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大陸最強国家マヌスの刺客 Ⅲ

 キーランの蹴りが炸裂し、それを受けたスペンサーの体が軽く宙に浮く。無防備となった相手を前にして追撃を仕掛けようとしたキーランだが、それよりも先にスペンサーの指が動いた。


 空間を奔る銀線。


 暗闇を駆け抜ける連撃を紙一重で回避しながら、キーランは飛び退きざまに三つの短刀を放つ。しかしうち二つはスペンサーの糸によって弾かれ、最後の一つは強引に態勢を逸らしたスペンサーによって回避された。


 互いに地面に着地し、停止。冷然とスペンサーを見やるキーランと、顔を俯かせたスペンサーが向かい合う。


「どうした、暗殺者。オレを王手にかけたのではなかったか」

「……」

「細さの異なる二種類の糸を用い、目立つ糸を攻撃に用いることで罠として張っておく細い糸への順応性を低め、本命の糸には毒を塗っておく。成る程、よく考えられているが……オレからすれば児戯だ」

「……」

「種の割れた手品師など、余興にもなりはしない。お前はここで、終われ」


 煽りながら、キーランは再び短刀を懐から取り出した。

 殺し屋というのは、自らの"業"に一定以上の信を置いている。なればこそ"業"に対処されれば精神が揺らぎ、身体の使い方が下手になるのだ。

 故に、更に畳み掛けるようにキーランは言葉で敵を煽る。相手の動きの精彩を欠くべく、言葉も存分に利用する。そうすることで、己の優位を高めようとしていた。


「……小生の業を見抜く観察眼」

「……」

「咄嗟の危機管理能力と、卓越した身のこなし。視線誘導や言葉も駆使した殺しの技術」

「……」

「加えて、()()()。これに関しては考察の余地があるなりが──」

「……」

「小生を相手にここまで持ち堪える殺し屋……。なれば汝は、『粛然の処刑人』キーランであるか」


 スペンサーの言葉に、キーランは答えない。

 敵に自らの情報を渡す必要性を、まるで感じないからだ。必要であれば、キーランは己の情報をわざと語ることも戦略に組み込むだろう。


 だが、今回にそれは必要ない。


 敵は強力だが、このまま順当に進めれば勝てる。

 いやというより、順当に進めなければならない。スペンサーの「お前も使えるのか」や「あの力」という発言。それらの発言は、キーランにとある可能性を推測するに足るものだった。

 故にキーランは、一刻も早くスペンサーの意識を飛ばす。飛ばして、敵の目的を把握するため尋問にかけなければならない。


 セオドアに尋問の準備を進めておくように連絡はしている。あの狂人であれば、抵抗なく情報を吐き出させる薬の一つや二つ持ち合わせているだろう。仮に持っていなくとも、あれは紛れもない天才の一人であり、その程度の薬であれば数分もあれば調合できるはずだ。


 だからこそ彼は『粛然の処刑人』という二つ名の通り、目の前の標的を粛々と捕らえ──


「ふ、ふふふふふふふふ……はははははははは……ひひ、ははははは」

「……」


 肩を揺らし、不気味な笑い声を響かせるスペンサーに自然とキーランの目が細まる。訝しんだキーランをよそに異様な空気を纏いなから、スペンサーは俯かせていた顔を上げた。


「この小生を置き、大陸において至高の殺し屋の座に居座る邪魔者を発見できたのは僥倖、僥倖なり。ふふふふ、ははははは」

「……」

「殺し屋の頂点の座は、小生が持つに相応しい。汝はここで消す。小生最大の標的を殺す前の、前座である」

「……くだらんな。殺し屋としての頂点の座などと……お前にとって、その座席はそれほどまでに重要か?」

「……ふふふ、ははははは」


 短刀を弄びながら尋ねるキーラン。

 本心からくだらないと思っている様子の黒い男を見ながら、より一層スペンサーは嗤う。


「あの青年も汝も、頂点の座になど興味関心がないような空気を纏うなりか……ふふ、はははは」


 嗤って、言った。


「不愉快なり。理解不能なり。気味が悪いなり。何故、汝らは頂点の座に固執しない? 信念なき刃に、なんの意味があるなりか。頂点の座以外に意味はなく、なればこそ我ら『蠱毒』は、自らの上に立つ者全てを排除する」


 スペンサーが右手の手袋を外す。

 彼の(てのひら)には、小さな水晶玉が埋め込まれていた。


「何事においても、第一の序列以外に価値はない。多様性などと謳うが、その分野における頂点以外に存在意義はないのである。頂点さえ存在すれば、なにも問題はない」


 スペンサーは語る。

 我々は、頂点こそを至上とする集団であると。自分以外の殺し屋を皆殺しにすることで頂点に君臨するのだと。

 

