第三十話 何かいるな……。またか?
新章第四話になります。
楽しんでいただければ幸いです。
俺がその視線に気が付いたのは、白うさぎ亭を出てすぐの事だった。まあ、あれだけあからさまに尾行してくれば、はじめてお使いに行く子供だって気が付くってもんだ。
「何かいるな……。またか?」
「そうじゃな……、ソウマは塩の一件でこの手の輩に心当たりは多かろ?」
「まあな。ニドメック商会とつるんで甘い汁を吸ってたやつらも、結構巻き添えで潰れたからな……」
あの件で倒産もしくは取り潰しにあった商会はニドメック商会だけじゃない。違法と知りながらニドメック商会と取引していたその下部商会もそうだし、共謀とまではいかなかったけど、同じように塩を買い占めて値上がりを狙っていた悪徳商人も一緒に処罰されている。他にもニドメック商会が雇っていたごろつきどもなど枚挙にいとまがない。
その手の連中はあの一件でまとめて路頭に迷い、中には指名手配されてその首に賞金を懸けられた者すらいる。その殆どは既に衛兵や冒険者に捕まっているか、既に町から逃げ出しているんだけど、俺や商人ギルドに仕返しをする為に幾人かはいまだに町のどこかに潜伏していたりもするんだよな。夏場のゴキブリかよ。
その執念を真面目に商売する事に向けてりゃ今頃は成功してただろうに。
「どうするのじゃ? どうせ賞金首なのじゃ、何人か殺せば奴らも力の差が分かるのではないじゃろうか?」
「却下だ。あいつらを殺しても罪には問われないけど、できるだけ生かして捕らえたい。俺が甘いだけかもしれないんだけどな……」
「ほんに甘い事じゃな。まあソウマならばそう言うと思っておった」
今まで何度か襲われたけど、町中でそこまで武装してる奴はいなかったし捕まえるのは割と楽だった。魔法を使いそうな奴がいなかったのは、この辺りは魔法使いがあまりいないのが原因なんだそうだ。……この町には魔法学校も無いしな。
「そこの路地を曲がって、人通りの少ない路地裏に行くぞ。あそこは衛兵の詰め所からも近いし」
「いつも通りに気絶させて引き渡しじゃな。わらわたちから言わせれば向こうから銀貨が歩いてくるような物じゃ」
ニドメック商会の一件以降、いくつかの空き家を改造して衛兵の詰め所が設置された。町の治安維持と領主の威光を町の住人にひろめるのが目的らしいけど、そのおかげでこの手の騒動に巻き込まれた時に対処しやすくなったんだよな。
「くそっ、逃げ足の速い野郎だ!!」
「その角を右」
「わぁってるよ!!」
よし、うまい事ついてきたな……。というか、尾行でそんなに声出すなよ!!
当然ヴィルナもその声に気が付いたので、路地を利用してそいつらを誘き出してみたんだが……。
「なんだお前らか。ニドメック商会はもうないのに何の用だ?」
誰かと思えば、白うさぎ亭に押しかけてきたあの時のチンピラだ。
「お前のおかげで俺たちゃお尋ねもんだよ!! この数週間、どれだけ苦労したかその身体にたっぷりと教えてやる!!」
「お前襲う。殺して金奪う。その金でこの町出ていく」
「馬鹿野郎、俺たちの完璧な計画をばらすんじゃねえ!! まあ、そういう事だ」
俺を倒すのが前提条件って厳しくないか? 前回あれだけ一方的にやられてる相手にその作戦のどのあたりが完璧なのか聞きたいところだぜ。
悪いけど、こいつらが何人いようが……って、あれ? 四人組になってる? 一人増えたのか?
「チンピラ三人組が四人組にパワーアップか? ……そいつ何処かで、ああっ!!」
思い出した!! 増えたひとりって商人ギルドに登録に行った時にヤバい目をしてた毛皮の転売ヤーだ。あの時より服はボロボロで、碌に食ってないのかガリガリにやせ細ってるんだけど……。
「ああ? 俺の事を知ってるのか? お前も商人ギルドに登録してるんだろ? ははっ、馬鹿な奴だな奴らを信用してると、いずれ俺みてえに全部持ってかれてこうなるぞ」
あの時に倉庫で見た毛皮はやっぱりこいつから差し押さえた物だったか。
売るのをもう少し我慢してりゃ、毛皮を服とかに仕立てる時期になって少しくらいは値上がりしたかもしれないのにな。
「相場を読む以前にあんたは大きなミスをしてる。寒くなり始めて毛皮を仕入れてどうする? その毛皮を外套なんかの商品に加工する時間を考えると、寒くなる前に仕入れるのが一番いいと思わなかったのか?」
「そういえば、俺が仕入れた時にやけに喜ばれたのは……」
「暖冬のせいもあるんだろうけど、確実に売れ残る毛皮を引き取ってくれたからだろうな」
この世界の加工技術がどれくらいかは知らないけど、冬になってから冬物を仕立てる馬鹿はいないだろ? 元の世界だったら笑い話にしかならない気がするぜ。家電でも夏になってエアコンの製造を開始したり、冬になってストーブを作り始めるメーカーなんて存在しないのと同じだ。
「俺は、……馬鹿だったのか? 毛皮を仕入れる時期すら考えない程の……」
「そんな事はどうでもいいんだよ!! おい!! そいつをぶっ殺すぞ」
「お前にもちゃんと分け前をやる……。だからあいつ殺そうぜ」
「隣の女は後のお楽しみのようだ……。くっくっく」
