第二十話 依頼の品の納品に来たんだけど、ここに出してもいいですか?
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楽しんでいただければ幸いです。
あの後、ヴィルナの気配を恐れて剣猪などの獣が森の奥に引っ込んだのかは知らないが、石胡桃を採集した後も剣猪などの物騒な獣には一切出会わず、拍子抜けするほど簡単に森から町から少し離れた場所……、今朝トイガンの試射などをした場所へと帰還する事が出来た。何事も無くて何よりだぜ。
採集前に一度剣猪に遭遇したが、それを除けば本気でピクニック気分だったな……。
今回の採集任務では慎重に慎重を重ねて装備をそろえていたわけだが、あれだけ大金をはたいて重装備を揃える必要があったのか? と今になって少し考えさせられる。
とはいえ、今回はたまたま獣との接触が少なかったから俺の装備の出番はなかったが、アレを基準にして行動するのがどれほど危険な事かは元の世界で何度も痛感している筈だ。油断大敵というか、山や森を舐めてえらい目に遭う奴は後を絶たない。そいつらと同じ轍を踏むのは避けなきゃな。特にこんな魔物とかいる世界では。
「さて、このまま町に戻って冒険者ギルドに行く前にもうひと仕事だな」
「このまま冒険者ギルドに向かって、すぐに納品すればよかろう?」
まあ、そうなんだけどね。
このまま冒険者ギルドに行くと、俺がアイテムボックス持ちだってばれるし……。
「アイテムボックス持ちは少ないんだろ? 俺が納品する分は何か他の入れ物に保管しておきたいんだ。ここから冒険者ギルドなら落とす危険もないだろうし」
「なるほど……。わらわの持っておる獣はどうするのじゃ?」
「あれはヴィルナが良ければそのまま持っていてくれないか? 流石に剣猪はこのアリスパックにはいらない」
買い取って貰えるだったらあれも買い取って貰いたいんだけどな。色々理由はあるけど。
「冒険者ギルドで買い取って貰いたいのはやまやまだけど、そうなるとヴィルナのアイテムボックスの事を知られるし……。難しいよな」
「わらわのアイテムボックスが知られる事など構いはせん。普段手ぶらで歩いておるのじゃし、勘のいい者は気が付いておるのじゃ」
……なるほど。
ヴィルナは普段は小物入れすら持っていない。この町の人間だったら他から来た事くらいすぐに気が付くだろうから、アイテムボックスか何かを持ってると推測できるって訳か。
「ソウマがその大きな背負い袋を持っておるゆえに、わらわの持ち物も持っておると考えておる者も多かろう。ばれておる可能性は半々といった所か」
「それじゃあ、剣猪を売るのは緊急時って事で。さてと、納品する物を全部こっちのアリスパックに移すから待っててくれ……」
モリヨモギなどを依頼書の納品数分に分けて纏めておく。森桃だけはあまり傷が付かない様にエコバックに入れるけど。
「準備完了。それじゃあ今度こそ冒険者ギルドへ向かうぞ」
◇◇◇
冒険者ギルドに着くと、ちょうど依頼を終えたのか他の冒険者も十人くらい納品受付に群がっていた。
あのルッツァって奴はもう納品を終えたのか、昨日と同じように隣接した酒場でくつろいでいる。あ、俺に気が付いて近付いてきやがった。
「お、クライドか。昨日よりはましな格好だが、武器は無しか? お前は魔法使いにゃ見えないが、素手で戦うタイプか?」
「ああ、ルッツァか。いや、割とスタンダード……とはいいがたい戦闘スタイルだが」
素手で戦う奴もいるんだ、そりゃ普通じゃ考えられない。まあ、俺の戦闘スタイルも普通じゃないけどな。
この世界の武器がどんな代物かは知らないから断言できないけど、それを考慮に入れても俺が使ってる剣もトイガンも完全に規格外だろう。しかし、何度考えても不思議なんだが、あの武器って何を相手にする事を想定してるんだ?
