第三十二話 流石にその量の塩をいきなり用意できないかって言われても
新章第六話になります。
楽しんでいただければ幸いです。
「いや……、流石にその量の塩をいきなり用意できないかって言われても」
「クライドさんだけが頼りなんです。あの一件以来なんですがいろんな場所で塩の需要が高まってまして、今のままでは割と短期間で塩が売り切れてしまいます」
商人ギルドに着いた途端、ギルマス案件の部屋に案内された俺はミケルから割と無理難題を押し付けられていた。それは商人ギルドがなんとかする案件じゃないのか? というか生命線の塩が俺頼みって相当問題だぞ?
「しかしいきなり前回の十倍の塩を用意して欲しいと言われましても。六万キロ……、ニ十キロの袋で三千袋ですよ?」
「六万キロの塩があれば、この先数ヶ月は何とか塩を売り続けられるんです。それにクライドさんの卸してくださる塩はとても好評で、特に貴族の方々はあの塩でないと……」
ああ、グルタミン酸ナトリウム入りの塩だし、普通の塩とは旨味が段違いだよな。いくらミネラルが多い塩って言っても、旨味成分まで増える訳じゃないし。旨味調味料ってあれは本当に世紀の発明品だと思う。
というか、もしかして商人ギルドは貴族連中相手にあの塩を高値で売って利益を貪ってたりしてないか? この町の人口って確か三万人くらいだろ? ニドメックから徴発した塩や俺が今まで売った分に加えて一人二キロの塩は結構な量だぞ?
……少しかまをかけてみるか。
「それだけの塩ってこの町だけで捌けるんですか? このまま売り続けても一年分以上の塩ですよね?」
「砂入りとはいえ塩を安く供給できたことで、需要も高まっていますので……。新しく作り直したマッアサイアの塩田は規模が小さいうえにうまく行ってないみたいでしてね。他にも売り先はありますので問題はありませんよ?」
「北のオウダウや西のアガナヤにまで販路を拡大したい……と?」
やっぱりどこかに売ってたみたいだな、こんちくしょう。ニドメックの塩と俺が今までに卸した量の塩があれば、常識の範囲で売れた場合、最低でもあと半年くらいは売り続けられるはずだ。売り先がこの町だけだったらな。
「いや、まあ。どこも塩は不足しているものでして……。領主のカロンドロ男爵様は領内の塩の供給を安定させるように、商人ギルドにも塩を確保するように要請しておられるんですよ」
問題はマッアサイアがカロンドロ男爵領であるかどうかだ……。あの時はニドメック商会を潰す目的があって塩に手を出したけど、塩の利権はいつの時代でも血生臭いものだしな。
「領内……、カロンドロ男爵領ってどのあたりまでなんです? あと、他の町はこの周りにどのくらいあるんですか?」
「領内最大の町……と、今はいいがたいのが事実ですが、領都はこのアツキサトです。他の町らしい町といえば北のオウダウや西のアガナヤ、男爵領の東端、最大の人口を誇る港町マッアサイアやその中間にあるイサイジュくらいですね。この辺りは割と辺境ですので、領主のいない土地の方が多いのも事実ですが」
「なるほど、イサイジュやオウダウまでどの位で行けますか?」
「普通の馬車ですと七日位ですかね。魔道具で強化した高速馬車ですとどちらも二日で着きます。駅舎というか、寝泊まりする宿屋くらいはありますので道中はそこまで苦労しないと思いますよ。まあ、座り心地とか寝心地は悪いですけど……。もしかして他の町に直接商いに行かれるおつもりですか?」
人口三万人程度のこのアツキサトが領都って言われると、流石にこれ以上錆びれた町に拠点を移す事は無いけど、領外に出るとなると話は別だな……。港町も悪くないけど、物騒な魔物がいるのが問題か。
ある程度この世界の状況を理解したら、別の貴族領へ移住するって手も一応考えておかないといけないな。居住に関してはヴィルナ次第ではあるんだけどね。
「いえ、この状況を何とかする為にはどちらにしても岩塩の採掘場に居座る魔物か、塩田を荒らしている魔物を退治するしかないでしょう? その現場を直接確認したいと思っただけです」
「岩塩の採掘場ですと、途中の駅舎で降りて半日ほどの距離ですね。ただ、今まで何度も冒険者ギルドに依頼は出しているのですが、いまだに討伐が成功したという報告はありません」
ルッツァの奴が止めてるんだろうしな。
幾つものパーティが討伐に向かって二人しか戻ってこなかったって相当だぞ?
