第十五話 教えてくれてありがと。で、親切なあんたは誰なんだ?
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冒険者ギルドの依頼掲示板。そこに貼られているのは、依頼が書き込まれた何か。いや、俺もこの表現はどうかと思うんだが、それ以外に表現のしようが無いんだよな。なんだこれ?
これは羊皮紙じゃなくて、薄い不思議な素材でできた板だな。でも、この板ってどこかで見た記憶が……。
「あれか。宿屋の鍵についてたアレ。それに窓にはまってた板!! 触った感触といい、そっくりだけど何なんだろう?」
「どうかしたかの? その素材……、それは魔物の素材を加工した魔道具の一つじゃな」
「魔道具? あの宿屋のキーホルダーもこれに近かったぞ、これ何の素材なんだ?」
半透明でまるでプラスチックのような感触。適度の堅さがあって透明度がある。なんていうか、少し硬いナタデココ? でもガラスとまではいかないけど透明感はあるんだよな……。
「スライムだよ。それはコアを潰したスライムを特殊な液で溶かして固めた物だ。別に珍しくもないだろう」
何の革かはわからないが革製の鎧を着こんだマッチョって感じの男が、目の前の板を軽くたたきながら教えてくれた。
急に横から話しかけてきたから何かと思ったが、もしかしたら受けようと思ってた依頼書の前に俺がいたから邪魔になったのかもしれないな。
「教えてくれてありがと。で、親切なあんたは誰なんだ?」
「俺はルッツァ。あそこの仲間と一緒にこの辺りで魔物を狩っている者だ」
「俺は鞍井門。新米だがよろしくな」
冒険者ギルド内にある酒場で、三人の冒険者がでかいコップ片手に酒盛りをしていた。こいつを入れたら男二人に女二人のパーティでこのルッツァがリーダーなんだろう。
あの軽装の女は魔法使いって奴か? いかにもって格好だが……。おっと、余計で無粋な詮索をしたかもしれないな。
「新米というか、あんたさっき受付で冒険者の登録をしてたみたいだが……。悪い事は言わん、冒険者になるのは諦めた方がいい。あんたが考えているよりも多分冒険者は楽な稼業じゃねえぞ」
「ずいぶんだな。まあ俺はこういった稼業を始めるには歳食ってるから心配してくれるのは分かる。ま、自分の分を超える依頼は受けるつもりはないし、無理はしないさ。ご忠告ありがとうよ」
俺はもう二十七だからな。こういった冒険者を目指す奴らが幾つ位から活動してるかはわからないが、まあ十代で始めてるのは間違いないんだろう。
アリスパックを背負っているが、武器はおろかその他の装備も殆どなにもない状態だしな。
「まあ、そこが分かってりゃ問題ないんだがな。冒険者は少なくともそんな恰好でできる稼業じゃないぞ。見たところ武器はおろか防具の類も無さそうなんだが」
「今日は登録に来ただけだからな。ここに貼ってる依頼のなかで、期限の無い良さそうなモノが無いか見てみようと思っただけさ。戦場にこんな格好でバスケット下げてピクニックに行くやつはいないだろ?」
「違いねえ。隣の嬢ちゃんは相当できるんだろうが、お荷物抱えてちゃその力も発揮できねえぜ」
流石にヴィルナがただ者じゃないってのは気配でわかるのか。
まあ、命がかかった稼業をしているんだろうから、そのくらいは分からないと生きていけないだろうぜ。
「わらわはそこまで鈍っておらぬわ」
「とりあえず、今のままじゃ俺がお荷物なのは間違いないさ。足りないところは何とかすりゃいい」
ここまでコケにされて笑って済ませる程、俺は大人になりきってないんでな。
僅かな期間でこいつらが笑えなくなるような成果をだしゃいいだけさ。
さて、その場合に問題は、俺の武器を何にするかだ。魔法はすぐに使えるようになるとは思えないし、重い剣だの斧だのを振り回すのは流石にきつい。まあ、武器の事は後で考えりゃいいな。
「とりあえずこの辺りか。期限は無いから幾つか受けておこう」
受けた依頼はモリヨモギの納品、石胡桃の納品、森桃の納品。
石胡桃が手元にはないが、モリヨモギと森桃はアイテムボックスにそれこそ売るほどある。
即納品してもいいんだけど、ここでアイテムボックスから出すよりはいったん宿に帰ってからアリスパックに詰め替えて持ってきた方がいいだろう。
「それじゃあ、いろいろ忠告ありがとうな」
「おう、頑張れよ。だが今受けてた依頼、石胡桃なんてこの時期は採りやすい北や西の森にゃもう殆ど残っちゃいねえぞ。せいぜい東の森の奥にある位だ」
「そろそろ収穫が終わる時期って事か。絶対入手不可能でなけりゃ可能性はあるさ」
