教会勢力 II 熾天
熾天。
教会が有する最終兵器的な存在であり、実質的な最高戦力。
構成員の全員が全員神の血を引いており、『神の秘宝』と呼ばれるこの世界における最高峰の武具を装備し、おまけとばかりに神代の魔術をも操る彼女らの実力は、第一部の最強格であったレーグルなんぞ優に超える。
仮に彼女がこちらを排そうと動けば、おそらくキーランは加護を発動する間もなく即死。ヘクターなら加護の特性上即死は無いかもしれないが、それでも最終的に死ぬという結果は覆らないだろう。それほどまでに隔絶した実力差が、両者の間にはあるのだ。
彼らの名誉の為に言っておくが、決して彼らが弱いわけじゃない。ただ単純に、目の前にいる少女の性能が高すぎるだけだ。
つまり、相手が悪すぎる。
「貴様」
まあ、それは今は脇に置いておく。
現時点で重要なのはジルのキャラを崩すことなく、尚且つ穏便に事が済むように誘導することだ。
ジルというキャラは傲岸不遜であり、自分自身を絶対視している存在である。
そんな男が、突然槍を首元に突き付けられるなどという行為に対して何も言わないのはあまりに不自然。ともすれば「臆したか」と捉えられるかもしれないのだ。
キーランやヘクターは勿論、教会勢力もジルという存在のパーソナリティをある程度は把握している。
である以上、キャラ崩壊は避けねばならない。全ては不可能だとしても、なるべく付け入る隙を残すわけにはいかないのだから。
「この私の首元に槍の鋒を向けるなど、不遜にすぎるぞ女。その代償、貴様の命一つで──」
言葉を長々と。それはもう長々と重ねる。もっと簡潔に「何槍突きつけとんねん死ね」で済ませばいいものをわざわさ難解かつ長ったらしくしているのには、当然ながら理由があった。
第一に、そもそもジルがこのような口調をしているというもの。原作のジルはもっと簡潔な言い回しであることも多いのだが、まあ似たような口調だ。そこまでキャラ崩壊は起きない。
それに、なんか難解な言い回しをしている方が賢そうに見える気がするのだ。既に頭が悪そうな思考なのは気のせいだと思いたい。
そして第二の理由なのだが、長々と語っていれば並列して物事を考えるのに非常に便利な時間稼ぎになるのである。
この世界を生き抜く為には、脳死プレイなんて言語道断だ。そりゃあジルのスペックなら第一部の範囲であれば「ムカついたからお前の国潰すわ」みたいな脳筋俺様ムーブでもなんとかなってしまうが、何度も言っているようにそれだと第二部以降で保たない。
なので慎重に物事を考えるのは必須。その為の時間稼ぎ。その為の難解な言い回し。
幸いにしてジルの肉体は脳のスペックも人類最高峰なので並列して物事を考えるのは容易だし、回転速度も凄い。そして何より、元の俺では到底思いつかない範囲まで思考が行き渡るのが素晴らしい。
至高の頭脳に原作知識による視野の広さも加わって、無敵に見える。操ってるのが俺なので全然無敵ではないが。
まあご覧のように色々と語ったが、結局のところ何が言いたいのかと言うと。
『この私の首元に槍の鋒を向けるなど、不遜にすぎるぞ女(いくなんでもソフィアがいきなり攻撃してくるのは不自然じゃないか? それも、彼女の攻撃には手心があり、なおかつ寸止め前提のものだった。殺意が乗ってない寸止め前提の一撃……攻撃自体はパフォーマンスでしかない? 俺を試している? 教会勢力、その上層部のやり口はどんなものだった? 熾天の中でも最も温厚なのが彼女だ。その彼女を派遣してきた以上、向こう側も問答無用でこちらを排除しようと考えているわけではない。つまり、話し合う気は──)』
こんな具合で、長々と喋っている間にめちゃくちゃ考えているのである。
「……その件に関しては謝罪を。しかし──」
「フン。私を侮るなよ女。貴様の行動の意味程度、理解出来ていないとでも思ったか?」
頭を下げ、続きを言おうとしたソフィアの言葉を遮るように俺は口を開く。
ギリギリだった。ギリギリだったが、意図は掴めた。