「よしなよリーダー。いつも新人に構ってる程あたしらも暇じゃないでしょ? 誰かの世話をしても私たちの実入りは変わらないんだぞ」
ルッツァの仲間の軽装な女が、お節介なルッツァを窘めていた。
昨日は冒険者家業はやめた方がいいとか言われて少し頭にきたが、本当にただのお節介な奴なのかもしれないな。
「丸腰に見えるかもしれないが、これでも俺は武器は装備してるぜ。っと、悪いが先に納品を終わらせて来ないとな」
「ああそうか、邪魔して悪かったな」
軽く挨拶して受付に向かう。あのルッツァって男は人の世話を焼くだけの実力があるんだろうが、こんなところで油を売っててもいいのか?
露店で売っている物や宿屋の宿泊料から察するに、割と稼いでないとこの町で暮らしていくのはきついと思うんだが……。
あいつの事はいいとして、納品とかの受付は少し奥か。
「依頼の品の納品に来たんだけど、ここに出してもいいですか?」
「冒険者カードをお預かりしますね……。確認しました、依頼を三つ受けられているみたいですが、どの依頼の納品でしょうか?」
スマホを乗せて充電するワイヤレスタイプの充電器の様な物に俺の冒険者カードを乗せると、受付の女性職員の横の透明な板に何やら文字が浮かんできた。
というか、科学が発展してないのに物凄いハイテクなんだが。まあいい、とりあえず納品だ。
「三つとも全部お願いします」
あ、受付職員の笑顔が急に固まった。
首を傾げて、俺の登録日とか依頼内容を指でなぞりながら何度も確認してるな。いや、何度確認しても変わらないって。
「受注日が昨日になっていますが……。全部ですか? あの……、森桃や石胡桃も受けられていますよね?」
「受けてますよ。ちゃんと東の森で収集してきましたけど……」
森桃だけは南の森産だけどな。東の森にも森桃の木があるんだろうか?
「とりあえず、モリヨモギからお願いできますか? えっと……五センチ以上の葉が二十枚以上付いた物が十本ですね。葉っぱだけですと同じサイズのものを二百枚から受け付けています」
「えっと……、十本。これで大丈夫ですね」
アリスパックを背中から降ろして用意していたモリヨモギの束をテーブルの上に置いた。葉っぱの数は二百二十枚あるから問題ない筈だ。
「これ、状態も凄くいいですし、葉っぱの数が少し多いですよ? これでいいんですか?」
「一割ぐらいは歩留まり対策です。ダメな葉っぱが混ざっている可能性もありますので」
「そういっていただけるとありがたいんですけど……。では……、これで納品完了です。次は石胡桃ですね」
石胡桃についてはおかしいと思う事がいくつかある。
冒険やギルドに納品する石胡桃は加工前の状態で、納品数は十。それで報酬は五十シェルだった点だ。昨日買った露店の石胡桃は笊に山盛りで五シェル。あの時も思ったんだが、どう考えてもおかしすぎるんだよな。
「あの、石胡桃なんですが、本当に十個で五シェルなんですか?」
「はい。もう少し高く買い取りをしたいのですが、石胡桃の中には外れも混ざっていますので、申し訳ないんですが……」
いやいや。買取価格が安すぎじゃないかって事じゃなくて、高すぎないかって疑問なんだけど。
「石胡桃って露店で安く売ってますよね?」
「ああ、アレは姿形こそ同じですが、北の荒れ地産の石胡桃でして。この町の近くで採れる石胡桃とは完全に別物なんですよ。中の実もホントに小ぶりで、たまにあれをこのアツキサト産と偽って売る行商人がいて、その度にクレームが……」
「分かりました。なるほど。おかしいと思ったんですよね……」
この町の名前ってアツキサトっていうのか……。初めて知ったぜ。
あの買取値が間違いじゃないんだったらもう少し回収してきてもよかったな。納品数に制限はなかったし。
でもまあ、今回用意した量が限界だろう。
「もしかしてアレ持ってきちゃいましたか? たまにそういう人もいるんですが……」
ああ、やっぱりいるんだなそういう奴が。俺も人の事は言えないけど。
「いえ。ちゃんと東の森産で重そうなのを百持ってきましたよ」
「百!! えっと確認します……」
もう一枚の麻袋に重そうな石胡桃を選んで百個用意したんだよな。
麻袋が一枚五百円なんで、ワンセットだとあまり利益が無いから十セット用意したんだけど……。相場が崩れるから全部は無理ですって言われるかと思ったら、この位の量だったら大丈夫みたいだ。
「凄い。全部こんな上物の石胡桃ばかり……。間違いありません、十セット納品確認しました。最後は森桃なんですが……」
「できるだけ傷が無い物を選んでみたんですけど……。これ、四個で五百シェルって本当ですか?」
「最近は大きな森桃は見かけませんからね……。って、ええぇっ!! こんなサイズの森桃なんて初めて見ました。それにすごくいい状態に熟しています」
これもまだアイテムボックスに十個くらいはあるけど、東の森で見かけなかったからワンセットにしたんだよな。
しかし、卸値が四個五万円の桃ってどうよ? 誰がそんな果物食えるわけ?
