第二十八話 いや、なんとなくそんな気はしてたんだよな
新章第二話になります。
楽しんでいただければ幸いです。
「あのなぁ……。そんなのはお前たちだけだ。冒険者稼業がそんなに楽なもんか」
「ああ……、やっぱりそうなのか。いや、なんとなくそんな気はしてたんだよな」
ここ最近討伐クエストを熟すようになって、俺たちはルッツァと普通に話すようになっていた。というより馬があったのか、ここ一週間くらいは報告後に冒険者ギルドの食堂で軽く飲んでたりもするんだよな~。
ルッツアは本気でこの町の冒険者ギルド内で兄貴っぽい立ち位置らしく、獣の情報なんかは聞けば大体教えてくれる便利な奴だ。ギルドの地図はありがたいけど、やっぱり変化する情報は鮮度が命だからな。まあ、情報のお礼に酒なんかを奢ったりしているけど。
「当たり前だ!! 高級宿泊施設の白うさぎ亭を拠点にしてる冒険者なんてお前ら位だぞ。普通は冒険者ギルドに近い一泊十シェル以下の安宿暮らしだ。駆け出しの新人なんて屋根がある宿なんて数日に一回程度泊まれりゃ上等の部類さ」
「夢と希望に燃えた十代の駆け出し冒険者が、一番最初に突き付けられる現実のひとつよね。武器とか防具の高さとか、依頼内容もそうなんだろうけど」
「駆け出しの冒険者が討伐依頼に手を出そうとしてたらまず誰かが止めるからな。何の予備知識も無しに剣猪の討伐に行ってみろ、それが最後に受けた依頼になっちまうぜ」
そういえば俺が依頼を見てた時に声をかけてきたのって、それがあるからなのか?
確かにあの装備で討伐依頼なんて受けてたら止めるよな。あの時に俺が見てたのは採集依頼だけど……。
「苦労して仕留めても、剣猪なんて森から簡単には運び出せないしね。大きくて丈夫な革で包んで引き摺って帰るか、あとはアイテムボックス? まあ、アイテムボックス持ってる人なんてめったにいないけど」
「ふたりともアイテムボックス持ちの冒険者なんてお前らぐらいだよな。俺たちのパーティは俺がそこそこ大きめのアイテムボックスを持ってるからいいけど。あとはこの冒険者ギルドに登録してる奴で数人くらいか?」
「へえ、アイテムボックス持ちって割といるんだな。少なくともこの冒険者ギルドで五人くらいはいるんだろ?」
もう少し希少な能力かと思ってた。この冒険者で見かける奴らなんて百人程度で、そのうち五人は割と多いと思うぜ。
「少し前にはもう何人かいたんだが、今いないって事はそういう事さ」
今はいないって事は、依頼中に命を落としたって事だよな? この辺りはそこまで強い獣がいないと思ったけど、やっぱり普通に戦うと結構な数で犠牲者が出てるのか?
「やっぱり冒険者稼業ってきつい仕事だったんだな……。楽に稼げる商売じゃなかったって訳だ」
「……まさかとは思うが聞いてやる。なあクライド、一番安い通貨は何だ?」
「一シェル銅貨だろ? 流石にバカにして……、ん? なんだ?」
ルッツァだけではなく、周りの冒険者もやれやれといった感じで首を振っている。まさかあれより下の硬貨が存在するのか? ん? ルッツァがテーブルに見た事ない硬貨を……。なんだこりゃ?
「これが一ビタ硬貨だ。一ビタ硬貨百枚で一シェル。余程安いもの以外ではシェル単位での取引が普通だが、場末の酒場なんかに行くと、五十ビタの酒なんかが出てきたりもするぞ」
「硬貨の形をしてないというか、何なんだこれ? 長方形に潰されてないか?」
「不純物の多すぎる銅貨だな。昔は捨てられてたらしいが、今はビタという単位で使われるようになった。普通の銅貨と区別する為に、円ではなくてこういった形に潰されて使われてるって訳だ」
もともとのデザインは一シェル銅貨と同じって事か。区別をつける為にこんなにいびつな形に変形させて使ってるってのも相当だな。
「このビタって呼ばれてる通貨は二百年ほど前の国王が大量に発行したそうなんだが、なんというかかなりの粗悪品でな。その当時の銀貨とか金貨は全部鋳つぶされて新しい硬貨に変えられたんだが、この大量の一シェルは回収する手間すら惜しくて、こんな措置が取られたって訳だ」
「子供の駄賃とか、そんな感じの硬貨ではあるんだけどね。でも驚いた、ほんとにこれの存在を知らないなんて……。昔のこの人みたい」
ルッツァに的確な突っ込みを入れてきたのが回復職のミランダ。なお結構な美人なのにルッツァの奥さんらしい。
「昔の事はいいんだよ!! まあ、あの時の俺にこいつが割と似てる気がしたから聞いたのはあるけどな」
ああ、乱暴そうな言動してるけど割と面倒見がいいし、もしかしてルッツァはいいとこのお坊っちゃんか何かなのかな?