このままソフィアに説明させても良いが、俺が彼らの意図を懇切丁寧に説明してあげる方が俺の実力を示すパフォーマンスとしては良いだろう。
推理が思いっきり外れていたら恥ずかしいが、ジルの無駄に高性能なスペックをナメるな。この後に彼女の口から紡がれる言葉を、口の動きから察する程度容易いこと。その結果を俺の推理と照らし合わせてしまえば、物事の正解不正解が分かるのは道理。
まあようは、カンニングである。
そしてカンニングした結果分かったが、俺の推理は間違いではないはず。多分。きっと。もう少し彼女の言葉を遮るタイミングを遅くしても良かったかもしれない……などと思っていない。
「行動の、意味?」
俺の言葉に対して「意味がわからん」といった風に眉を顰めるヘクター。それはキーランも同様のなのか、殺気立った瞳でソフィアを睨んでいた。殺気立つ彼の内心は……あかんやつやこれ。
「然様」
キーランが先制で動いたら間違いなく事態がめんどくさくなるので、俺は内心慌てて口を開いた。
彼の加護は、初見かつ先制で発動さえすれば神々をも斃す可能性を秘めている。普通に考えれば熾天の不意を突くなんてキーランの実力では不可能なのだが、向こう側の注意が俺に向いていて、なおかつ敵意がないこの状況であれば、可能性はある。
教会勢力を相手に、熾天を殺害するという最悪の形で宣戦布告をする。そんな恐ろしすぎる未来は、なんとしてでも回避しなければ。
「私の実力を測る目的もあったのだろうが──同時に、私がこやつらに対して本当に戦意が無いのかを確かめる意図もあったのだろうよ」
「……失礼ながらジル様。それに関しては取るに足らぬ雑兵を相手に矛を収める事で示したのでは?」
キーランの言葉は尤もだろう。こちらを襲撃してきた二人を相手に穏便に事を済ませてやったのだから敵意はない。それは当然の理屈だ。理屈なのだが。
「然様。貴様の言葉に誤りはないぞ、キーラン」
「では──」
「そう。貴様の言葉通りそこな雑兵らは……あまりにも、貧弱にすぎた」
戦力的に考えると、ジルにとって襲撃犯二人を殺すなんてのは蟻を踏み潰すのと大差ない作業である。
つまるところ、ジルが教会勢力を相手に戦争をふっかける気であったとしても全く障害にならないのだ。そんな連中を見逃したところで、こちらに戦意が無い証明になるかと言えば難しい。
単なる気まぐれと思われるか。あるいは大局を左右する事態にはならないと判断したから、俺が雑兵を見逃した可能性を考慮するだろう。
「故に、教会最高戦力の一角たる貴様を用いて私を試した。殺意を纏わず、貴様は槍を振るった」
俺がソフィアの槍を全く見切れないのならそれで良し。いざという時に、武力による制圧が可能ということの証明になるから。
逆に俺がソフィアの槍を見切れた場合、その場合の反応が重要になってくる。即ち、殺意の無い攻撃に対して、俺がどう対処してくるのかが。
「殺意無き刃に対し、俺が暴力を以て返答するか否か。貴様らが知りたかったのはそこであろう? 私という存在は、理性無き獣か。それとも、理性を有する人間なのか。貴様らは先の一撃で、私を試した」
槍の軌道を完全に見切れていて、なおかつ殺意が無いことも把握しているのだ。そんなもの、もはや攻撃でもなんでも無い。子供の遊びに等しい行為だ。それに対する返答が殺意のある攻撃であれば、俺に戦意ありと判断するつもりだったのだろう。
とはいえ、槍は槍だ。殺傷能力を有する攻撃である以上、反射的に反撃の手が出る可能性は向こうも承知済みのはず。だから反射的な反撃である場合は戦意無しという判断をしてくれただろうが……やってることはある種の当たり屋だなこれ。ひでえ。
はっきり言って、原作知識で教会勢力への造詣が無ければ多分彼らの意図を推理なんてできなかった。いくらジルの脳のスペックが高いとはいえ、前提として、その脳を活用するための発想には至っておく必要はあるのだ。
