第二十三話 それで俺の飴に目を付けたって訳か
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楽しんでいただければ幸いです。
ニドメック商会のチンピラを追い払った二時間後。イチゴ飴の追加製作を終えた俺とヴィルナは商人ギルドへと向かった。
白うさぎ亭を出た時やこの道中で周りに気をつけてはいるが、ニドメック商会の奴らの見張りや尾行の気配はない。そこまでの手を打ってくる相手でもなかったって事か?
「もう一度仕掛けてくると思ったんだが、杞憂だったか」
「襲ってきた時はどうするつもりだったのじゃ?」
「正当防衛の場合は多少怪我くらいさせてもいいだろ? 刃物を抜いてきた時は脅しにこれを使うさ」
腰のトイガン。
数発撃てばどんなにバカでも流石にこれのヤバさくらいは分かるだろう。
「ただのお人好しにしては肝が据わっておると思っておったが、意外に好戦的なんじゃな」
「ああいう輩は一度分からせておかないと後でめんどくさくなるからな。お、何事もなく商人ギルドに着いた」
襲撃はなしか。拍子抜けだな……。
まあ、相手がその程度だったらこの後もそこまで心配しなくてもよさそうだ。
「あ、パルミラさん。突然伺って申し訳ありませんが、ミケルさんと話があるんですが」
「クライドさん!! 今お呼びしようかと思っていたところなんです。あちらの部屋にお願いできますか? ギルドマスター、クライドさんが……」
ギルドマスター? ここの責任者でミケルの上司か?
呼ばれて連れて来られたのは人の好さそうな爺さんだが、こう、一筋縄じゃ行かなそうな雰囲気を醸し出してやがるな。
「儂がこの町の商人ギルドを取り仕切っておるダニエラじゃ。お主がミケルの話しておったクライドか? あの飴の一件でいろいろ厄介ごとが持ち上がっておって、お主にも少し話をしたかったところでな」
「初めまして。厄介ごと……ですか?」
あいつら何しでかしたんだ? というか、この町で商売をしているのに商人ギルドに喧嘩を吹っかけるとか馬鹿なんだろうか?
「クライドさん。ここは人目もありますし、できればあちらの部屋で……」
「はい。ちょうど私もあの商会絡みで話があったところでして」
ミケルに案内されたのはこのギルドマスター用というか、前回より数段豪華な部屋。
重要な商談用というか、ギルマス案件の時に使ってるんだろうな。
「お主の所にニドメック商会の飼っておるごろつきが押しかけたと聞いておるが、お主の用件はおそらくそれ絡みじゃろう?」
二時間ほど前の情報をもう持っているのか?
耳が早いというか、こいつは侮れないな。
「はい。おそらくあの飴を狙っての行動だと思いますが。こちらの厄介ごともそれ絡みですか?」
「その件も起こっておる厄介ごとの一つじゃ。ニドメック商会は商人ギルドが扱ったあの飴に目を付けたようでな。知っておると思うが砂糖はこの町ではかなりの貴重品じゃ。あの飴が大量に出回れば、奴らが行っておる砂糖や塩の独占状況に影響が出ると思ったんじゃろうて」
「独占? 産地を押さえられている訳じゃないんでしたら、他の誰かが何処かからか仕入れればいいのではないんですか?」
「塩はともかく、砂糖は海を越えた遥か南方からの輸入品での。船を用意してそれを操作できる者を揃え、海図を手に入れて遥か南方の砂糖生産国まで船を走らせ、さらに南方の国の言葉を理解して取引ができる者などそうはおらぬからな」
おいおい、ニドメックってそんなにでかい商会なのか?
輸入分の砂糖全部押さえるって、どんだけ資産持ってるんだよ!!
「あいつらはその大量の砂糖を買い占めるだけの資金力を有しているんですか?」
「いや、奴らが商船を組織して直接南の国まで買い上げに行っておる訳じゃないんじゃ。東の港町であるマッアサイアに持ち込まれる砂糖は、王都に拠点を構えるグレートアーク商会という所が殆ど買い上げておる。そこから供給されるこの町とその周辺分の僅かな砂糖を、ニドメック商会がおさえておるだけじゃ」
「そのグレートアーク商会から砂糖を卸して貰えないんでしょうか? この町で果物が高いのもそれが原因なんでしょう?」
「王都やその周辺の大都市の方が砂糖の需要は多いし、この町に卸すよりも高値で取引できるから無理じゃろうて。そこから仕入れてこの町まで運び込む方法もあるが、高くなりすぎて買い手がつかんじゃろう。元々砂糖は王都経由の高級品なんじゃ」
砂糖の輸入ルートが一つ、そしてそのルートはグレートアーク商会が押さえてる。
王都やその周辺にある大都市におそらくけっこう高値で売られているが、それを買った上にそこから運ぼうとしたら完全に赤字確定って訳か。
そりゃあ、この辺りの金持ちや貴族は砂糖の甘さに餓えてるだろうし、あのべっこう飴が飛ぶように売れるはずだ。
「それで俺の飴に目を付けたって訳か。もしかして奴らは俺が砂糖を仕入れる別ルートを持っていると?」
「違うのか? あのような飴を数個程度であればともかく、あれほどの量で作れるという事は、お主が潤沢な砂糖輸入ルートを持つという意味そのものじゃ。それにそんなルートを持っているとすれば、他の商品、例えば塩やそれ以外の希少な物の仕入れルートを隠しているかもしれんしの」