「問題ないみたいで安心しました。これで依頼はすべて完了でいいですよね」
「はい!! どれも凄くいい状態の依頼品ばかりでした。報酬の合計が千二百シェルですね。こんなに状態のいい物ばかりなのに、追加報酬をお支払いできないのが申し訳ないのですが」
「そういう話で依頼を受けてこちらが納得していますので問題ないですよ。ありがとうございます、確かに受け取りました」
銀貨で十二枚の報酬。はじめての仕事としては上出来な部類だ。そのうち銀貨六枚を麻袋を買った時に一緒に買った巾着袋に入れて、それをヴィルナの掌の上に置いた。
「はい、これがヴィルナの取り分。中に銀貨が六枚入ってるぞ」
「待つのじゃ!! 今回の依頼であれば、ソウマ一人でも十分できたじゃろう。今までいろいろ世話になっておきながら、それを受け取ることなど出来んのじゃ」
「それはそれ、これはこれだな。冒険ギルドの依頼で得た報酬は、一緒に仕事をしたヴィルナが半分受け取るのが当然だ。それに現金を持っていないと、急に何か欲しくなった時に困るだろ?」
ヴィルナはあまり気にしていないようだけど、金を持っていないという状況は精神的には結構きつい。
俺も若い頃に何も考えずに使い過ぎて、給料前にお金が無くて困った状態になる事もあったしな。
「ありがとう……なのじゃ」
「よし、これで納品完了!!」
収入はヴィルナに半分渡して銀貨六枚。日当六万円って相当にいい稼ぎだと思うぞ。準備に銀貨十五枚使って収益としてはマイナスに見えるけど、あのトイガンとショートソードだけで十分に元は取れてると思う。
何せあれだけ反則級の武器だ。この世界で似たような物を買おうと思ったらどれくらいするのか見当もつかない。
◇◇◇
納品を終えて出口に向かおうと思ったら、近くでルッツァの奴が目を丸くして驚いていた。
まあ、昨日散々心配してた新人がいきなりあんな納品すりゃ驚くか。これで少しは溜飲が下がったってもんだ。
「と、まあこんな感じだ。こういう採集物は運も結構大きいと思うけどな」
「いやいや。あれだけの石胡桃がある場所という事は東の森の奥深いあそこだろ? 剣猪の巣だぞあそこは。この辺りの剣猪が旨いのもギルドでの買取値が高いのも石胡桃をたくさん食ってるからって言われてるくらいだしな」
「確かにあの肉串は旨かったが、そんな理由があるのか。剣猪は途中で一匹だけいたな。代わりにリスは馬鹿みたいに見かけたけど」
そういえば剣猪の買い取りを頼んでいなかったな。
まあ、明日の商人ギルドの結果次第でアレを売り払うか決めるか……。今は十分金があるし。
「本当に運がいいんだな。その剣猪は買取して貰わないでもいいのか? 持っているようには見えないが」
「まあ、誰にでもいろいろ事情があるだろ? 親切で心配性のあんたでも、詮索するのは感心しないぜ」
「違いないな。冒険者なんてやってる奴らは、何かしら何か事情を抱えてるもんだ」
まあ、普通の仕事を選ばずに、こんな命がけの何でも屋稼業してるくらいだからな。
剣とか鎧なんかの装備も安くないだろうに。
「色々アドバイスありがとうな」
「それでは…、なのじゃ」
ヴィルナも一応はルッツァに挨拶をしたが、かなり素っ気ない感じだ。なんか眼中にないというかそんな感じで。
この冒険者ギルドでの面倒見いい兄貴分なのかもしれないが、初対面で冒険者を諦めた方がいいってのがでっかいお世話すぎたのは間違いないからな。
読んでいただきましてありがとうございます。