で、昔はこいつも世間知らずだったって訳だ。俺の場合はこの世界のことを知らないから、世間知らずって表現が正しいかどうかはわからないけどな。
「まあ、そんな硬貨を使う機会は無いからいいだろ」
「うぁ、あの時のリーダーと同じセリフだよ。やっぱりどこか似てるよね」
「そうだよな。リーダーに何となく似てんだよな。親戚か何かなんじゃねえか?」
笑いながらそんな事を言ってるのがルッツァの仲間冒険者のダリアとラウロ。なんでもダリアが魔法使いで、ラウロは割とオールラウンダーな後衛らしい。魔法を使う所が見てみたいけど、ルッツァたちと討伐任務に行くメリットはほぼないんだよな……。
「うちの親戚にクライドみたいな奴がいたら、家から出さないに決まってるだろ!!」
「ま、そりゃそうか。クライドが何処かからか大量の塩を入手してきて、ニドメック商会を潰した話はもう有名になってるからね。おかげで塩が安くなったからご飯が美味しくなったよ~」
あの一件で俺が何をしたのかが、いつの間にか町中の噂になっていた。ったく、ばらしたの誰だよ……。
事件以降、ニドメック商会の倉庫に積まれていた塩のうち、砂を混ぜる前の塩や岩塩は領主が徴収して商人ギルドを介して普通に売りに出された。そして砂を混ぜた方の塩はタダ同然で市場にばらまかれて、いろんな場所で使われている。
なんでも一回塩をお湯に溶かして砂を取り除いて使っているらしいが、それだけ手間をかけても安い塩を使う利点が大きいそうだ。それでもたまに砂が混ざっているらしいけどね。
「塩味が薄いと美味しく感じにくいからな。こういう肉体労働をしているとなおさらだろう」
「確かに、この酒場や屋台の料理も今までよりもおいしくなったのじゃ」
「大量にあるとはいえ、あの安い塩が無くなるまでだろうけどな。それまでにマッアサイアの塩田に居座ってる魔物が退治出来りゃいいんだが」
「あの話の続報を聞いたんだけど。別の塩田を作ったらしいね、でも、以前よりかなり規模が小さいそうだよ」
まあ、塩田だとそうなるんだろう。その町に別の塩を作る方法を教える事もできるけど、色々なバランスを崩すだろうし難しいよな。
「岩塩食ってる魔物はダメなのか? 相当強いとか?」
「……ああ、塩の値上がりが始まったあたりで商人ギルドからの依頼が来て、俺達がやめとけって言うのも聞かずに幾つかのパーティが討伐に向かったぞ。二人位は帰ってきたと思ったが」
「そいつらもかなり傷だらけだったしね。ホントいざってときの為の傷薬も馬鹿高いのに、あんな魔物の討伐なんて受ける方が馬鹿だよね」
傷薬が高い?
……ああ、材料の砂糖がネックなのか!! そういえば商人ギルドでも砂糖は昔から高級品って言ってたよな。
「もしかして、最初にルッツァが俺に冒険者やめろって言ったのは、傷薬とかのこともあったからなのか?」
「ああ、そうだが。よく効く傷薬ってのはな、これくらいの瓶で最低五百シェルはする。しかも、それだけ高くても僅かな傷しか治らない。危険な討伐任務の場合十本は最低でも欲しい所だし、割に合わないんだ」
あの傷薬が一本最低五百シェル? って事は日本円で一本五万円? じゃあ多機能傷薬はどの位するんだろうか?
「毒消しとかは無いのか? もしくは毒も消せる傷薬」
「毒消しは安いのだと百シェル位からある。効果が高い物は最低でも千シェル、毒も消せる傷薬とかは最低でも一本五千シェル位するんじゃないのか? 少なくともこの辺りには出回ってないな」
……コツコツと塩とか飴売るよりも、あの多機能傷薬売る方が早いんじゃないか?
あれから増産して五十本あるからすくなくても二十五万シェルだろ? あれだったら幾らでも量産可能だし原材料費も飴程とは言わないけど割と安い。後は購入者の懐次第だけど……。冒険者は貧乏そうだし、数は捌けないような気がするな。
「一般的なのはこの軟膏だね。モリヨモギとか色々な薬草が混ぜられてるの。これだったらこの包みで大体五十シェルってところだよ」
「効果はかなり弱いけどな。まあ、割とベテランって呼ばれてる俺たちですら、このクラスの薬しか使えないのがこの町の現状だ」
「そんな薬しかないのによく剣猪や突撃駝鳥とかと戦えるな。一撃喰らったら致命傷だろ?」
「傷薬が必要なのは、あいつの突撃を喰らって生きてた場合だけだ。当然そんな事にならないように色々と作戦を立ててるぜ。これで東の森の石胡桃が高い訳が分かったか? 剣猪の巣に飛び込むなんて、本当は自殺行為なんだぞ」
そういえば、剣猪は基本罠で倒すとか言ってたしな。その罠も鼻先の剣みたいな角で破壊される場合も多いらしいが、何もしないよりはマシなんだそうだ。俺とヴィルナの場合はどうかというと、剣猪を相手にする時でも罠なんて用意せずに、正面から撃ち殺してるか斬り殺してるんだよな。
すでに十匹以上の剣猪を納品してるけど、肉から皮まで全部買取に出して丸々一匹で約千シェル。雄でも雌でも肉の買い取り金額は変わらず、目方だけで値段が決まってるそうだ。雌の方が絶対にうまいと思うんだけど、雄と同じ買取価格ってのは解せない。
突撃駝鳥の買い取り額はその三倍の約三千シェル。しかし皮の値段が高いために俺が撃ち殺した突撃駝鳥みたいに身体に大きな傷があると大幅に減額され、酷い時には一羽千シェルの時もあった。逆に頭を運よく吹き飛ばした個体は四千シェル越えの時もあるから本当に状態次第なんだろう。
「ずいぶん話し込んだけど、今日はこの辺りで失礼するよ」
「おう、それじゃあな」
この世界の飲食店は基本的に代金は注文時に払うシステムだから、どのタイミングで帰っても問題は無い。みんなでつまんで食う料理なんかは頼んだ奴の奢りなんだけどね。
しかし傷薬があれほど高価な商品だとは思わなかったな。傷薬の量産は当然始めるとして、多機能傷薬より上の薬も作れないか後で調べてみるか。
読んでいただきましてありがとうございます。