なるほど。奴らは俺を攫ってでも砂糖を手に入れる別のルートが欲しかった訳か……。そこまで焦った理由は何だ? この町で砂糖を普通に売るだけでもそこそこ稼げるだろうに……。
それに塩? その他の希少な物? まあ、俺の格好や行動をみればそう考えてもおかしくないのか? この辺りでは見かけない綿をふんだんに使った服、立派な靴、見た事も無い背負い袋、高級宿に連泊する財力……。まあ、あの宿はパルミラに薦められたんだけど、普通はあそこに泊まるって選択肢も無いんだろうしな。
「塩の仕入れルートもそのグレートアーク商会なんですか? そしてその塩も奴らが押さえている?」
「いや。塩に関してはマッアサイアで生産されておるのだが、そこから仕入れれば誰でもこの町で売る事くらいできる。しかし、去年くらいからマッアサイアの塩田がある場所に魔物が出没するようになってな、塩の供給が滞っておるのは確かじゃ。ここ半年くらいはこの町への流入量も少なくなっておる」
「それまでの供給量を考えると、今市場に出回っている塩の量は明らかに少ないんですよ。誰かがその塩を買い占めて独占していると読んだのですが」
「まあ、確実にあいつらだろうな」
ホントにバカじゃねえかあいつら? 嗜好品で無くても生きていける砂糖と違って、塩はまずいだろ。
買占めして供給量を絞れば暴動が起きかねないぞ。
「北の荒れ地周辺で岩塩も採れていたんですが、あそこも魔物の巣でして。特にナイトメアゴートと呼ばれる魔物が凶悪で、もしその魔物に見つかれば採取した岩塩を食いつくされてしまいます。以前は供給量の多かった岩塩もその魔物の群れに食いつくされてもうほとんど出回っていません。露店で売られているのはその頃に採集されたものですね」
「そういう状況じゃったんじゃが、ここにきてあのニドメックの奴らが塩の価格を明後日から十倍に上げると一方的に通達してきてな。今はまだ町の住人には知られておらんが、いずれ大騒ぎになるじゃろう」
「そんな真似をして商人ギルドで問題にならないんですか? あいつらも商人ギルドに登録してるんでしょう?」
「しておらんのじゃよ。一部の商会、あのグレートアーク商会をはじめとする一定以上に力を持つ商会は、商人ギルドから抜けて独自の組織を作り上げておる。ニドメック商会もそれに倣って商人ギルドから抜けおったので、あのグレートアーク商会に気に入られて砂糖の仕入れができるようになったと聞いたな」
商人ギルドを通さなくても商売ができるのか?
この国の税制がどうなっているのかは知らないけど、こういう大きな組織から吸い上げるか、こいつらに徴税分もまとめて回収させる方がてっとりばやいと思うんだが。
「この町に限った話ではないが、商人ギルドに入らずに商売できるのですか?」
「基本無理ですな。登録もせずに露店などを開けば半日もせずに衛兵に囲まれて店を畳む事となります。当然売り上げなどはすべて没収です」
「無事な商会があるのはどうしてですか? っと、聞くまでもないですよね。そいつらはこの町の支配者に直接納税、いえ、通常の税より遥かに多い額を賄賂として差し出している」
「ご明察です。……クライドさんは本当に商人ギルドへの登録はこの町が初めてですか? その、全くの素人とは思えないのですが」
「商人ギルドへの登録は初めてですよ。もちろん何処かの商会に所属していたこともありません」
所属してなかったのはこの世界の……、だけどね。元の世界の会社を商会と呼んでいいかは微妙だけども。
「まあそういう事でして。ただ、今回の塩の値上げは明らかにやりすぎです。領主様もすぐに動くと思うのですが……」
「塩が無いと人は生きていけませんからね。……そういえばあの飴、急いで用意しましたので今すぐにでもお渡しできます。引き取って頂けるとこれからの事でいろいろ助かるんですが」
「あの飴ですか。それはありがたいのですが、今は塩を……。まさか!!」
「その手が打てるかわかりませんが、あの飴の代金があればなんとかできるかもしれません。確約は出来ませんが……」
寿買では転売は禁止されているので、あそこで買った塩を直接売る事は出来ない。
では、あそこで売られている塩を加工した場合はどうだ? 飴と同じように転売にあたらないかもしれない。
「この町が必要とする量……。最低でも領主様の耳に入るまでの期間分は必要で、奴らに負けない為には最低約十日分。九百キロの塩が必要ですよ?」
「明日の夕方、もう一度ここに伺います。うまく行かなかった時は、また別の手段を考えるという事で……。これが約束の飴の四包み、そしてこちらの包み二つにはイチゴとドライフルーツの飴を五十個ずつおまけを付けてあります」
「それほど多くのおまけまで……。分かりました、すぐに銀貨六百枚を用意します」
商人ギルドであればあの程度の額は用意できるみたいなので、すぐに銀貨を六百枚用意してきた。
ずっしりと重い銀貨の包みはアリスパックに入れるふりをして、すぐに収納ボックスに入れたので帰りに奴らに襲われても困る事は無い。
さて、これで軍資金は六百万以上。あとは寿買で塩がどのくらいするかだな……。
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