第十四話 すいません、冒険者ギルドに登録したいんですが
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適当に朝食を済ませて町に繰り出してきたが、あの商人ギルド職員の言った通り東側に向かうと、どんどん治安が悪くなるというかガラの悪そうな奴の比率が増えてきた。といっても誰彼構わず喧嘩を売ったり、店を襲ったりしてる奴はいないし、見た目だけで判断するのはどうかと思うぜ。
とはいえやはり治安が悪いせいなのか、この辺りで食べ物を扱っている屋台は殆どない。商人ギルドのあった通りとはえらい違いだ。まあ、不味いとか言われて金を払って貰えないと困るし、武器を持ち歩いてる人間が客なのは怖いのかもしれない。考えてみりゃ、商人ギルドの通りで武器を携帯してる人って少なかったしな。
その代わりに露店というか、小さな個人商店っぽい店は結構あるぞ。店番はガタイのいいおっちゃんか、したたかそうなおばちゃんばかりだが。
「思った以上に塩が高いな。この辺りで売っているのは岩塩と、小さな袋に入った塩か……。一キロくらいありそうな岩塩が百シェル、小さな袋に入っている塩が五シェルだな」
「この辺りの者は塩の代わりに、あのような香辛料で辛さを得ておるのじゃ。あの小さな木の実はピリッと辛くてな、向こうの黒い粒もしびれるような辛さじゃ」
山椒っぽい木の実と、黒コショウっぽい木の実か。他にもいろいろ種類があるって事は、この辺りであんな香辛料が採れるのか……。塩分控えめだったら高血圧対策としては優秀だな。しかし、塩が高いのはなんでだろう? やっぱりこの町が海からものすごく遠いのか? 岩塩は売ってるからあれもどこかで採れるんだろうけど、一キロ一万って相当だぞ。
ちょっとまてよ。よくよく考えると塩があの値段だと、露店で料理を売っても利益が出ないんじゃないか? ……業務用スーパーじゃないけど、商人にはどこか専用の売店というか、安い仕入れルートがあるのかもしれないな。
「露店で塩は売ってるな。で、砂糖は売ってないのか?」
「この辺りの露店に砂糖など売っておる訳なかろう。あれは何処かの商会でしか買えぬわ。売っておるとしてもこのような露店ではなくて、大通りにあるような個人商店じゃな」
なるほど。それでただの飴にあんな高値が付いたのか。
露店では木の実などは売っているが桃の様な果物も売っていない。この世界全体がそうだとは思わないが、少なくともこの町の住人は相当甘味に餓えていると考えていいだろう。
「気を付けるのじゃな。大通りはともかく、この辺りは治安も悪い。ソウマのような恰好ではなおさらの」
俺の格好は相変わらず綿パン綿シャツで背中にアリスパックを背負っているだけ。武器は何も持ち合わせていない。一応武器として使えるけど鉈はアイテムボックス内だ。
「あまりに金持ちそうな人間を襲うと、あとの逆襲も怖いだろ? 用心はしてるけどな」
「確かにの。ソウマの格好であれば、どこかの商会の上の方の人間に見えなくもないのじゃ。襲えば後の報復が恐ろしかろうな」
「そういう事さ。それに、今はヴィルナが隣にいるから安心だよ」
それでも襲ってきたとしても俺だって素手でもある程度は戦えるし、軽度の怪我だったらアリスパックに傷薬がある。
心強い用心棒も隣にいるしな。
「そ……それは当然なのじゃ」
ヴィルナが顔を少し赤くした後、胸に手を置いて結構大きな胸を張った。任せろというジェスチャーというよりアレを見せつけてるようにしか見えないけどな。
◇◇◇
「ここが冒険者ギルドか……。大きさだけは商人ギルドよりでかいけど」
建物の造りが豪華という傾向ではなく頑強って感じでまとめられてるな。あちこちが金属で補強されてるし、使われてる素材も物凄く堅そうだ。
入り口のドアも商人ギルドよりゴツイし。まあ、このまま見てても埒があかないからとりあえず中に…って、うわ、重っ……。扉が重すぎだっつーの!! この扉って中に鉄の板でも入ってるのか?
