第二十九話 絶対一人で食えるサイズじゃないだろ?
新章第三話。
楽しんでいただければ幸いです。
夕食はいつも通りに白うさぎ亭の食堂で済ませる事にした。
今日は少しおそかったので割と多くの客でにぎわっているけど、これが普通の客の入りなんだろう。ほぼ全員食堂だけの利用で、宿泊客は殆どいないけどな。
「いらっしゃいませ~。本日のお勧めは突撃駝鳥料理ですよ~!!」
「冒険者ギルドに納品したあの鳥が、早速市場に出回っておるな……。おおっ、煮込み料理もあるようじゃ」
「あれだけ筋肉質の鳥でも、長時間煮込んだら案外おいしいかもな……。ちょっと待てよ、メニューにしれっと並んでる突撃駝鳥のモモ焼きとか、絶対一人で食えるサイズじゃないだろ? あの馬鹿でかい鳥の片足で三十シェルか……。何キロくらいあるんだろうな?」
何キロどころの話じゃない気がするが、俺たちだけでも突撃駝鳥を五十羽以上狩ってるから、かなりの量の肉が放出された事は間違いない。こんな扱いをされる位にはね。
この世界の冷蔵技術がどのレベルかは知らないが、あまり日持ちするとは思えないんだけどね。って、別の客がモモ焼き頼みやがった!! チャレンジャーか!!
「はい。突撃駝鳥のモモ焼きですね~♪ 焼き上がるのに三十分くらいかかりますがよろしいですか?」
「あのクラスのモモが三十分で焼き上がるのか……。どれだけでかいオーブンがあるんだ?」
「先に蒸してあとは軽く焼くだけにしておるんじゃろうな。そうでなければ、かなり高性能な魔道調理器でもあるんじゃろ。アレがあれば余裕じゃろうて」
なるほどね。そっち系も魔道具で相当進んでる訳か。もしかすると冷蔵庫なんかもあるかもしれないな。
「まあいいや。俺は突撃駝鳥の串焼きとパン。後は鳥スープにしとくかな。あと壺ワインね」
「わらわは煮込み料理と串焼きとパンじゃ」
「ありがとうございます。十三シェルと十シェルで~す」
壺ワイン分を出してる俺が十三シェルでヴィルナ注文分が十シェルだ。飲み物のワインは二人で分けるからいいけど、それぞれが注文分を支払う形にしたので、別々で会計を済ませた。これくらい俺が払ってもいいのに。
テーブルに運ばれてきた料理を食べてると、少し離れたテーブルに焼き上がった問題のメニューが運ばれてきた。ああ、マジであのサイズなんだ……。
「なんだこのサイズ!! テーブルを占領してるじゃないか」
「突撃駝鳥のモモですからこのサイズですよ~」
「マジか!! 臨時収入があったんで高そうなの頼んだんだけど……、よし!! 食ってやる!! お前らも頼むぞ!!」
「しょうがねえなぁ……」
仲間と思われる男が四人集まり、五人で突撃駝鳥のモモ焼きに挑んでいた。まああれだ、あのサイズの肉なんてアニメとかで誇張された絵でしか見た事ないんだけど、食えるのか? 熊じゃあるまいし。
「完食に五シェル」
「揃って撃沈に五シェル」
他の客が賭けの対象にしてやがるな。まあ、俺でも賭けるんだったら撃沈の方かな?