あの毛皮転売ヤーは悪い意味で純粋というか、元はお人好しな奴だったのかもしれないな。ちょっと同情するぜ。
「ヴィルナ。あの三人組は一度思いっきり痛い目に合わせた方がよさそうだ」
「念を押されるまでもないのじゃ」
ヴィルナの目が最初の頃よりも研ぎ澄まされているというか、野生全開の危険な色に染まってる気がする。まあ、あとでお楽しみとか言われたら、そりゃ殺意のひとつくらい沸くだろうしな。
「もし向かってきても、おまけの男だけは手加減してやれ。後の三人は死なない程度でいい」
「なめるな!! 今は素手じゃないんだぜ!!」
懐から出したのはドス……じゃなくて、大型ナイフ? ああ、元の世界でも喧嘩に刃物出す馬鹿が結構いたよな。誰一人として強い奴はいなかったけど。
こいつも俺が素手なのに対して自分はナイフを持つという優位を過信し、ただ一直線に何の策もなく向かってくるだけだ。
「無衝炎斬!!」
「なっ!! こいつ何処から剣を!! ぎゃぁあぁぁっ!!」
「人に刃物を向ける馬鹿は、斬られる痛みを覚えるんだな!!」
大型ナイフを持った腕を少し浅めに斬ると赤い血が腕を流れ落ちて地面に真っ赤な染みを広げた。この町の道路は基本何の舗装もされていないし、後で土でも被せれば済むだろう。
「くそっ!! このままでっ!!」
傷を押さえて縦でナイフを拾い上げてもう一度斬りかかってきたので、もう片方の手も切ってトドメに腹に蹴りを入れておいた。意外にしぶとかったが、この一撃で気絶したみたいだな。ようやくおとなしくなったぜ。
「腕斬られてまだ飛びかかってくる元気があったのか……、丈夫な奴だ。キッチリ腹蹴っとかないとダメなんてな」
「こっちも片付いたのじゃ。で、もう一人のそ奴はどうするのかの」
「とりあえずそこの詰め所に行って衛兵を何人か連れてきてくれるか? 他の三人は気絶してるし、もう逃げる事も無いだろう」
「分かったのじゃ」
ヴィルナの足だったら衛兵を呼んでくるまでに十分もかからないだろう。その前にやる事を済ませないとな。
「で、あんたはどうする?」
「ち…ちくしょう。俺は商人にも悪人にもなれない半端者だ。もういいさ、こいつらと一緒に捕まえて衛兵に突き出してくれ」
毛皮の転売ヤーは地面に座り込み、両手を揃えて前に突き出してきた。半端者には違いないが、根っからの悪人って訳じゃなさそうだし……。
「おい。あんたはこの町で露店を開くのに、いくらくらい必要か知ってるか?」
「なんだよいきなり……。登録料が十シェル、簡易屋台の貸し出しが月に五十シェル、後は何を売るか次第だな。あんた結構稼いでるらしいけど露店でも始めるのか?」
「冒険者稼業もやってるからそんな暇はもうないな。ここに大銀貨が三枚ある、これをあんたに渡すからあるモノを売って欲しいんだ」
男に大銀貨を三枚手渡すと、それを何度も見て困惑している。大銀貨三枚ってこの世界で三千シェル。日本円にして三十万だし、自分が今しがた襲っていた相手にいきなり渡されたらそりゃ反応に困るだろうけどね。これだけあれば物価のそこそこ安いこの世界だったらしばらく生きていけるだろう。
「俺に売れる物なんて何もないぞ。もう、住む場所すら……」
「あんたはこいつらと違って指名手配されてない、まだやり直せるさ。売って欲しいのはあんたが未来で得る信頼、それを今、俺に売ってくれないか?」
はじめは俺が何を言っているのかわからなかったみたいだが急に顔つきが変わった。言葉の意味を理解してくれたみたいだな。
「こんな俺を……、あんたは信じてくれるのか? もう……、誰も、俺なんて信じてくれなかったのに」
「露店商から再出発すりゃいいさ。真面目に商売を続けりゃ、俺が買った未来のあんたの信頼も相当なものになるだろう」
「そんな……、俺なんて……、こんな俺を……、あ…ありがとうございます。俺、今度こそ、っ……」
男泣きって奴か、銀貨を握りしめて体を震わせていた。一時の欲に駆られて間抜けな毛皮の買い占めなんてやってたみたいだが、根は真面目な奴だったんだろうよ。
「衛兵が来る前に向こうの道から逃げるんだ。それじゃあ、またな」
「あのっ!! 俺はブランって言います。あなたの名は……」
「俺は鞍井門だ」
「クライドさん。ありがとうございます。このご恩は生涯忘れません!!」
衛兵が来る反対側の道を抜け、そのまま大通りへと消えていった。ヴィルナが衛兵を連れてきたのはその直後だったが、多分あの男が逃げきれるようにタイミングを合わせてくれたんだろう。
「まったく大甘じゃな。あの男、また失敗したらどうするのじゃ?」
「その時はその時だよ、俺はあのブランがもう一度立ち直る力を貸してやっただけ、それ以上の事は望んじゃいないしさ」
「お人好しにもほどがあるわ」
そういいながらも、ヴィルナは笑っていた。情けは人の為ならずというが、今の俺の状況だとあの男位は助けられるんだし、そう再々でなければたまにはいいだろ。
さてと、衛兵にあの三人組は引き渡したし、今度こそ冒険者ギルドにでも向かうかな。
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