「そうか……。だが、いくら他の殺し屋を殺したところで任務に失敗すればどうする? その時点で至高とは言えないだろう」

「そのような愚行はあり得ないなり。……しかし仮に。万が一そのような事態に陥ればその時は依頼人を殺し、任務自体を無かったことにするのである」

「……」

「専門分野など、始めからなかったことにすれば良いのである。新たな分野が生まれて、それが小生に向かないならばその分野を生み出した人間を殺す。その分野を知る者も殺す。それで小生が頂点なり」

「…………」


 スペンサーの言葉に、ドン引きするキーラン。

 そんな彼の心境など知らぬスペンサーは、その掌を見せびらかすように正面へと向けた。


「『粛然の処刑人』。汝は、小生よりも名高い。それは、決して許されることではないのである」


 直後、スペンサーの掌の水晶玉が輝き始めると同時に、彼から放たれる重圧が増す。万物を押し潰さんとする圧力が大地に亀裂を走らせ、塵芥(じんかい)が周囲に拡散した。


「魔術大国にのみあるとされる『禁術』と、大陸で魔術師が扱う魔術。禁術は特級魔術の"先"にあると謳われているが──事実は異なるのである」


 震撼し始める地下空間にて、彼は謳うようにその名を紡ぐ。


「地の術式、起動」


 ◆◆◆


「ジル少年は凄いよ。普通、あれだけの魔力があったら人間の肉体なんて弾け飛んじゃうからね。魔力は、多ければ良いってもんじゃないんだ。師匠も埒外だけど、ジル少年は魔力量に関しては師匠を超えてる」

「ステラから見ても、王様は凄まじいんだね」

「初めて見た時は『魔術の王』になる逸材だって興奮したからねー。師匠とジル少年に、交互に魔術を放って欲しいもんだよ。ぐへへへへ……想像するだけでなんかこう高揚感が凄い!」

「ねえステラ」

「ぐへへへ……うん?」

「……それさ、普通に死ぬんじゃない?」

「? そうだけど?」

「そうだけどって……」

「そりゃあ死ぬでしょ。直接体で二人の魔術を受けたいから、ボクは防御するつもりがないし」

「……」


 この歳下の友人、ステラには常識がないのだろうかとレイラは思った。常識人にして年長者である自分が、どうにかしてこの少女を健全な道に導く必要があるだろう。


「ステラ。今度、剣を買って賞金首狩りをしようか。人の首を切ったら、常識が身につくと思うよ」


 この歳上の友人、レイラには常識がないのだろうかとステラは思った。人の首を切って身につく常識など、とてもじゃないが常識とは思えない。


 されど、ステラは善良な少女である。

 レイラの言葉を否定せず、自然に流す処世術を使うことにした。


「レイラちゃんは面白い冗談を言うねー」

「冗談じゃないけど……」

「まあボクは賞金首狩りには興味ないから、遠慮しとくね」

「そう……」

「話を戻すねー」

 

 ステラは言葉を続ける。

 いつか自分も特級魔術を完璧に使いこなし、禁術にも手を伸ばすのだと。

 勿論、始めから廃人になるつもりはない。しかしそれはそれとして、禁術に手を伸ばして廃人になること自体は構わないと思っていた。だがそれとは別に最期は師匠に殺されたいから、廃人になる直前に師匠に殺してもらいたい。


 嬉々として語るステラの言葉のほとんどに理解を示せないレイラだったが、善良な彼女はとりあえず微笑んでおくことにした。

 

「でね──……」

「……?」


 ──と。

 ステラから、先ほどまで浮かべていた笑顔がなくなる。突然の変化に、レイラは戸惑った様子で口を開いた。


「えっと、ステラ?」

「めちゃくちゃ不愉快だね。レイラちゃんもそう思わない?」

「ええっと……なにかあった?」


 レイラが尋ねるとステラはその目を細める。細めて、言った。


「禁術」

「え」

「誰かは知らないけど、禁術みたいなものを使った」

「……」

「でも、めちゃくちゃ不愉快だよ本当。力の流れ方が全然なってないんだ。師匠やジル少年とは全然違う。ていうか、比較するのもおこがましいよ。高級なおもちゃを全く違う用途で使ってドヤ顔してる感じなんだよね」

「ええっと……」

「──うん、決めた。術者を指導してくる」

「え」

「ボクはね、凄い魔術や魔力が大好きだし、凄くなくても頑張ってる人の魔術や魔力も好きなんだよね。でも──こいつはない。うん、指導してくる」


 


「「「「(みんな頭おかしい……マトモなのは自分だけだな……)」」」」


ジルくんの方の話も進めたかったんですが、とりあえずスペンサーを終わらせてからの方がいいなと思ったんでこのような形で。

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[良い点] やっぱりみんな狂っててよかった! [一言] キーランは暗殺者のとして高い能力を持ってるけど、今基本的にしてることってジルの専属執事兼ジルの右腕で、そしてジル教の教祖だから、1番はジル様だか…
[気になる点] なんというか、なんでかよく分かんないんですが、「粛然」のあとに「の」がくるのに違和感を感じます。名詞じゃないからかな……?
[一言] みんな頭おかしい。だが、その全てを受け入れてくれるジル やはり神では?
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