「食えると思うか?」
「奴らが黒色鮮血熊でもない限り無理じゃな。本来のサイズよりもかなり削られておるが……」
そうだよな。モモという割に丸々じゃなくてかなり肉が削られて小さくされている。まあ、アレを本気で丸ごと出されたら、完食するのに最低でも十人くらい必要になりそうだし……。
「お客さ~ん、もう飲み物が無いですね~? エールブクやライトブクはいかがですか~?」
「それじゃあエールブクひとつ」
「こっちはライトブクだ!! この結果は見届けねえと……。まあ、どんなに頑張っても撃沈だろうがな」
「ちくしょう!! ぜってえ食い切ってやる!!」
完全に見世物小屋と化した食堂で五人の男の挑戦は続いたが、一時間ほどで決着がついた。バイトのウエイトレスのお姉さんも煽りまくってついでに周りのテーブルで酒の注文集めてるのは流石だ。というか出てくる酒を見てたんだけど、エールブクがビールっぽい酒でライトブクってのがチューハイっぽい酒だった。
試しにエールブクを頼んだんだけど、ちょっと濃いめのビールって感じだな。割とイケるし今度からこれを頼むか……。
「すまん……」
「無念……」
惜しい、あと二割程度だったんだけど……。まあ、人間の胃袋だと流石にアレが限界だろう、というかよくあそこまで食いきったよな。
「残念でしたね、あ、もしよろしければ持ち帰りますか?」
「お願いしま…す」
あれだけ食ってまだ持って帰るのか? いや、流石に俺だったらしばらく見たくなくなるレベルだけどね。
なんか、こういうのも結構楽しくていいよな。この世界だと娯楽が少ないんだろうから、いい息抜きになるし。酒類もかなり売れてたからホント店としちゃ大喜びの突発イベントだろう。
◇◇◇
白うさぎ亭の食堂で楽しい夕食を済ませた後、アイテムボックスを起動させて寿買ライブラリープレミアムで薬の調合レシピが無いか調べてみた。
無料期間がもうすぐきれそうなので、正規加入したがこれも年会費が五千円か……。まあ、確かにその価値はあるんだけどね。
「こういう時は頭の中で操作するより、やっぱり見て探した方が早い気がするんだよな……。簡単な調合はもう頭の中でできるんだけど……」
薬じゃないけど、材料の少なくて商品になりそうなものは実は割と調合している。
米を粉にした米粉。これはかなり粒が小さくないと美味しくないので、同じレベルの米粉はこの世界では再現不可能だろう。普及するまでかなりかかりそうだし、この辺りで米を売っていない時点で売り物になるかはお察しレベルだけど……。
もち米から角餅と丸餅を作ってみたし、柿を購入して干し柿に加工したりもしている。まあこの手の実験商品がアイテムボックス内には無数にあるんだけど、売り出す日が来るのかどうかは不明だ。
「また手を動かしておるという事は、何か探しておるのか? あの桃が見つかった時はまた欲しいのじゃが」
「ああ、ちょっとな。……了解、桃が見つかったら確保しておくよ」
もう十分に信用してるとはいえ、ヴィルナにも寿買の事はあまり詳しく教えていない。というか俺もこのアイテムボックスの機能をまだ完全に理解してる訳じゃないんだけどね。
今まで何度か買うって口にした事はあるけど、正確にはアイテムボックスで買っているではなく、膨大なアイテムの中から探しているって事にしているんだよな。当然チャージしている場面は見せていないし普通の人にはあの画面を認識できないんだから疑われようもない。それに金は普段もアイテムボックスに保管しているから怪しまれてはいないみたいだ。
「それは楽しみなのじゃ。ではわらわは隣の部屋で少し寝てるとするかの」
「……風呂に行く時には声をかけるぞ」
「もちろんなのじゃ」
シャンプーやらコンディショナーやらを買ってやってからというもの、ヴィルナは自分から進んで風呂に行くようになった。少し心配だったけど、転売ではなく譲渡なので問題ないみたいだな。譲渡なんかはヴィルナがアレを誰かに売ったりしないと信じてるからできる行為だ。
アレをした日は当然終わった後にも行くし、冒険者ギルドでの報酬を半分渡しているから自前のシェルを使って一人で風呂に行っている事すらあるほどだ。やっぱりああいう面を見ると中身が竜でも女性なんだなと痛感させられる。
「なんて検索するかな……。やっぱりエリクサー?」
【検索結果:エリクサーの作成に必要な材料が不足しています】
おお、作れるのか!! って、材料不足? という事は、天下の寿買でも扱ってない材料がある訳か……。いったい何が不足してるんだろう?
【エリクサー作成に必要な素材:青治癒草、赤治癒草、虎牙蔓の棘と種、女神鈴の種、蘇生茸、奇跡の木の実、精製水、瓶(二百ミリリットル)】
殆ど寿買でも扱ってるけど、蘇生茸と奇跡の木の実ってのが無いのか。……とりあえずこの二つは寿買の入荷待ちリストにでも入れておくかな。これで入荷したら連絡が来るはずだ。
「それじゃあ、四肢の欠損でも治癒可能な傷薬!!」
【検索結果:再生の秘薬・万能傷薬の作成が可能です】
再生の秘薬と万能傷薬か……。
【再生の秘薬:失われた四肢を再生可能な秘薬。材料:青治癒草、赤治癒草、虎牙蔓の棘と種、女神鈴の種、モリヨモギ、砂糖、精製水、瓶(五百ミリリットル)】
部位がでかくなるからペットボトル程度の大きさの瓶が必要って事か。でも、手足の再生が可能ってヤバい薬だよな……。ちょっとまて、これって砂糖が入ってるから飲み薬でもあるのか? まあ、飲めない量ではないけど……。で、万能傷薬はどうなの?