データベースが優秀でも、データを検索する方法や検索することを知らなければ意味がない。推理の原点として必要なのは、俺自身の能力なのである。
なのである意味俺が一番警戒しているのは、情報が全く存在しない最強系オリ主くんのご登場だ。俺という存在がある以上、あり得なくはないのだから。
「ククク、随分と陰湿な手口だ。だが、効果的ではある。それなりに頭が回るな? 尤も、私には通じんが」
あえて、最後の部分を強調してそう締めくくる。
これ以上こちらを試す真似すんなよこのやろーという意思表示であり、この肉体の有する力は武力だけではないということの訴え。
なお、小心者である俺の本心が土下座しながらこれ以上は勘弁して下さい状態であることは、言うまでもない。
「慧眼、お見事です」
そんな俺の魂の訴えを聞き終えて、ソフィアは柔らかく微笑む。微笑んで、言った。
「ですが貴方の行動が、それらを見抜いた上での行動という事実を明かしたのは悪手ではないでしょうか? それでは貴方に戦意が無いことの証明を翳らせてしまう。こちらを欺くために、貴方が芝居を打っている可能性を考えさせてしまいますから」
「くだらん戯言はよせ。元より絶対的な証明が不可能などということは、貴様らも承知しているであろうに。それにくだらん小細工を今後も弄されては、本来であれば荒立つことの無い波も荒立つというもの。これは警告であり、慈悲だ。これ以上、私を失望させてくれるなよ」
そう言って俺は鼻を鳴らし、
「なにせ本来であれば、私を試そうなどという不敬を見逃す事はないのだから」
いつもより多めに『神の力』を解放し、威圧するように言葉を放つ。
俺を中心に周囲に拡散していく神威に耐えきれず襲撃者二人は膝を突き、軽く身を震わせたヘクターの額から汗が垂れ、キーランは……見たくない。なんだ、なんで服を脱ごうとしている。お前はどこに向かっているんだ。
「──が、許そう。此度の件に関しては、我々の無作法もある。加えて弱者が懸命に知恵を振り絞る様は、それなりに愉快な催しだ」
キーランを思考の外に追いやり、俺は『神の力』を抑える。
ある程度の警告と、俺の有する力の一端も示した。こちらから仕掛けるつもりは毛頭無いが、しかしそちらの出方によっては、武力による制裁も辞さないぞという意思の表明。
「ええ。上も把握したでしょう。これ以後、貴方を嵌めるような真似はしないかと」
俺の神威に全く動じず笑みを絶やさなかったソフィアに対して、やはりレーグルと熾天の間に隔たる実力差は大きいかと痛感する。この実力差とは即ちインフレの増大値であり、早急になんとかしなければならない要項である事を改めて実感できた。
特にキーランを視界に入れていても一切動じない胆力など、これこそが俺の目指すべき一つの極致なのではないだろうかと深く考えさせられる。いやそこはどうでもいいんだよ。
……それにしても「上も把握したでしょう」か。成る程、やっぱ監視の目は付いているんだな。
当然と言えば当然だが、俺とソフィアのやり取りは教会上層部が直接監視しているらしい。
それはつまり試験官はソフィアだけでは無いということで、その上で彼女が矛を収めている以上、交渉の席には着けたと判断して良いのだろう。
「では、中へと案内致します。そこで、貴方方の目的を聞かせていただきますので」
そう言ってこちらに背を向け、歩き出した彼女の背中をなんとなしに眺めた。
……中で残りの熾天が待ち構えていて、一斉にこちらに向かって攻撃を開始する可能性は存在する。
だが流石にそれは、いくらなんでも回りくどすぎる。それをするくらいなら今ここで、俺たちを袋叩きにするだろう。敵意がないことの絶対的な証明が不可能なのはこちら側にも言えることだし、ある程度のリスクを背負わないとどっち道この先の未来で死ぬのだ。
それに何より、自身を絶対視しているジルが警戒心を募らせて立ち止まるなど、彼のとる行動として相応しくないだろう。
故に俺はキーランとヘクターに目配せをし、二人を引き連れて彼女の後を追うように足を動かすのだった。