのか?
この日、といっていいのか、白うさぎ亭に帰った直後から翌日の朝日が昇るまで、ヴィルナが俺を解放する事は無かった。
そして傷薬もいくつか減った……。噛み傷、意外に痛いよね……。
読んでいただきましてありがとうございます。