【万能傷薬:毒、腐敗、火傷、凍傷など様々な状態からの再生が可能。大規模な欠損部位に対応。材料:青治癒草、赤治癒草、虎牙蔓の棘、女神鈴の種、森林アロエ、砂糖、精製水、瓶(五百ミリリットル)】
こっちは火傷とかの治癒がメインか……。あと大規模な欠損も可能って……。四肢丸ごととまで行かなければこれで対応可能って事か。砂糖が入ってるし、こっちも飲めるのかな?
「一応両方作っておくか、もう残金をそこまで気にする必要もないし」
ニドメック商会の一件と、最近の討伐依頼や剣猪や突撃駝鳥の売却でかなりの額が懐に転がり込んでいる。その後も飴の注文はなぜか続いているし、塩田の魔物が討伐されるまでという約束で塩も定期的に卸すことになった。
冒険者ギルドの報酬はヴィルナと折半するけど、商人ギルドの儲けはすべて俺に懐に入る訳で、すでに六十万シェル……、六千万円以上の大銀貨や金貨がアイテムボックス内に収納されているし、もしかしてもうこの世界の家買えるんじゃね? とか思ったりもする。まあこの町に永住するかどうかわからないから家なんてまだ買わないけど。
アイテムボックスへのチャージにこの世界の銀貨を使うことでこの世界の銀を消してる訳だけど、その消えた銀の補填としては地銀を仕入れて銀細工か何か作って売ればいいかなって思ってたりもする。
「再生の秘薬を三十と、万能傷薬を同じく三十。普通の傷薬は販売用で百本用意っと……」
過剰生産な気もするけど、割と性分になってるから仕方ないんだよな……。
最初にベッコウ飴を作った時の砂糖十キロ分も、今から考えれば少しだけ多かったかもしれないし……。やめやめ、用意した物が足りない方が嫌だし、作らずに後悔するより作って後悔したほうがましに決まってる。
「後は桃か……。訳ありの桃が相変わらず売ってるな。五千四百円で十二キロ購入っと……」
というか、桃があるのにスイカとか枇杷とかみかんとか売ってるんだけど、寿買の中の時間軸ってどうなってるんだ? いつでも好きな果物が旬に関係なく食べられるのはうれしい。でもやっぱり全然旬の時期が違う果物とかが平気でならんでるのは少し怖いんだけど。
まあ、その果物が採れる世界が別なのかもしれないしな、謎が多いネットショップだし……。今までは必要な物をピンポイントで探してたけど、もう少しいろいろ見てみるか?
「よく考えたら、このトイガン系とショートソードの入手先は別な気がする。いくらなんでもひとつの世界であんな武器が幾つも開発されるのはおかしい。というか幾つか系統が分かれてるし、もしかしてこれ全部別の世界の武器なのか?」
あの時追加されたタグ。
改めて調べてみるとトイガンや刀剣類だけじゃなくて、怪しい武器や特撮系の武器っぽいものまで混ざってるな。価格は全部桁違いだから流石に買って試そうとは思わないけど。というか億越えのおもちゃって確実にヤバい奴だろ?
「物騒な力を手に入れちまった気がするな……。ん?」
【時間のある貴方にお勧め!! 寿買アーカイブでは映像作品の配信サービスを行っております。加入料金は八千七百六十時間で五千円!!】
これで三つ目の有料サービスか……。
アルティメットとライブラリーは物凄く役にたってるけど、アーカイブは流石にこの世界で生きていくのに必要ない気がするな。一応チェックくらいはするけど……。
「お試し期間は無しか……。ええぇっ!! これ、俺がこの世界に来るまでやってたライジングブレイブシリーズの最新作まで揃ってる? こっちの特撮系は見た事ない作品名だけど面白そうだし……」
ちょっとまてよ、これって、もしかしていろんな世界で放送されてた特撮系番組まで揃ってる? マジか!! ひゃぁぁぁっ!! めちゃめちゃテンション上がる!! 確かに生きていくには必要ないかも知れないけど、今までの中で一番俺が求めてたサービスかもしれない。少なくとも俺がこの世界で生きていくには必要なサービスだ!!
当然即契約!! ……凄い!! アイテムボックスの全画面に表示できるからすっげえ大画面!! しかも音声は頭に直接響いてくるから超高音質……。
「最高だ!! これで暇な時間なんてもうおさらばだぜ!!」
とりあえず最新のライジングブレイブシリーズの見てない話を一話だけ……。
……未視聴の最終回前の三話を観始めて、一話でキッチリ視聴をやめられる者は鋼の精神の持ち主である。俺? 止まる訳ないじゃん。
ついつい未試聴分全部を一気に観終えた俺の横に、かなりご立腹なヴィルナが立っていた。……教訓、これを起動するときはほかに用事の無い時に限定しよう。
読んでいただきましてありがとうございます