この世界にも魔法とかあるらしいからこの位丈夫にしないといけないんだろうけど、それを考慮に入れても無駄に丈夫にしてあるだけじゃね? 大体魔法があるなら町中での攻撃系魔法の行使は禁止されているだろうからな。
「えっと、受付は……あそこか」
別に魔物退治とかする気はないけど、ここにも登録してた方がよさそうだしな。商人ギルドと冒険者ギルドの両方に登録できるかどうかは知らんけど。まあ、聞いてみる分にはタダだろうし。
登録受付や依頼を受け付けるカウンターと、冒険者が利用するカウンターは別にされてる上に結構距離がある。あっちもこっちも受付をしてる職員は女性か……。しかもかなり若い。二十代前半? いや、下手すると十代後半って可能性まであるぞ。
あんなお嬢ちゃんより厳つい兄ちゃんの方が荒くれ者の扱いには向いてると思うんだけど。まあ、このほうが話しやすいってのがあるのかもしれないが。
「すいません、冒険者ギルドに登録したいんですが、商人ギルドとかに入っていても大丈夫ですか?」
「あ、はい。行商人の方なんかは割とそうされていますね。冒険者ギルドにも登録していると護衛任務の依頼をする時に、直接依頼が出来るのでかなりお得になりますから」
「なるほど、直接の依頼ですし同じ冒険者って事でやりやすいからですかね」
それって商人ギルドが仲介料取ってる分、割高になってるだけだろ。
まあ、同じ冒険者というか冒険者がどんな稼業かわかってる方が、護衛する方も気兼ねなくて済むだろけどね。同じ苦労を知っていた方が都合のいい場合は多いし。
「それに、商人ギルドですと魔物などの素材の買い取りは殆どしていませんので、あちらの依頼や採集依頼中に処理した魔物が、下手をすると丸々無駄になるんですよ~」
「魔物ですか? この辺りは何か厄介なものが多いんです?」
「この町は初めてですか? おそらく北門を抜けた先にあるオウダウか西門を抜けた先にあるアガナヤから来られた方と思いますが、東側の門を抜けますと割と森が多いのですが、そこに体長二メートルを超える剣猪と呼ばれる危険な魔物が割と頻繁に姿を現します。牙も危険なんですが、牙以外にも鼻先に剣の様な角を持つ猪でして、森やその周囲の街道でこのイノシシに襲われる被害は多発していますね」
何その猪……。
猪自体は元の世界でも割と頻繁に出現して、道路で軽トラとかに轢かれて死んでたな。正面衝突だと軽トラの方もオシャカな場合が多かったんで、事故った方も泣く羽目になるが。
元々危険な猪にさらに剣みたいな角か……、体長も二メートル超えるとか言ってたよな。いったい何を想定してそんな進化してんだよ!! そのままでも迷惑極まりないのに。
あ~、俺が送り込まれた場所があの森でよかった。出会わない竜より出会う猪の方が危険だもん。あの状況でいきなり猪に襲われてたらそこで終わってた可能性すらあるぜ。
「えっと…、危ない生き物はその猪だけですか?」
「いえ。森の横を通る街道を抜けた先にある草原にも突撃駝鳥と呼ばれる同じく体長二メートルほどの怪鳥がいまして、これは十数羽の群れて突撃してきますので、ぶつかるとまず助かりません。最初の突撃で無事でも跳ね飛ばされた後でその巨体で踏まれていきますので、その……」
うん。言いにくいよねその状況。道路で轢かれた野生動物がどうなってるか、考えたらすぐにわかるもんな。
「他にもいろいろ危険な動物や魔物はいますが、その多くは東側の門を抜けた先に集中していますね。北と西方向は森の奥にさえ行かなければ割と安全ですよ。街道も綺麗に整備されていますし、たまに衛兵の討伐部隊が巡回していますので」
「南門の方面はどうですか?」
「竜に食べられたいって事でしたら止めませんよ。あの森も昔は野草とか薬草の宝庫だったんですが、その貴重な薬草や野草の多くは今は東側の森でわずかにとれるだけですね。森の奥深くまで行けば、割とあるという噂ですけど……。南門から繋がっていた町は東門から伸びた道をかなり大掛かりに迂回すれば辿り着けますよ。別ルートを通った方が絶対に早いですが。その為にここ数年、そのルート経由で訪れる人はほとんどいませんね」