「岩塩の方の噂は聞いてるんですが、塩田の方はどんな状況なんですか?」
「マッアサイアは港町ですので冒険者ギルドに登録している人も割と多かったんですが、一時期登録者の数が十人くらいまで激減しましたね。登録してた冒険者はほぼ全員、あの塩食いに塩に変えられた挙句食われました」
なにそれ? 塩田の塩だけじゃなくて、人も塩に変えて食う奴? というか、この世界ってそんな物騒な能力持った魔物が普通に存在してるの? ん? 人を塩に変える魔物? 何か引っかかるな……。昔何処かで聞いた事のあるフレーズだ。
「人を塩に変える魔物なんですか?」
「塩食いはウミウシのような姿の魔物なのですが、人を塩に変える毒を持っていまして、その毒を注入された冒険者は十分ほどで身体が塩に変わるそうですよ。その後、塩食いは塩像に変わった冒険者を頭から齧って食いつくしてるんだとか」
「それは……塩田放棄してでも逃げますね……。というか、新しく塩田が出来たらそこも襲われませんか?」
「今の所そういう報告は聞いてませんよ。ただまあ、塩食いを倒さない限り、この辺境一帯の塩事情は改善されないでしょうね」
岩塩の魔物の方がまだマシか? いやまて、そっちも何かあるかもしれない。
「岩塩の方のナイトメアゴートを退治できたとして、岩塩の採掘ってまだ出来そうなんですか? どんな魔物なのかも気にはなってるんですが」
「今までの採取場所は粗方食い尽くされていると思いますが、探せばまだどこかにあるかもしれませんね。元々の埋蔵量の予測はあの辺り一帯とか言われてましたし」
「ナイトメアゴートは体長五メートルを超える巨大な山羊の魔物じゃ。あの辺りは魔物の巣なんじゃが、そこに住む針山羊が魔石を飲み込んだんじゃなかろうか? 断言はできぬがな」
「世間一般ではそう言われていますね。岩塩の採掘場所周辺に無数に生息する針山羊も厄介なんですが、その群れを率いているのがナイトメアゴートでして、塩が好物なのでその……」
人間にも塩分含まれてるしな。魔物だから塩に変えなくても人間を食うんだろうね……。
「そっちの討伐も難しそうですね。この町の冒険者が無理でも、王都などに腕利きの冒険者はいないんですか?」
「商人ギルド持ちとはいえ、旅費などが高すぎますし時間がかかりすぎますからね。わざわざこんな辺境まで依頼を受けに来る、奇特な方はなかなかいませんよ」
まあそうだよな。
王都からこの辺りまでどのくらいかかるか知らないけど、往復にかかる時間と見合うだけの報酬が支払えるとは思えない。
この辺りに何か用事でもない限りね……。
「そうなると、外部からの討伐部隊は期待できそうにありませんね。領主様の兵はダメですか?」
「人と戦う為の兵ですからね。街道に出てくる程度の魔物でしたら何とかなりますが……」
「まあ無理じゃろうな、噂で聞いただけじゃが、あれは人の手には余る魔物じゃ。相当な実力を持つ冒険者にしか討伐できまい」
「でもそうなると、この領内の塩ってそのうち……」
「今よりも高くなりますが、西方の他国から買うしかないかもしれませんな。都合の良い事にここは辺境、戦略上何の価値の無い土地ですし、価格次第で十分に交渉可能です」
他から入手可能だったらそれまでの間は何とかしてやるか? 俺がこの世界に来てなかったら、どうするつもりだったんだろうな……。
「それではその交渉がまとまるまではある程度の量を卸しましょう。探してみますが、六万キロは無いかもしれませんよ?」
「はい、手に入るだけの量で構いませんので……」
宿に帰ったら、寿買で塩を探すしかないな。六万キロだと三億円分の塩か……。
さて、どの位用意できるかわからないけど、用意でき次第此処に持ち込んでみるしかないよな。
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