第十七話 この世界って風呂は無いのか?
本日更新一回目。
二回目は十一時に更新します。
楽しんでいただけたら幸いです。
明日必要と思われる物の購入と確認が終わったから、アイテムボックスを閉じて背伸びをしてみる。ん~っ、なんというか、緊張する様なわくわくするような奇妙な気分だ。
とはいえ今から何処かに行くこともできないし、下に降りて晩飯を食うには少し早い。何もやる事が無いというのも暇だよね……。
「こんな何もない世界だと、やる事が無いと途端に暇になるよな」
「ソウマは暇なんじゃな? だったら身体を休めておればよかろう。多くの生き物は食べ物を確保したり敵から身を守るのに必死で、ここまで時間を持て余したりせんがの」
いつの間にか隣の部屋で寝ていたはずのヴィルナが俺の背後にいた。襲われたりする事は無いと思っているけど、近付いてくる音にすら気が付かなかったとは少し気を緩めすぎたかもしれない。
「そりゃ確かに野生動物は寝てるか、食べてるか、狩りをしているかだろ? ペットとか衣食住に恵まれてる動物は遊んだりするみたいだけど」
暇に飽いでるのにやる気なさそうにボール遊びする猫とか、野生を完全に忘れてだらける犬とかもいるけどな。まあ、寝続けるのも割と疲れるんだけど。
「もうひとつ、大切な事を忘れておらんかの?」
「もうひとつ? 他に何かあったか?」
後ろからヴィルナが抱き着いてきた。あまり視線を向けない様にしてた柔らかそうな膨らみが背中に押し付けられって……。ちょ、マジか!?
「わらわが隣の部屋とはいえ寝床で無防備に寝ておるのじゃ。昨日など隣で寝ておったからすぐに手を出してくると思っておったのじゃが、……まったくソウマはの」
はい。ヴィルナは俺の頭の中では、完全にそういう行為の対象から外れてました。
今は人の姿をしてるけど正体はほぼ間違いなく竜だろ? うかつに手を出せばどうなるかわかんないし。
まあ、異世界って事を考慮に入れたらそういう事をしてもギリギリ大丈夫そうな年齢の外見だし、そういうことをしたいと思ってない訳じゃ……。
「ほら。まだ信頼関係が築けてないうちに、そんな事できないだろ? 俺がヴィルナと出会ってまだ二日だぞ?」
「ソウマの為人を知るには十分すぎる時間じゃな……。ただのお人好しかと思えば、男としての矜持は忘れておらぬようじゃし」
「あの冒険者ギルドでの事か。直後に露店で石胡桃を買ったらジト目で睨んでたじゃないか」
「よくよく考えれば、あの行動は理にかなっておる。他の世界から来たソウマが見た事も聞いた事も無い石胡桃を探す手がかりを得る為に、実際に現物を手に取ってみるというのは確かに大切な事じゃ」
ダメ元とは言え、あわよくばと思ったのも間違いないんだけどな。あのまま加工前の石胡桃を探すって手もあったし。
「正面突破にこだわる程ガキじゃないってだけだよ。冗談とはいえ、あんまり引っ付かれると困るぞ。まあ我慢できなくはないんだけど」
「わらわの我慢が限界なのじゃ。なに、痛くはせんぞ。たぶんじゃがな」
「ちょ、おま。ああああっ!!」
人の姿をしているといっても元の姿が竜のヴィルナの力に敵うはずもなく、俺はあっさりとベッドがある隣の部屋に引き摺り込まれた。
この世界で最初にこういうことをするのが、人の姿をした竜になるなんてな……。
◇◇◇
いやまあ、久しぶりだったけどこの数時間の事はとりあえず忘れよう。
いや~、この傷薬って噛まれた痕を治すのに便利だよな。傷に直接塗り付けてもいいし、少し苦いけど砂糖が入ってるから何とか飲めるレベルだ……。わお、もう傷が消えたぞ……って、こんな場面であの傷薬の効果を試す事になるとは思ってもみなかったよ!! まあ、俺も楽しんでたから文句はないが。
それより、今までも結構思ってた事だけどちょっと聞いてみるか。
「この世界って風呂は無いのか? こう、お湯が張った大きな桶に身体を浸けるみたいな感じになるんだけど」
「どこの町にも基本大衆浴場くらいはあるな。浴場に使われておる魔道具の類は魔法使いギルドか職人ギルドで作られておるが、そこは冒険者稼業から引退した魔法使いの再就職先のひとつじゃ。それに、ソウマが泊まっておるこの宿にも大浴場くらいあるのじゃが知らなんだか?」
「ここにもあるのかよ!! くそっ、あるならこんな汗臭い思いしなくて済んだのに」
「入浴は一回二シェルから三シェル。この辺りの人間じゃと普通は月に一度か二度はいればいい方じゃ」
そういや外国では下手すると月に一度とかそんな国もあるとか聞いたな。
まあここは異世界だし、この世界の一日の稼ぎがどの位か知らないけど、四人家族でも一回に八シェルから十二シェル。まあ確かにそんなに毎日入れる額じゃないんだろう。それはさておき。
「よし!! 風呂に行くぞ!!」
「ソウマが行くなら止めはせんが、わらわは別に風呂など……」
「いいから行くぞ!! ほら、着替えは……、アイテムボックスの中か。このエコバックやるから着替えはこれに入れて持って行くぞ」
「どこにそんな力が……、風呂など月に一度で十分なのじゃ~!!」
さっきとは違い、今度は俺が風呂を嫌がるヴィルナを引き摺って一階にあるという大浴場に向かった。
どうやら俺が聞いてこない事をいいことに、風呂の存在を黙っていたようだ。
◇◇◇
大浴場と書かれた看板。大きな入り口。