「ホントに心外なのじゃ」
うん、まあ風評被害もいい所だしな。
「これが簡易版ですがこの辺りの地図ですね。冒険者ギルドに入るとこれもおまけでついてきます。この黒いどくろマークが魔物の多い危険地帯で、この赤いバツマークは立ち入り禁止地区です」
「へぇ、すごく分かりやすくていいですね。採集しやすそうな場所も……あれ? 消されてる?」
「採りやすい場所は粗方採り尽くされて地図から抹消されていますね。まあ、全然生えてない訳じゃないですから行ってみるのも一つの手ですが」
まあ、あの広大な森に入らずにほかの場所で同じ規模で野草とか採ってたら、どれだけ生えててもすぐに採り尽くしちまうだろうぜ。資源を有効活用する場合は制限しないといけないんだろうけど、他に採集できる森が無いと難しいよな。
待てよ、ヴィルナの言っていた十年前に暴れていた竜が戻ってこない限り、あの森で採集し放題? あ、でも南方面は殆ど立ち入り禁止区域になってるんだ。
「立ち入り禁止地区って行っちゃダメなんですか?」
「そうですね。もし仮に竜を森から呼び寄せた場合、責任が取れるんでしたらかまいませんよ?」
例の竜が戻ってきてる可能性がゼロでない限り、あの森に近付くのはやめておいた方がいいって事か。もしくはその竜を確実に仕留められるだけの力を手にした場合……。
まあ、それはともかく、このまま冒険者ギルドには登録しておくか。
「とりあえず登録しておきます。何か注意事項はありますか?」
「えっと、まず登録料ですがが諸事情ありまして結構高額になります。商人ギルドより高い五百シェルとなりますがよろしいですか? 登録いただくと冒険者カードをお作り致しますが、そのカード作成時に血を一滴と髪の毛が一本必要になります。頭髪が無い方は、他の毛を代用する場合もありますけど……」
ハゲ対策もばっちりですってか? って、他の毛ってどこの毛だ? どこの毛でもいいのか?
というか、血とか髪の毛なんてどうするんだ? まあ、ここは素直に聞いてみるか、教えてくれるだろう。
「その、血とか髪の毛って何に使うんですか?」
「カードの作成に使うんですがそれには理由がありまして、冒険者カードは他のギルドカードや登録証と違って一度作るとどこの国や町でも共用になるんですが、これは約五百年前に発掘された遺跡の技術が使われています。このシステムで作り上げられた冒険者カードは物凄く便利でして、本人確認や魔物の討伐状況などが自動的に記録される優れものなんですよ」
「魔物の討伐証明もそれでするって事ですか?」
「そうですね。冒険者ギルドで受理された依頼は同じ技術で作られた依頼書で張り出されますので、その依頼書に冒険者カードを触れさせれば依頼内容が冒険者カードに記録されます。討伐証明も含めた達成状況なども全部記録されますので、依頼を引き受けて失敗ばかりすると依頼を受けられなくなったりもします。また、行方不明者の救出をはじめとする人命にかかわる依頼や、商隊の護衛任務失敗などは大きなマイナスになりますので注意してください。生きて帰れた場合でも最悪、違約金や賠償金が発生する事もありますので」
ああ、護衛任務とかだと死ぬ可能性もあるから、当然賠償金請求は生きて帰った時だけって事か。
「通常の依頼では違約金は発生しないんですか?」
「人命に関わらない通常の依頼で違約金が発生する場合は、調査依頼で調査をせずに虚偽の報告をした場合、期限付きの納品依頼で納期内に依頼品を納入できなかった場合、同じく期限付きの討伐依頼で期限内に討伐任務が達成されなかった場合ですね」
「期限付きの討伐依頼ですか?」
「依頼書に書かれていますが、例えば畑の開墾に邪魔な魔物などの討伐を依頼したのに、いつまで経っても討伐されないと作付けができませんよね? それで本来であれば収穫できたはずの農作物などが収穫できなくなる訳ですので、この場合は作物や収穫益から算出された違約金が発生します。逆に虚偽の依頼をして依頼された魔物よりも数段厄介な魔物がいた場合は依頼者に違約金が発生する時もあるんですよ」
