第二十一話 今日は商人ギルドに行く予定で空けていましたので
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楽しんでいただければ幸いです。
約束の三日後になったので商人ギルドに向かおうと思っていたのだが、その前になんと向こうから先に手を打ってきた。
今朝、まだ比較的早い時間にミケルが数人の職員を引き連れて白いうさぎ亭に押しかけてきんだけど、そんなに慌ててどうしたんだ? あまりにも物々しいので悪い方に何かあったのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。まったく、紛らわしい。
話し合いは俺の部屋で……、と思ったんだがどうやらこの白いうさぎ亭にはこういった商談用の個室があるらしく、そちらを事前に予約していた。用意周到というか、そつが無い奴だ。
商談用の個室には俺とヴィルナ。そして商人ギルドからはミケルの他に二人の女性が同席していた。ひとりは俺が商人ギルドに登録しに行った時に対応してくれた職員だな。もう一人は初見の筈だが……。
ミケルの注文で飲み物が用意されたが、紅茶? の様に見える何かだな。喉は乾いていないので俺もヴィルナも口はつけない。砂糖なしの紅茶で茶菓子なしはちょっときついからな。
「こんな朝早くから押しかけてすみません。いや、人伝にクライドさんが冒険者ギルドにも登録されたと聞きましたので、何処かに出かけられる前にと思いましたので……」
「そういう事ですか。大丈夫ですよ、今日は商人ギルドに行く予定で空けていましたので」
それよりも今の会話で大変問題な部分があるんだが、どこから俺が冒険者ギルドに登録したって漏れたんだ?
冒険者ギルドの職員が商人ギルドと通じている可能性? まあ、商隊の護衛任務とかも出してるんだろうし、お互いに連携しないといけない部分はあるんだろうから仲が良くてもおかしくはない。でも情報の漏洩は流石にしないだろう。
俺の姿は目立つだろうし、昨日あんな納品をしたんである程度は噂になってもおかしくないが……。
「ありがとうございます。あ、今日連れてきましたのは私の部下で、こちらはご存じだと思いますが、クライドさんの受付を担当させていただきましたパルミラ、その隣がフィオーレです」
「パルミラです。今後とも良いお付き合いが出来ればと思っております」
「フィオーレです。よろしくお願いします」
恭しく頭を下げる見事なお辞儀だ。
わざわざ三人で来たという事は、あの飴が思った以上に高額で売れたんだろうか?
「よろしくお願いします。えっと、今日の用件は先日の飴の件でよろしいでしょうか?」
「はい。先日の飴を売りに出しましたらかなり好評ではあったのですが、ある商会から仕入れ先を教えろと何度もせがまれまして。出来ればクライドさんのあの飴は商人ギルドにだけ卸して頂きたいもので、こうして朝早くに押しかけた次第です」
「そこまで人気でしたか。こちらとしては構わないんですが……。こういった事はよくあるんですか?」
独占契約というか、俺が持っている飴を根こそぎ買い取って、その商会が買えないようにしたいって事か。
まあ、原材料がほぼ無限にあるから、ある程度時間をかければいくらでも生産が可能だけどな。
「入手困難な素材などを使った商品などではたまにですが……。それで、どの位の量を卸して頂けるかなんですが……」
「あの飴でしたら百セット分。六百個は用意できます」
「六百個ですか!! それはいつまでに用意できますでしょうか?」
「明後日にはお届けできますよ。あと、同じ飴ではありますが、こういった商品もあるんですけど」
今日商人ギルドに向かった時に売り出せないかと思って用意していたイチゴ飴を十個ほど取り出してテーブルに並べた。これはイチゴの匂いがすごいよな。
「こちらは別の果物を練り込んだ飴です。ドライフルーツを加工して練り込んでありますが、もう一つの飴とは違って中にはっきりと分かるような大きさでは入っていません」
イチゴ飴の原価は砂糖二千円、水百円、ドライイチゴ三千円で四百個作って約十三円。若干製作コストは高いけど、もう一つの飴と同じ価格で卸せたら一粒五千円だから莫大な利益が出るんだよな……。
「これは……、以前の飴も素晴らしかったですが、こちらの飴はイチゴの香りがたまりませんな……。この香りだけで分かる人は手が伸びるでしょう」
「この辺りでイチゴといえば森イチゴだけど、このイチゴの飴は比べるのが失礼なくらい美味しいです」
「私はこちらの飴の方がいいと思います。もうひとつの飴はあの中のドライフルーツが苦手な人もいると思いますので」