今はやりのスーパー銭湯とかじゃなくて、古いドラマとかで見た昔ながらの銭湯の様な入口だ。入り口も男と女で分かれているし。
鍵のキーホルダーに続いてここでもノスタルジックを感じるとはな。まあ、鍵のキーホルダーはプラスチックじゃなくてスライム加工品らしいけど。
「良さそうな所じゃないか。ほら、中で何か飲んだりできるようにこれ渡しとくぞ」
「十シェルか!! 入浴料を払っても、壺ワインくらいは飲めそうじゃな!!」
「風呂上がりの牛乳じゃないが、入浴後に飲み物は鉄板だからな。それじゃあ風呂から上がったら部屋で……、鍵は一つだけか」
この状況だと俺が後から風呂を終えた場合、部屋に戻るまでヴィルナは部屋の前で待ちぼうけだな。
どう考えてもヴィルナの入浴は烏の行水っぽいし。
「安心するがいい、こういう時はそこの受け付けに預けるのが常識なのじゃ。まあ、ある程度治安がいい町で受付が信用できる場合に限っておるがの」
「そこってこの入浴場の中か?」
「そうじゃ。入浴料の支払いや物品の販売をしておる」
ん? この中には小さな番台があるだけじゃないのか? 物品の販売とかできる位スぺ-スがあるのかな。
「まあ中に入って受付に預けてればいいんだな。入り口は分かれてるけど問題ないのか?」
「入ればわかるのじゃ」
風呂に入るのに乗り気じゃなかったヴィルナが、なぜかテンションを上げているな。
こういう場所ってテンション上がるし、ここに来るのが面倒だっただけかもしれない。
「いらっしゃいませ。入浴料はおひとりさま二シェルになります」
「ここが大浴場の中……。ってそういう事か」
入り口は分かれているがその中は小さな部屋になっており、料金を受け取ったりする番台が中央に一つあるだけだ。浴室なんかはもう一つ扉で区切られている形か。
「そういう事じゃな。ソウマ、この受付にカギを預けるのじゃ」
「はい、鍵のお預かりですね。お二人のうちのどちらかに返却させていただきます。あの、お荷物が少ないみたいですが、タオルや石鹸などは必要ありませんか?」
そういえばこの世界のそのあたりの事情はどうなってるんだ?
固形石鹸とかシャンプーがあるとは思えないんだけど。
「どんなものがありますか?」
「当店ではこの石鹸をひとつ五シェルで販売させていただいております。タオルは一枚二シェルですね」
普通の石鹸を入れるくらいの大きさの木の入れ物に入った半生タイプの石鹸が五シェルか。タオルはそこまで悪くないが、バスタオルとフェイスタオルの中間くらいの大きさで二シェル。
「これ七シェル、彼女にだけお願いします。ヴィルナ、石鹸とタオルを受け取ってくれ」
「わらわだけよいのか?」
「ああ、俺は手持ちがあるんで大丈夫」
中に入った後で寿買で買えば済む話だしな。ヴィルナにも同じものを用意してくりゃよかったんだけど、今になって使い方を説明しなけりゃいけない固形石鹸とかシャンプーだけ渡されても困るだろうし。今回はこの世界の石鹸で我慢してもらおう。
「お優しいんですね。ではごゆっくりどうぞ」
「どういたしまして。それじゃあヴィルナまた後でな」
「わかったのじゃ」
二日ぶりの風呂……、正確には一日目は二日換算で三日ぶりか?
ゆっくりと汗を流させてもらうかな……。
◇◇◇
「あ~、いいお湯だった。久しぶりにさっぱりしたぜ」
ホントに昔の銭湯の様な大浴場だったが、利用している客は俺以外一人もいなかった。
あれだけ利用率が少ないのに毎日大量の水を沸かしていたら、結構な赤字を叩きだしそうな気がするんだが大丈夫なんだろうか?
「何を考えておるのじゃ?」
「ああ。あれだけの水を沸かしているだろ? 男湯は俺しか利用していなかったし、あんなので採算が取れるのかなと思っただけだ」
「なるほど、そこが疑問かの……。水を沸かすシステムは魔道具じゃ。一度稼働させれば十年はそのまま使える。水は魔道具を使って井戸水を汲み上げておるはずじゃし、別に維持費などそこまで必要ないのじゃ」
「便利な魔道具って色々あるんだな。あの依頼書の板も結構すごかったけど……」
無線も集積回路も使わずに冒険者カードとリンクさせて情報共有する板だぞあれ。まあ、それを言い始めると冒険者カードも物凄いオーバーテクノロジーなんだけど。
科学の代わりに魔法技術で色々代用されているのか。いや、代用というよりは独自進化でこの世界の方が優れている物も多いのかもしれないな。
「そのような事より、言う事があるじゃろう」
湯上りの髪を見せつけてる? 確かに綺麗になった気はするけど……。
「ああ。髪が綺麗に……、この世界の石鹸だと洗ってもこのレベルなのか? こんなに長い髪なのに勿体ない」
「……言うに事欠いてそれはないのじゃ」
「いや、ほら。そのままでも十分に綺麗だと思うよ? でもヴィルナの髪って腰まで伸びてる銀色っぽい金色の髪だろ? もう少し手入れをすれば、物凄く綺麗になると思うんだ。ん? どうした?」
少し荒れている髪を指で梳きながら感触を確かめてると、ヴィルナの顔がどんどん赤くなっていく。
「……しっ、しらんのじゃぁぁぁぁぁっ!!」
「お、おい!! 先に行っちまったか」
よくわからんけど、あんなに髪を触ったのがまずかったのかな?
部屋に戻って機嫌が悪い様なら、謝るか何か甘い物でもお詫びに買ってやるか。
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