なるほど。例えば猪がいるって依頼で熊が出たらそりゃ話が違うってなるよな。依頼する方もそれを受ける冒険者側にもわりと公平なシステムになってるのか。
「剣猪等は討伐期限がない場合が多いんですがあれは職人ギルドからの依頼でして、森での伐採などの邪魔になる事が多いので数を減らしてほしいからという事情もあります。と、長くなりましたが最初の説明としてはこの辺りですね」
「詳しい説明ありがとうございます」
「いえいえ。ではこのカードに名前を記入して髪の毛を……。こうして特殊な魔道具で燃やした灰と血液をこのカードに滲み込ませると、こうして冒険者カードができるんです」
新品の冒険者カードに名前を記入してその右側のスペースに髪の毛を乗せて燃やし、差し出された血液採取用の針みたいな物で指をさしてそれを冒険者カードに擦りつけたら不思議な文様がカード全体に浮かび上がった。
見ていても何の文様なのかさっぱりわかんねえ!! 象形文字の様な異国の記号の様なウニウニとした変な文字だが、もしかしてアレに意味があるのか?
解読不明な文様がカードに滲み込むように消えた後、淡い光を放って冒険者カードが完成したみたいだ。……なんというか、訳わかんねえ作り方だった。
「これが冒険者カードですか?」
「はい。名前……クライドさんとおっしゃるんですね。表示されるのは名前くらいですが、特殊な方法を使うと依頼状況とかも表示されます。また、依頼達成後に提出いただきますと、こちらの魔道具で報酬の計算を行えます」
俺は漢字で鞍井門とキッチリ書いたつもりなんだがこのカードのシステムが漢字を認識していないのか、冒険者カードにはカタカナでクライドと書かれている。まあ、俺にはそう見えるだけで、実際に書かれているのはこの世界の文字なんだろうけどな。
「わらわは以前作ったカードがあるから無用じゃ」
ヴィルナは腰のポケットから冒険者カードを取り出した。
銀? 金色とまではいかないけど、変わった感じのカードだ。そういえば元の世界で読んでた小説の異世界物とかだと冒険者ランクとかあったよな。あの辺りはどうなんだ? もしかしたらヴィルナのランクが高いからあんな色なのかもしれないし……。
「冒険者にランクとかあったりします?」
「ランクというか、信用度はありますよ。先ほど説明した依頼の達成率に関係するんですが、あまり失敗を重ねるとカードの色がどんどん赤くなって、真っ赤になるとまず依頼は受けられませんし、持ってるだけで冒険者ギルドからも国なんかからも軽蔑されます。逆に依頼を熟していけば金色に近づいていきますので、そうなるとみんなから尊敬されたりしますね。金色のカードになっても別に特典とかは無いですけど」
「わらわも割と依頼を熟しておるが、尊敬されたことなぞ無いぞ? 感謝は求める物でもないじゃろう?」
「そうだな、それが正しい考えかも知れない」
正義のヒーロー的な考え方まではできないけど、感謝なんて元々求めるもんじゃないしな。
あと依頼に関してもここはゲームじゃないんだから、自分のレベルに合わせた敵って考えなんかは通用しないし、どのあたりの魔物なんかに対応できるかは経験を積むしかないって事か。
「最初は期限の無い納品系の依頼がおすすめですかね。でも北門や西門の先にある森とかの採取はかなり奥まで行かないと採り尽くされていますし、保存の悪い物もありますから持ち帰る際は注意が必要ですね」
「いろいろありがとうございます。あそこに張り出されている依頼に目を通して来ますね」
「私はここの職員でニコレッタといいます。何かお困りの際には遠慮せずに申し付けてください」
「助かります」
ニコレッタさんか、色々親切な職員だったな。
さて、異世界での初依頼。何かいいのがあればいいんだけど。
読んでいただきましてありがとうございます。