ま、最悪露店か何かで買って納品するって手もあるしな。時期の終わりでもどこかで売ってるだろ……。
収益がマイナスでも依頼失敗よりましだし。
情報もくれたし、いろいろ世話を焼いてくれるいい奴なんだろうけど、限度ってもんがあるよな。
◇◇◇
冒険者ギルドから出て、とりあえず露店なんかを確認してみる。
あるある、収穫の最盛期なのか石胡桃があちこちの露店で売られていた。直径十センチほどの笊に山盛り乗せられて五シェル。
他の野菜類がほぼ一シェルから二シェルな事を考えると、割と高級な部類に入るのか? しかしこれ、依頼の額と差がありすぎるんだが……。何かわけがあるのか? まあいい、ここで買うのは間違った判断じゃない筈さ。
「おばちゃん。それひとつくれるか」
「あいよ。五シェルだよ」
「ありがとう……。これはそのまま食べるのか?」
「殻を割って中の実だけ食べる事が多いね。そのまま乾燥させて保存食にする場合もあるよ」
なるほどな。胡桃って呼ばれてるんだったらそういうもんなんだろう。胡桃パンもおいしいけどな。
「……いきなり露店で買うのはどうかと思うのじゃ」
「ジト目で睨むなよ。石胡桃がどんなものかわからんと探しようがないだろ?」
「わらわに聞けばよかろう。大体その石胡桃は去年収穫して乾燥させたものなのじゃ。依頼にあった石胡桃は、木に生っているかまだ落ちたばかりの実の状態を指すのじゃぞ」
予想通りではあるけど、加工品を納入ってやっぱりだめか。
「だろうな。依頼の額と比べてこの売価はおかしすぎる。大赤字で冒険者ギルドが慈善事業でもしてない限り、ありえない事は分かるさ。それに俺結構ミックスナッツが好きなんでな」
まあこれは納品に役に立たなくてもおいしそうな胡桃だから、アイテムボックスで調合すりゃ美味しいおやつに化ける可能性もある。
胡桃だけだと飽きるから他のナッツ類も探さないといけないけどな。
「それじゃあ、石胡桃が収穫できそうな場所には明日行こうじゃないか。流石にこの格好で山菜採りは無理がある」
「この時期じゃとあの男が言っておった通り、東の森くらいしか残っておるまいて」
「剣猪のいる森か……。十分に猪対策をして、それから採集しないといけないな」
猪の突進は怖いからな。
収穫はアイテムボックスにすりゃいいけど、猪を何とか出来る武器か……。
「わらわに頼まぬのか? わらわならあのような獣、いかようにもできるのじゃが」
「慣れないうちに戦闘で頼る事はあるかもしれないが、おんぶにだっこで採集して冒険者気取りは笑い話にもなりゃしねえ。それともなにか? ヴィルナは、戦闘ではまるで役にも立たないような情けない男が好きなのか?」
「まっこと、ソウマはそこらの者とはちがうの」
意地と浪漫、それと夢を持たない男はただの抜け殻さ。
この歳になっても特撮系のヒーローが好きなのも、いつまでも浪漫を追いかけてるからなのかもしれないな。
「とりあえず腹ごしらえでもするか。昼飯だけどそのあたりの店で食べるか? それとも宿に戻って食堂で食べるか部屋で俺が用意するかだけどどれがいい?」
「店や屋台で食べる場合は最低でも宿周辺にしてほしいのじゃ。この辺りは……、なのじゃ」
まあ、そういうと思ってるよ?
だってこの辺りの客層ヤバいもんな。それに食い物を扱ってる屋台も露店に幾つか混ざってるけど、焼く前の肉の色とかちょっと遠慮したいレベルだし。
「この前の肉串の屋台もいいけど、他の屋台も見て美味そうなのを選んでみるか? 買うだけ買って宿の部屋で食べてもいいし」
「……あの宿の店で売っておる料理ならばともかく、外の露店で買った匂いのきつい料理を部屋で食うのは流石にどうかと思うのじゃ」
「すまない。そうだな、俺の元いたところでも十分にマナー違反だ。ちょっと反省だな」
元の世界のホテルでも、電気ポットを使って料理されたりカレー作って迷惑かけられた話とかいろいろ聞いてたからな。
反省!! この世界で一泊一万の宿って高級宿に決まってるし……。
「出来ればあの宿の売り上げに貢献してやりたいのじゃ。殆ど客が入っておらんからの」
「あれだけ高けりゃ、そりゃそうだろ? まあ、今日の所はあそこで食うか」
しかし、ヴィルナって意外とそういう所にまで気が回るんだな。
こういう上位種って人を見下して傍若無人に振舞うのかと思えば、今までそんなそぶりすら見せないし。こういう姿が本物の上位種なのかもしれないな。
さて、白うさぎ亭に戻るか……。
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