「好みの問題だと思いますが、こちらのイチゴ飴も同じ値段で卸したいと考えているのですが」
俺のその一言でミケルの表情が変わった。俺は二つの飴を同じ価格とは言ったが、前回と同じ価格とは言っていない。さて、この状況でどう出る? この世界にあるのかは知らないが、一生懸命頭の中でそろばんをはじいているのだろうが……。
「こちらの飴はいかほど卸して頂けますか?」
「明後日まで時間をいただければ同量、六百個用意できます」
「こちらも六百ですか!! 前回と同じ価格で卸して頂けるのでしたら六万シェルですが。今回もこの価格でお願いできますでしょうか?」
競合相手がいるのに前回と同じ価格で交渉か……。
まあ、高いイチゴの方の飴ですら原価十三円程度の物を、一個五千円で買い取ってくれるっていうんだ。あまり欲張らずにこの辺りで手を打っておくか。商人ギルドと仲良くしてれば、いざってときに何とかなるかもしれないしな。
「それで大丈夫ですよ。それで、商品の取引場所ですが」
「高額な商品ですので、私共が直接こちらに伺います。明後日のいつ頃に伺えばよろしいでしょうか?」
まあ朝一でもいいんだが、あまり早すぎるとどうやってそんなに早く入手できるのか勘繰られても困るし……。まあ、アイテムボックスの件がばれなければわかりっこないけどな。
「昼頃でいかがでしょうか? 人通りの多い時間の方が、都合がいい場合もあるでしょうし」
「そうですね。日が陰ればよからぬ事を考える輩も出没しますから……。では明後日の昼過ぎにこちらに伺わせていただきます。支払いは大銀貨でよろしいですか?」
「まだ手持ちが少ないので、普通の銀貨でお願いできますか? 大銀貨の方が大口の仕入れにはいいかもしれませんが、使い勝手が悪いので……」
とりあえず大銀貨の寿買での価値が分からないので保留。
この世界での価値が上がっても、あっちで目減りされると困るからな。当分は一枚一万円の銀貨をチャージする方がいいだろう。
「分かりました。銀貨ですと六百枚ですね。結構な重さになりますがよろしいですか?」
「はい。それに重い方が有利な場合もありますので。飴の方も相当な重さになると思いますが、大丈夫でしょうか?」
賊が狙った時とかな。今は戦闘時以外でも右腰にホルスターを装備しているので、余程の事が無い限り不覚を取るとは思えないけど、このトイガンは威力がでかすぎるからな……。そこは注意だ。
「大丈夫ですよ。こういう時は護衛や荷物運び用に冒険者を雇ったりしますので」
「では安心ですね。飴は持ち帰りやすいように三百個ずつ四つに小分けしておきます」
「お心遣いありがとうございます。では失礼します」
ミケル達三人はあっさりと帰っていった。
結局同行してきた二人は何だったんだろうか?
「あの女どもはソウマの気を引く為に連れてきたようじゃな。もし仮にじゃが、ソウマが今日はここに泊まらせろといえばそうしたじゃろうて」
「よくありそうな手だな。ヴィルナがいるからミケルも素直に引き下がったって事か」
「そういう事じゃ。あわよくばあの女どもを生贄にしてでもソウマを商人ギルドに取り込めんかと思っておったのじゃろうな」
この世界に来てまだ数日だけどもう既にヴィルナがいるし、俺は別にハーレムを作りたい訳じゃないから……。
「まあ、今回は無駄な努力だったな。面識のある女職員も混ざってたけど……」
「それよりもじゃ。なぜ明後日にしたのじゃ? すぐにでも渡せるのではないのか?」
「明後日にすれば、予備も含めていろいろ作れる。それにおそらく次の納品で飴系は限度だろう。どれだけ買う人間がいるのかは知らないが、嗜好品は購入層に限界があるしな」
他の町の商人ギルドに送る場合はまた別だろうけど、そんなに金持ちが多いのか?
この町の人口が何万人いるのかは知らないが、金持ちや貴族とかって多くてもその中の数パーセント程度の比率だろう? その少ない売り先に同じ商品ばかり売っても飽きられるだけだ。希少価値というか物珍しさも重要だからな。
「色々と考えておるのじゃな」
「そりゃ考えるさ。冒険者として生きていくのも悪くないけど、あっちはあっちでリスクが高すぎる」
どうにもならなくなったら仕方がないが、できる限り衣住食に困らない状況まで稼ぐ必要がある。とりあえずこんなホテルみたいな宿屋暮らしじゃなくて、あの廃屋みたいなボロはアレだけど、少しまともな家が欲しい所だな。
この世界の家ってどのくらいするんだろう……。
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